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第2話 ようこそ、ほいくえんへ

朝。

カナリア都市の外れ、小さな丘の上に建てられた一軒家。

それが──異世界保育園の仮園舎だった。


「さあ、今日から開園ですね」

ゆかりは笑顔でエプロンを締め、扉を開ける。

職員はまだ自分ひとり。園児も、まだほんの数名。


けれど、確かに始まる。


 


最初にやってきたのは、全身がふわふわの毛に包まれた獣人の男の子だった。

名前は──トトラ。


「……」

無言のまま、玄関で立ち止まる。

手には、ちょっとかじられたパン。口のまわりはよごれていて、寝癖もひどい。


「おはよう、トトラくん。来てくれてありがとうね」

ゆかりがしゃがんで目線を合わせると、彼はもそもそと一歩だけ踏み出した。

それだけで精いっぱいの勇気だった。


 


続いて来たのは、魔人族の女の子。名前は──ミィナ。

長い銀髪の先が、わずかに赤く光っている。

おそらく、感情が高ぶると熱を帯びる体質なのだろう。


「ここ、あつくない?」

「ううん、ちょうどいいよ。ミィナちゃんのからだが“ちょうどいい”を教えてくれるの、助かるなぁ」


ミィナはぱちぱちとまばたきし、少しだけほおを緩めた。


 


そして、空からふわりと降りてきたのは、風精の子ども──ルウ。

性別不詳、小さな羽のような膜が揺れている。

「……こんにちは」

ひそやかな声だった。


「こんにちは、ルウちゃん。今日は、風にのって来てくれたの?」

「うん、きもちのいい風があったから」

「そっか、園にも風を連れてきてくれたんだね」


ルウの目が、すこしだけ丸くなった。たぶん、うれしかったのだ。


 



はじめての一日。

はじめての園児たち。

まだ話せない子、目を合わせない子、あそびに入れない子。


でもゆかりは焦らない。

まずは、安心できる「空間」をつくること。


「だれかが、ちゃんと見ていてくれる」

その感覚が、子どもの育ちの“根っこ”になるから。


昼食は、持参された食料を分けて食べた。

トトラがそっと、自分の肉をミィナに差し出したとき、

ミィナが静かに「ありがとう」と言った。


言葉がなくても、やさしさは伝わる。

子どもたちが育つ場所には、そういうものがある。


 


その日の夕方。


キールが視察に来て、職員室の外から声をかける。


「おつかれさまです! 園児たちは……落ち着いてますか?」


「落ち着いてるかは、わからないです。でもね──」

ゆかりは窓から園庭を見る。


風にのってルウがくるくる回り、

トトラが木をよじのぼり、

ミィナが砂に火花を散らしながら線を描いている。


「……子どもたちは、生き生きしてますよ」


 


それが、保育の第一歩だった。

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