第21話 しらない子が、門の外
朝、いつものように子どもたちが集まりはじめたころ。
園の門の向こう側に、見知らぬ小さな姿が立っていた。
フードのついたマントに身を包み、顔はうつむいて見えない。
靴はぼろぼろで、手にはなにも持っていなかった。
「せんせい、あの子──」
トトラが気づいて指をさすと、ルウも静かに降りてきた。
ミィナは言葉を発さずに、そっとその子を見つめた。
そのとき、後方から聞きなれた足音。
「おはようございます、時庭先生。ちょっと急な話で申し訳ない」
民政局の若手役人、キールが軽く手を挙げて近づいてきた。
「この子、保護申請が出たばかりで、名前も不明。
出自は非公開扱いなんですが、医療・保育の必要性が高いと判断されて、緊急に配属先を探してたんです」
ゆかりはゆっくりとうなずき、その子の前にしゃがみ込んだ。
「こんにちは。ここに来てくれたの?」
うつむいたままのその子は、かすかにうなずいた。
でも、名乗ることも、目を合わせることもなかった。
「お名前、あるかな?」
「……わからない、もう、ないかも」
その声は、まるで風に消えそうなほど小さかった。
*
「本日、新たな受け入れ申請対象児が門前に現れました」
シーが端末で確認する。
「種族は不明。魔素反応に揺れがあり、“変異性”の兆候が観測されています」
「変異性……?」とサリアがつぶやく。
「つまり、“まだなにかに変わる途中”の子ってこと」とミュリエルが解説する。
「受け入れますか?」とシーが問うと、ゆかりは迷わず答えた。
「もちろん」
キールが頭を下げる。
「この子、しばらくは保護措置下にあるので、当面の登降園は民政局の僕が代理で送迎します。連絡帳もこちらで預かります」
「ありがとうございます。安心して任せてください」
*
子どもたちは、その子をじっと見つめていた。
最初に声をかけたのは、ポルカだった。
「いっしょに、ここ、いてもいいよ」
その子は、おそるおそるポルカに近づき、手をにぎった。
その瞬間、マントの袖の奥から、小さな光がふわりと浮かんだ。
「……光ってる?」
「うん。きっと、うれしいってことだよ」
*
ゆかりはその日の記録に、まだ名のないその子のことを“かすみ”と仮呼称した。
名前のない子に、名前をあげることはできない。
でも、“いてくれていい”という場所を先にわたすことはできる。
関係は、呼びかける声からはじまる。
その日、園にはひとつ、新しいいすが増えた。
その上には、まだ誰のものでもない小さな布の名札が置かれていた。




