第13話 雨の日のおとしもの
しとしとと、空から雨が降っていた。
園庭の遊具は濡れ、空は灰色。
外遊びはお休み。
でも、園のなかはどこか落ち着いた空気に包まれていた。
「今日はお部屋のなかで、静かにすごそうね」
そう声をかけたゆかりは、毛布を広げて「小さなテントコーナー」を作った。
そこに、ポルカが最初に入る。続いてルウ、トトラ──そして、めずらしくシェムもあとを追った。
ミィナは入り口に座り、布のゆらぎを指でなぞっていた。
*
そんな雨の保育室で、一つの“おとしもの”が見つかった。
窓ぎわの木の棚の裏、ふるびた髪留め。
「誰のかな……?」
「これ、けっこう前のものかもしれないなあ」
ゆかりがつぶやいたとき、ミュリエルがそっと手を伸ばした。
「それ……わたしのものかも」
「ミュリエル先生の?」
「……この園に来る前の、“はじめての贈りもの”。ずっと、忘れてた」
ミュリエルは多くを語らない。
でも、誰よりもそばにいて、誰よりも“感じ取る”ことができる。
そして今日、雨の音に混じって──小さな記憶がよみがえった。
「先生、どうして忘れちゃってたの?」
ミィナが不思議そうに聞いた。
「……守りたかったものが、たくさんありすぎたから、かな」
「だいじなもの、ふえすぎると、うしなっちゃう?」
「……ううん。なくしてたんじゃなくて、“おいてきた”のかもしれないね。どこかに安心して、しまっておくみたいに」
シェムがその会話をじっと聞いていた。
彼は、かすかな声で言った。
「ぼくも、だいじなもの……なくしたこと、ある」
「じゃあ、今日は“見つける日”にしようか。思い出す日でもいいよ」
午後、子どもたちはそれぞれ「おとしものさがしゲーム」をした。
押入れの下、絵本のすき間、クッションの裏──
見つけたのは、小さな紙きれ、ボタン、ビーズ。
それは、誰かの“記憶のかけら”かもしれなかった。
*
ゆかりは、今日の記録にこう書いた。
雨の日は、外に出られない代わりに、
内側にひらく時間がある。
静かな空気のなかで、失くしたと思っていたものに、再び出会える日。
帰り際、子どもたちが手をつないで、見つけた“おとしもの”を箱に入れていた。
「これは、きっと“だいじ”になるもの」
そう言ったミィナの声が、いつもよりやわらかく響いていた。