第22話 かすみちゃんのなまえ
かすみ──それは、まだ“仮の呼び名”だった。
フードを目深にかぶったその子は、園に通い始めて数日が経つというのに、まだひとことも自分の名前を名乗っていなかった。
キールの民政局による送迎は、毎朝きっちり行われ、帰りもぬかりない。
だが、キールも名前を聞き出すことはできなかったという。
「“なまえ”って、そんなにこわいものなのかな」
トトラがつぶやくと、ミィナが小さく答えた。
「だいじすぎて、こわくなること、あるよ」
*
この日、園では“名前の由来”を話す時間が設けられた。
「みんなは、どんなふうに名前をつけられたのか、知ってる?」
ゆかりが問いかけると──
「おれ、“つよそうな音”って、パパが決めた!」
「ミィナは、赤い石みたいって言われたの」
「ルウは風の音に似てるって、つけてもらったの」
「ポルカはね、ぽるぽるってお腹が鳴ったとき、生まれたんだって!」
わいわいと盛り上がる子どもたち。
そんななかで、かすみは少しだけ肩をすくめて、そっと目を伏せていた。
その様子を見て、シェムがぽつりと声を出す。
「……かすみちゃん、“かすみ”って、すてきな名前だと思う」
「……でも、それ、“ほんとの”なまえじゃない」
「じゃあ、“ほんと”って、どこから?」
その言葉に、みんなが静かになった。
ゆかりは、そっと語りかけた。
「たとえば、“かすみ”が“いまのきもちにぴったり”なら、それは十分“じぶんの名前”になっていいんだよ」
「なまえってね、“よばれるため”だけじゃなくて、“つながるため”のものなんだ」
しばらくの沈黙のあと、かすみは小さくうなずいた。
「……じゃあ、いまは、“かすみちゃん”で、いい」
「うん!」
「やった!」
「はじめまして、かすみちゃん!」
みんなが一斉に、呼びかけた。
その声に、かすみは初めて、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
*
その日の帰り。
キールがいつもどおり迎えに来たとき、かすみは彼の手を取って、言った。
「ねえ、かすみちゃんって……いい名前?」
「もちろん。すごく、似合ってるよ」
*
ゆかりの記録には、こう記された。
名前は、よばれることで“育つ”。
自分で選んだり、だれかからもらったり。
そのどれもが、“関係”の中で生まれるもの。
そして、子どもが“それでいい”と思えた瞬間が、ほんとうの“名づけ”になる。




