8話 揺らぐ目的
【アルケーの町:北部 クローロン街道】
完全に上の空だった。
「う~んとな。聖薬草生えとった場所がこの泉やろ、ほんでワシらは今この辺を歩いとるから……うん、せやなっ! ミラっちミラっち! この地図でいくと、この先を3㎞ほど進んだ先がY字の分岐が待っとる。んで、その分岐点で――」
「……………………………」
「? ミラっち?」
「……………………」
「おーい、ミラっち。聞こえとるか?」
「ん? ああ、すまない。あまり聞けていなかった。えっと……確かこの先30キロ進んで、分岐点で折り返してアルローへ戻るんだっけ?」
「アホウ! 1日まるごと散歩する気か!? 誰が60㎞往復せぇ言うたんや!? 聖薬草の生えとるとこ! ここから直進で3㎞進んだらY字の分岐あるけど、どちらにも進まずに分かれ目の所から東に直進! そしたら目的地に到着!」
「あ、ああ……分かった。とりあえず分岐点までこのままこの街道を直進だな。了解した」
「んもお、頼んだで?」
美味しいお肉を食べたい。
そんなド直球な食欲を満たすために始まったこの採取依頼。それでいて大魔王からも悪意らしきものは感じなかったため、ミラ自身も深く考えずに軽い気持ちでそれを引き受けた。
「……………………」
「えっと……どないしたんや? さっきからずーっと無言やないか。別に静かなのも悪かないけど、人の話が耳に入っとらんのは問題やで?」
だが、先程のアルローの町での出来事。
農家のおばあさんが凶毒に侵され弱っている姿を目の当たりにしてから、分かりやすいほどに口数が減り頭の中はそれだけを考えてしまうのみ。
そのせいで頭上の案内役が羽で器用に広げた地図を見ながら指示をしても、空返事か言われるがままに進んでいくだけ。
「……………………」
「もお。せめて返事くらいしてくれんか?」
しかも挙句の果てに……ついには。
「なあ、クックロウ……ちょっと良いか?」
「ク・ロ・ちゃん! まあええわ、それでどないした? 目的地まではまだまだ長いで?」
「その……聖薬草なんだけどさ」
「ほおん、聖薬草がどないかしたか?」
「えっと……その、もしも無事に聖薬草が採れたらさ。さっきのおばあさんに使っても――」
「……はい?」
「だ、だからおばあさんに!」
つい本音が零れた。
ひとまず応急処置だけはどうにか済ませて離れたミラとクックロウだったが、所詮は一時しのぎに過ぎない。解毒できなければ死が待つのみ。
よって今できる唯一の解毒方法である聖薬草を使いたい、そうミラは思い詰めた顔で告げた。
「そっか……そうか」
すると、それを受けたクックロウは。
「なあなあ、ミラっち?」
「ど、どうした?」
「わるいけど、ちいと足止めてくれるか?」
「わ……分かった」
こんな歩きながらでは互いに集中できない。そこでクックロウはミラに足を止めるよう促して、話しやすい環境を整えると彼はこう続けた。
「その、なんや。あらかじめ先に断わっておくわ。ミラっちな、どうもなんか勘違いしとるみたいから、この際ハッキリさせときたいんやけど……ええか? これから割とエグいこと言うで?」
「………………分かった、頼む」
「ほい、それじゃあ遠慮なく」
そんな過剰なまでの前置きしたうえで。
クックロウは止まったミラの頭上から離れ、その正面へと降りると見上げながら話し始めた。
「あのな。今さら言うまでもないし、よう分かっとると思うけどワシは大魔王様の部下や。今こうしてミラっちに付き合ってもうとるんは散歩したいとかやない。命令が下ったからなんや」
「そ、それは分かってる」
「やろ? そんでミラっちも依頼を受けた。せやのにミラっちは任務に反すること企んどる。それは許されへんことやし、そうなったらワシぁ今すぐ帰る。まあ大魔王様から多少お叱り受けるやろうけど……きっと事情は分かってもらえる」
これが彼の地声というべきなのか。
声の質もガラリと変わり、一気に渋みを含んだ重みある声へ。先までの聞いただけでも軽くて明るさが伝わってきた声から一転し、どこか威圧感も孕んだ声に変調してクックロウは続ける。
「別にミラっちが嫌いやからとかやない、そもそもそんな次元の話ちゃう。ええか、目的をはき違えたらアカンで? 大魔王様は勇者を案内して聖薬草を持ってきてくれと仰られた…………頭まで下げられてな。ならばワシは大魔王様の意思に応え、それを献上するだけ。他はありえへん」
「あ、頭を……下げて?」
「せや。ミラっちを案内するよう仰せつかった直後に続けて“どうか頼む”ってな。ぶっちゃけ肝冷えたで? 昔から“温和な方”やけどまさか王様がワシなんかに頭下げるなんて」
「そんな……ことが――」
「せやけど、あの瞬間こう確信したわ。これは命に代えてでも採ってこなアカンてな。せやないと魔族として恥ずかしい。顔向けできんてな」
あくまで自分は王に仕える者。
その王が望む……ましてその頭まで垂れさせておいて、はいダメでしたでは忠臣の名折れ。これは何が何でも遂行すべき王命だとクックロウは強く押した。さらに?
「だから悪いけど、さっきの農家夫婦は任務の内に含まれとらん。ホンマやったらワシ1匹でどうにかしたいところやったけど聖薬草の性質上そうもいかん。だからミラっちに頼っとるんや」
「…………………」
「納得してくれとは言わん。でもこんな白いカラスにも意地ってもんがあるんや。だから頼む、今は大魔王様を信じてくれ! この通りや!」
「えっ!? なっ!?」
さらに後生の頼みとでも言わんばかりに。
案内の時同様に再び器用に羽を動かしてクックロウはその小さい体で跪き、頭を地面へ付けてミラへ頼み込んだ。己自身の誠意の証明として。
そんな彼の誠意に、ミラの返答は。
「あ、頭を上げてくれ。分かった、行こう」
「お、おお……ありがとう。ホンマにミラっちは物分かりの良い子や。よっしゃあ! そんじゃあ気ぃ取り直してはよ行こか! こないな場所で燻ぶっとる間にも枯れてしまう可能性があるからのう。ワシとミラっちの2人で採って帰ろう!」
「ああ、採取は任せてくれ」
「よし、道順は振り返らんでもええか?」
「大丈夫だ。この先30㎞進んだところの分岐点で折り返して、アルローへまた戻るんだな?」
「ちゃうちゃう! だからちゃう言うてんねん! んもぉ! じゃあもう一回丁寧に説明したるから、耳をかっぽじって今度こそよく聞いて――」
「あはははは、すまない。今のは冗談だ。直進で3㎞進んでY字の分岐が見えたら、その分かれ目を目印に東へ進むんだろう? 分かってるさ」
「な!? うんもおぉっ! 分かっとるんやったらそう素直に言わんかいな!? まったく、あんまカラスを馬鹿にしとるとひどい目あうで?」
「ごめんごめん。これからは気をつけるよ」
ミラも今は迷っている場合ではないと。
引き続き頭上に乗ったクックロウの案内のもと、目印となるY字の分岐点を目指して。2人はそのまま街道を直進していくのだった。
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また次話は明日を予定しています。