001話 「ヤリチンかもしれない王子」
「エリナクティスギルド支部はここだろうか?」
第一王子レオナールの問いかけに、ギルド内はまるで氷漬けにされたかのように静まり返っていた。
誰もが固唾を飲み、その場の空気がピンと張り詰める。
俺は一瞬、言葉を失ったが、すぐに息を整え、いつもの受付嬢としての顔を作る。
「……はい、こちらがエリナクティスギルド支部です。」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
内心は全然落ち着いてなんかいない。
なぜなら――
(なぜ王子がこんなところに……?)
王族がギルドに直接足を運ぶことは、極めて異例だ。
通常なら使者を遣わせるか、貴族の代理人を通じて依頼をするもの。
そもそも、王族がギルドを頼る必要などない。
彼らには莫大な財力、武力、そしてそれを管理する貴族や騎士団がいる。
それなのに、よりによって第一王子自らが訪れるとは……只事じゃない。
レオナール殿下は俺の返答を聞くと、静かに頷いた。
「いやぁ、ちょっと父に『庶民の暮らしをもっと学んで来い!』なんて言われちゃってね! あはははっ!!」
静まり返ったギルドに、場違いなほど朗らかな笑い声が響き渡る。
すると、酒場の方から必死に笑い声を堪える気配が伝わってきた。
(今は少し我慢しろ、おっさん……っ!)
そんな俺の願いも虚しく――
「ぶはっ! あーっはっは!!」
静寂を破る豪快な笑い声がギルド内に響き渡る。
言うまでもなく、その主はオルトだった。
「第一王子って聞いた時は、もっと堅苦しいやつかと思ったが……いける口か?」
そう言いながら、オルトさんは右手で盃を飲み干すジェスチャーをする。
すると、王子は少し困ったように笑い、肩をすくめた。
「すまない、一応これでも今は仕事中なんだ。……あー、でも終わったらいいよ」
「いや、大丈夫なんかーいっ!!」
思わずツッコミが口を突いて出た。
あ、終わった。
王子の機嫌を損ねたかもしれない――
「…………」
王子は数秒俺を見つめた後、ふっと笑みを浮かべる。
「あっ! 君がここの受付嬢かい? いや、サリア殿。」
突然の名指しに、俺の心臓が一瞬跳ねる。
(……何で名前を知ってるんだ?)
おそらくは胸に貼ってあるカードでもみたのだろう。
きっとこいつはこんな顔で何人もの女をたぶらかし、食ってきたのだ。
油断も隙もないとは此奴のことだろう。
だが、それを顔に出すわけにはいかない。
努めて平静を装い、冷静な口調で返す。
「はい、私がギルドの受付嬢、サリアです。何かご用でしょうか?」
「……あれれ? さっきの威勢のいい声はどこに行ったんだい?」
「少し羽目が外れただけですので、ご容赦を。それで、ご用件は?」
俺が素っ気なく言うと、王子は「釣れないなぁ」と不満げに眉を下げる。
そして、くるりと踵を返し、あっさりとギルドを出て行った。
(……え? 何だったんだ、今の?)
唖然とする俺をよそに、ギルド内には奇妙な沈黙が広がる。
残された冒険者たちは、口々に小声で囁き合っていた。
「なんで第一王子がこんなとこに……?」
「いや、庶民の暮らしを学ぶとか言ってたけど、マジなのか?」
「にしても、サリア……お前、王子と知り合いだったのか?」
様々な口論が飛び交う中。
「いや、俺が知りたいわ……」
俺は小さく呟きながら、王子の去った扉をぼんやりと見つめていた。
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ありがとうございます。
ちなみに主人公の容姿は銀髪碧眼の作者好みです。ギルドの制服は緑や黄色を基調とした感じの服になっています。