第16話 ゆかり、かぜをひく
朝。
園の扉が開き、ゆかりが顔を出した……が、その顔色はいつもとちがっていた。
「せんせい、なんか、しろい」
「せんせい、ねむそう」
「せんせい、ちょっと、あつい」
鋭い観察眼の子どもたちはすぐに気づく。
ミュリエルが静かに近づき、ゆかりの額に手を添える。
「発熱、あり。あなた、今日は“休む”べき」
「うーん……そうしたい気持ちはあるけど、代わりが──」
「います」
サリア、シー、ミュリエル。
三人の職員が、きっぱりと声を揃えた。
*
その日、ゆかりは保育室の奥のソファに横になることになった。
園を離れることはしなかったが、仕事からは完全に外された。
「でも……子どもたち、大丈夫かな」
「先生、それはわたしたちへの信頼がない、という意味ですか?」
「信頼してるからこそ、心配なんです」
サリアがくすっと笑った。
「それも、保育者らしいですね」
子どもたちは、今日が“ちょっとちがう日”だと理解していた。
ルウはお昼寝の毛布を自分でたたみ、
ミィナはトトラに絵本を読んで聞かせ、
ポルカはミュリエルのとなりで静かに手をあたためてもらっていた。
そしてシェムが、ふとゆかりのそばに来て、ぽつりと聞いた。
「せんせい、さびしい?」
「……ちょっと、だけ」
「じゃあ、これ」
シェムは、自分の好きな葉っぱを一枚、そっと胸元に置いてくれた。
*
昼過ぎ。
職員三人は、打ち合わせもなく自然に連携していた。
サリアが園庭を見守り、ミュリエルが静かに声なき不安を拾い、
シーが食事準備と手洗い誘導を機械的に、でもていねいに行う。
「こうして見ると、うちのチームって……けっこう完璧かも」
ゆかりがそうつぶやくと、シーが答えた。
「完璧ではありませんが、“支え合える”構造にはなっていると認識しています」
「その言い方、好きだなあ……」
夕方、子どもたちが帰っていく時間。
トトラがふりかえって、こう言った。
「せんせい、あしたはげんき?」
「うん、たぶん、明日はもうすこし元気になれるよ」
「じゃあ、“あしたのためのじかん”ってことで!」
*
その夜、ゆかりは職員記録にこう書いた。
“支える側”でいることに慣れていると、支えられるのは少しこわい。
でも、こわさを知っているからこそ、やさしくなれる。
それも、保育だと思う。