第17話 いちばん、やさしいところ
ある晴れた朝。
トトラが園の門をくぐるなり、ひとこと、ぽつりとつぶやいた。
「ここ、なかったら、おれ、どうしてたかなあ……」
ゆかりはその声を聞いて、足を止める。
背後からそっとたずねる。
「トトラくん、どうしたの?」
「んー、ちょっと思っただけ」
*
その日の活動は“探検ごっこ”。
園内に“わく星”と名付けたポイントをいくつか設けて、地図を見ながら順番に回る遊び。
ミィナは火の石をもって“太陽役”。
ルウは風の気配を読む“道案内”。
ポルカは記録係で、好きな色のシールをペタペタ貼る。
トトラは先頭に立ち、地図の「×」印を探して歩いた。
シェムは……静かにその後ろをついていっていた。
時折、そっと草をかき分け、だれよりも早く“ヒント”を見つけては、誰にも言わずに見守っていた。
園内をひとめぐりしたあと、最後の場所に書かれていたのは──
「いちばん、やさしいところ」
「ここって、どこだろう?」
子どもたちが首をかしげるなか、トトラがぽつりと言った。
「この園、じゃない?」
*
午後、ゆかりとミュリエル、シー、サリアがそのことを話していた。
「トトラくんのその言葉、何気ないようで……じつはすごく大事ですよね」
「……彼にとって“ここにいていい”と感じられる場所になった。それだけで、保育は半分以上、成功です」
「“この園があってよかった”って言葉に、私も“ここにいてよかった”と思いました」
シーは静かに記録をとりながら言った。
「“居場所”というのは、数値では計れませんが、子どもたちの言葉と表情から、確かに“存在”として示されます」
その日の終わり。
帰り際、トトラがゆかりの手をぎゅっと握った。
「せんせい、あしたも、ここにいる?」
「もちろんだよ。みんなが来る場所なんだもん」
「そっか。……じゃあ、ここって、おれの“うち”だね」
*
ゆかりはその晩、記録にこう書いた。
“うち”っていう言葉のなかには、
安心と、信頼と、つながりが詰まっている。
園は家じゃない。でも、“ここがある”と思える場所にはなれる。