第2話 ようこそ、ほいくえんへ
朝。
カナリア都市の外れ、小さな丘の上に建てられた一軒家。
それが──異世界保育園の仮園舎だった。
「さあ、今日から開園ですね」
ゆかりは笑顔でエプロンを締め、扉を開ける。
職員はまだ自分ひとり。園児も、まだほんの数名。
けれど、確かに始まる。
最初にやってきたのは、全身がふわふわの毛に包まれた獣人の男の子だった。
名前は──トトラ。
「……」
無言のまま、玄関で立ち止まる。
手には、ちょっとかじられたパン。口のまわりはよごれていて、寝癖もひどい。
「おはよう、トトラくん。来てくれてありがとうね」
ゆかりがしゃがんで目線を合わせると、彼はもそもそと一歩だけ踏み出した。
それだけで精いっぱいの勇気だった。
続いて来たのは、魔人族の女の子。名前は──ミィナ。
長い銀髪の先が、わずかに赤く光っている。
おそらく、感情が高ぶると熱を帯びる体質なのだろう。
「ここ、あつくない?」
「ううん、ちょうどいいよ。ミィナちゃんのからだが“ちょうどいい”を教えてくれるの、助かるなぁ」
ミィナはぱちぱちとまばたきし、少しだけほおを緩めた。
そして、空からふわりと降りてきたのは、風精の子ども──ルウ。
性別不詳、小さな羽のような膜が揺れている。
「……こんにちは」
ひそやかな声だった。
「こんにちは、ルウちゃん。今日は、風にのって来てくれたの?」
「うん、きもちのいい風があったから」
「そっか、園にも風を連れてきてくれたんだね」
ルウの目が、すこしだけ丸くなった。たぶん、うれしかったのだ。
*
はじめての一日。
はじめての園児たち。
まだ話せない子、目を合わせない子、あそびに入れない子。
でもゆかりは焦らない。
まずは、安心できる「空間」をつくること。
「だれかが、ちゃんと見ていてくれる」
その感覚が、子どもの育ちの“根っこ”になるから。
昼食は、持参された食料を分けて食べた。
トトラがそっと、自分の肉をミィナに差し出したとき、
ミィナが静かに「ありがとう」と言った。
言葉がなくても、やさしさは伝わる。
子どもたちが育つ場所には、そういうものがある。
その日の夕方。
キールが視察に来て、職員室の外から声をかける。
「おつかれさまです! 園児たちは……落ち着いてますか?」
「落ち着いてるかは、わからないです。でもね──」
ゆかりは窓から園庭を見る。
風にのってルウがくるくる回り、
トトラが木をよじのぼり、
ミィナが砂に火花を散らしながら線を描いている。
「……子どもたちは、生き生きしてますよ」
それが、保育の第一歩だった。