第23話 うみのこ、くる
朝の園庭に、しょっぱい風がふいた。
「なんか、海のにおいがする……?」
トトラが鼻をひくつかせる。
風に乗って、遠くからやってくる足音──それは、ほんの少し水音にも似ていた。
その日、新たな園児がやってきた。
名前はイーリス。
海棲人族の子で、湿った青銀の髪と、波打つような瞳をもっていた。
肌はつややかで薄く、ところどころ鱗のような質感がのぞく。
足元には水膜のような膜がはり、歩くたびにきらきらと光を反射していた。
「こんにちは、イーリスちゃん。今日はようこそ」
ゆかりが手を差し出すと、イーリスはぴしゃりと指先を水でなぞるように触れた。
「これ、あいさつ。わたしのくにでは、そうするの」
「すてきなあいさつだね」
「……ありがとう」
*
室内では、ポルカがそっと近づいて声をかける。
「すきなあそび、ある?」
「……およぐこと。でも、ここでは、むずかしそう」
「おふろ……はどう?」
「ふろ?」
数分後、サリアが組み立てプールの準備をし、
シーが安全設定を同期。
即席の“ぬるめのお湯あそび”コーナーができあがった。
イーリスは驚いたように目を丸くし、次の瞬間、顔を輝かせて言った。
「ここ、すごい!」
*
その日の午後。
イーリスは、園庭の草の上で寝転びながら、雲の動きを見ていた。
隣には、同じように仰向けになったルウがいた。
「イーリスちゃんは、うみのうえをとべる?」
「とべない。でも、およげる。とおくまで、ながく」
「そっか。……でも、そらと うみ、すこし にてる」
「……うん」
二人は言葉を交わすでもなく、
ただ“うえ”を見ながら、風と光を共有していた。
*
その日、ゆかりは記録にこう書いた。
まったく異なる環境で育った子が、
“ちがい”を越えてなじんでいくには、
「まず、受け入れられた」という感覚が必要だ。
それは、遊びの中の“たったひとつ”でもいい。
“あなたの好き”を、そのまま肯定できる場所──
異文化保育の最初の一歩。




