第1話 ここだよ、ここ!
「ここだよ、ここ! この都市は今、保育がパンク寸前なんです!」
新興都市の中央評議会。その中でも保育と民政を担当する青年役人、キールが声を上げた。
淡い金髪をくしゃりと乱し、彼は一枚の報告書を高く掲げていた。
そこにはこう書かれている。
――出生率、過去百年で最大。
――乳児・幼児の育成環境、供給追いつかず。
――保育人材、深刻な不足。
――魔人・獣人・妖精種・混血児など、特別支援ニーズの急増。
「戦争が終わって十年。平和になったのは結構です。でもその反動で、今やこの都市だけで、三歳未満児が一万超え。親たちは仕事に戻る。でも預かる場がない!」
魔王と勇者の長きにわたる戦争が終わった。
各地で復興が進み、都市は活気を取り戻した。
そして、戦時中に控えられていた「子どもを産む」ことが、一気に解放された。
街には赤ん坊の泣き声が戻り、家族の笑い声が響くようになった。
だが。
「育児の知識がない! 教育制度がない! 人材も足りない!」
キールは机を叩きつけるように言った。
「だからこそ、我々は《英知召喚》の再使用を申請する。かつて勇者を呼んだあの術式を、今度は──」
彼は息を整え、静かに言った。
「“育てる者”を呼びます。保育のエキスパートを。この世界の、未来のために」
場に沈黙が落ちた。
が、長老のひとりが静かにうなずいた。
「許可する」
*
そのとき、別の世界、日本。
時庭ゆかり、三十歳。保育士歴十年。
現在は一時的に施設の運営を休止し、次の開設地を探していた。
「ふぅ……今日も、いい天気だったなぁ」
空を見上げた次の瞬間、空が割れた。
「え……うわ、なにこれ、懐かしい感じの魔法陣じゃん!」
いつか読んだファンタジーの挿絵のように、光が渦巻き、足元がふわりと浮かぶ。
どこか他人事のように、ゆかりは自分が引き寄せられていくのを見た。
(ああ、そうか。また誰かに「必要とされた」んだ)
まぶしい光のなか、彼女はエプロンのひもを結び直した。
*
光が収まったとき、議会の石の間に、ひとりの女性が立っていた。
ゆるやかな黒髪。落ち着いた瞳。子どもと長く接してきた者の、静かな空気をまとっている。
「こんにちは。状況、聞かせてもらっていいですか?」
そう言って、彼女は資料を読みはじめた。
魔人の子。触れると熱を持つ。
獣人の子。高所にのぼる傾向。
妖精族の子。浮遊移動で事故多数。
スライムの子、悪魔族の子、影の子。
「ふふっ……おもしろそうですね。誰もやったことない保育。やってみましょうか」
そのひとことが、保育士たちの異世界奮闘記のはじまりだった。
──そして、異世界ほいくえんは、ここから動きだす。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
保育士が召喚されるという、ちょっと不思議でまっすぐな物語です。
育つこと、育てること──そしてその間にある、やさしい毎日を描いていけたらと思います。
つづく第2話も、どうぞよろしくお願いします。
4:MB!T