002話 「ばばぁ呼ばわりの淡い恋心」
あのヤリチン王子がスラリとギルドを出て行った 後――
俺はガシッと頭を抱えた。
「一体、どうしたものか……。」
王子の意図も分からなければ、これからどう対応すればいいのかも見当がつかない。と言うかあの口ぶりからするにまた来るのか?
絶対あんな奴の対応はしたくない。
一方で周囲の冒険者たちはまだざわついていた。
王族がギルドに現れることなど滅多にない。
そのせいで、カウンターの向こう側でも、酒場エリアでも、誰もがまだ王子の姿を思い返しているのが伝わる。
(まあ、考えても仕方ないか……)
と、思った矢先――
「おい、ばばぁ。さっさとしろ。」
バンッ!
受付カウンターに叩きつけられる依頼書。
書類の端が微かに折れ曲がっているのを見て、俺はピクリと眉を動かした。
ゆっくりと顔を上げる。
「…………」
目の前には、生意気そうなガキが腕を組んで俺を見下ろしている。
その正体はカイルであった。
口の端が勝手に引きつりそうになるのを抑えながら、俺は無言で依頼書を手に取る。
「……死にたいか?」
低い声で、 静かに言い放つ。
空気が一瞬ひやりとしたのを感じた。
ガキの眉が ピクリと動く。
だが、すぐにニヤッと口の端を吊り上げた。
「はっ、冗談きついぜ。ばばぁには殺されるかよ」
俺は着々と受注処理を進める。
依頼内容はレドリック大森林のゴブリン討伐。
推奨ランクはE。
このガキはDランクだから、まあ問題はない。
ここ最近は魔物の活発化がギルド内で問題視されているが、城門からそう遠くない場所なら大丈夫だろう。
「はい、どうぞ。」
「おう、チンタラすんなよ?」
そう言い捨てて、ガキは踵を返す。
まるで俺の反応を楽しんでいるかのような態度。
その余裕ぶった背中を睨みながら、俺は深く息を吐いた。
「はぁ……」
王子に振り回されたと思ったら、今度はまだ始末していなかったクソ生意気なガキか。
今日のギルドは、やけに騒がしい。
そんなことを思いながら、俺はカウンターの奥で書類を整理し始めた。
▲
俺の名前はカイル。
冒険者をやって二年ほど経つ、十五歳だ。
俺がこのギルドに出入りするようになって、もうすぐニ年。
サリアさんが受付嬢になって、ちょうど一年。
そんな俺は――
恋をしている。
言うまでもなく、相手はサリアさんだ。
(……はぁ。)
俺は腰の剣を指先でトントンと叩きながら、ギルドを出る。
頭の中では たった今のサリアさんの顔がちらついていた。
あの切れ長の碧瞳。
ふっと冷たく笑う口元。
けど、たまに見せる優しい表情。
そして腰まで伸ばした絹のような銀髪。
「……絶対、無理だよなぁ」
俺はぼそっと呟く。
自分の気持ちに気づいたのはつい最近だ。
それまではめんどくさい、ただの受付嬢だと思っていた。
ガキ扱いされるのがムカついて、つい反発してばかりだった。
けど……なんだかんだで心配てくれて
(あの人、ほんとに綺麗なんだよな……。)
頭をかきむしりながら、 ゴブリン討伐に向かうための荷物を確認する。
問題は――
俺は あの人のことをずっと『ばばぁ』呼ばわりしてきたってことだ。
(……いや、いくら女心がわからない俺でも、さすがにそれはヤバいって分かる。)
サリアさんは 実際にはそんな年じゃない。
むしろ若い。
おそらくは俺と同じくらいの年齢だ。それくらいサリアさんの顔はあどけない。
それなのにばばぁ呼ばわりしてた俺。
「…………はぁ。」
俺は今日何度目かわからないため息をこぼした。
(……なんとかしねぇとな。)
そう思いながら、俺は レドリック大森林に向かって歩き出した。
ブクマが増えていて驚きました。
ありがとうございます。