第11話 キール、ほいくえんに行く
カナリア都市・中央庁舎。
民政局の青年役人キールは、机に積み上がった報告書に目を通していた。
──保育園、開園10日目。
──園児数:5名。
──保育従事者:4名。
──大きな事故・問題なし。
「事故なし……って書いてあるけど、あの子たち、全員“配慮対象児”なんだよな」
彼は資料を閉じて、立ち上がった。
「よし。自分の目で見に行こう」
*
その日、異世界保育園にスーツ姿のキールがやってきた。
玄関で靴を脱ぎながら、あちこちから視線を感じる。
ルウが屋根からひょこっと顔を出す。
トトラが廊下の隅で尻尾をふる。
ミィナが石の影からこちらを観察している。
「……お、おはようございます! 視察に来ました、キールです」
「あ、どうもどうも。みんな、ちょっと変わったお客さんだよー」
ゆかりが笑って、子どもたちに優しく伝える。
キールは保育室の隅に座り、活動を見守った。
ミュリエルは無言でポルカの塗り絵を見つめ、
シーは三方向から園庭の遊びを記録し、
サリアは不意の転倒に即時反応する距離感で立っている。
「これ……思ってたより、すごい」
口に出すつもりはなかったけれど、思わずこぼれた。
*
昼食前、キールはトトラと同じテーブルにつく。
「……キール、おとな?」
「そうだよ。ちょっと堅いおとなだけどね」
「せんせい、じゃないの?」
「先生じゃないけど……みんなが元気でいるか、心配する係、かな」
トトラはじっと彼を見つめて、言った。
「なら、“おおきい しんぱいのせんせい” だね」
*
帰りぎわ、キールはゆかりに話しかける。
「……すごいですね。ちゃんと、子どもたちが“ここにいていい”って顔してた」
「うん。“ここにいていい”って思える子どもは、ちゃんと“育つ”んです」
「施設って、そういう場所であるべきなんですね」
キールは手帳を開き、こう書いた。
“園児の成長は、施設の信頼で育まれる。
配慮が要る子どもたちだからこそ、安心できる環境が絶対に必要だ”
「また来てくださいね。次は、ぜひお昼一緒に食べましょう」
「……覚悟しておきます」
キールの帰り道は、少しだけ軽やかだった。