第18話 しずかなやくそく
その朝、シェムはいつもより少し早く園にやってきた。
門の前で立ち止まり、ちらりと空を見上げる。
灰色の雲が流れ、日差しの輪郭がやわらかくにじんでいる。
「……きょう、だな」
彼は誰にともなく、そうつぶやいた。
*
今日の活動は「いっしょに、ひとつのものをつくろう」。
テーマは「たからばこ」。
子どもたちが思い思いの材料を持ち寄り、一つの箱を作り上げていく。
木の板を組み合わせ、布で飾り、石や羽根、貝殻などを貼りつけていく。
トトラは背中の毛をちょっとだけ抜いて“守りしるし”に。
ポルカはお気に入りの色のビーズを提供。
ミィナは熱で赤く変わる石をひとつ、そっと差し出した。
そしてシェムは──何も持ってこなかった。
「シェムくん、なにか入れたいもの、ある?」
「……ある。あとで」
彼はそう言って、箱の外側をずっと撫でていた。
言葉は少ないが、目線はちゃんと、みんなと同じ場所を見ていた。
*
午後。
遊びの時間が終わるころ、ルウがふと声を上げた。
「あれ? 箱のなか、なにか増えてる……」
見ると、中央に小さな“葉っぱのマーク”が描かれていた。
薄墨色のインクで、ごく淡く。
「これ、……シェムくんが?」
シェムはうなずいた。
「これ、……“きづいたよ”っていう、やくそく」
「なにに気づいたの?」
「……みんなが、“たいせつ”をくれた。だから、ぼくも、“ここにいる”って、しるしをのこしたかった」
ゆかりはそっと手をのばし、箱の横に“しぇむ”とひらがなで書いた。
「これで、この箱はみんなのもの。……そして、ちゃんと、シェムくんの箱でもあるよ」
*
帰り際、シェムはトトラにだけ、そっと声をかけた。
「……また、つくろうね。べつのも」
トトラはちょっと照れた顔をして、しっぽをぱたぱたさせた。
「うん、またな!」
*
その日の記録、ゆかりはこう締めくくった。
言葉はなくても、“つながり”はうまれる。
行動やしるしは、“ともにある”という約束になる。
小さな気づきが、子どもたちの関係を、すこしずつ強くしていく。