7話 凶毒
――息も絶え絶えだった。
「スウ……フウ……スウ……フウ」
「婆さんや。ミラちゃんが来てくれたよ」
「こ、これはいったい――」
別れてからまだ半日すら経っていない。
慣れた農作業を終えて他愛のないおしゃべりを挟んだのち、帰り際には備蓄していた野菜も分けて貰ってから半日どころかまだほんの数時間しか経っていない――――――にも関わらず。
「フゥ……フゥ……フゥ」
「お、おばあさん……どうして」
ミラが目にしたのは変わり果てた彼女の姿。
別れる直前の記憶ならひもじい生活をしているミラを温かい言葉で励まし、さらに農作業時まで遡るのであれば若者顔負けの力強さで夫と農具を振るって自分と一緒に汗を流していた。
「おばあさん……聞こえてる? 私だよ、ミラだよ? おじいさんに呼ばれたんだ。おばあさんを助けてほしいって。おばあさん?」
「フゥ……フゥ……フゥ」
「お、おばあ……さん」
そんな記憶が嘘だったと疑るほどに衰弱。
ベッドに近寄るミラには反応せず。
もはや息をするので精一杯だと。目は瞑っていても、その熱でうなされ眉間にシワを寄せ続ける表情から彼女の苦しさが充分に伝わってくる。
「おじいさん、私が帰った後になにがあったんですか? いくらなんでもあれだけ元気だったおばあさんが……その……こんなになるなんて」
と、そんな短時間であまりにも変わり果ててしまった恩人の姿にミラはダンベーに尋ねた。一応……おおよその当は付いているが。
「えっと、ハッキリ言って詳しい事までは分からんのじゃ。ただ……ほんの数日前に“変な蛇”に噛まれたとだけ。ミラちゃんも知っとるやろう? ほれ、その腕にある紫色の腫物について」
「ああ……これだね。やっぱりか」
案の定、予想していた通り。
帰宅時も気にかけていたが、ミラは彼女の右腕に改めて目をやる。そのブクリと盛り上がるように大きく膨らんだ不気味な紫色の腫物に。
「実は私も気になっていたんだ。だけど……おばあさんは元気そうだし、本人も大丈夫って笑って話していたから。てっきり既に治療は済ませて、腫れが引くのを待っていると思ってたんだ」
日頃から老いを感じさせない逞しさもあり、ここ数日を見ても意欲が失せていたり、ふらついたり、激しい息切れを起こしたりもなくこれといった異常は確認できなかった。そこでミラは、
「それで、その蛇については? 心配かけるからって私には詳しく教えてくれなかったけど。なにか特徴のような話は言ってなかったですか?」
嘆くよりも腫物の原因特定へ。
とても口がきけない彼女に代わって、ミラはダンベーに犯人の正体について重ねて尋ねる。
「そ、それがのう。ワシも実際に見てはいないんじゃが……婆さんから聞いた話じゃと、なんでも不気味な色の口をした白蛇に噛まれたって」
「白くて、不気味な口の色?」
「そうじゃ、あれは確かミラちゃんのいない時じゃな。追加で互いに別の場所を耕しとる最中に見つけたそうでな。危ないから他へ誘導しようと手を伸ばしたら、ガブっといかれたそうじゃ」
「不気味って、どんな口の色?」
「えっと、たしか紫と言っておった」
「む……紫だって?」
ミラは自分の耳を疑った。白い体に紫の咥内。
そんな一度見たら頭から離れないような奇怪な特徴を聞けこそはしたが、流石に見たこともない生物の正体までは暴くことはできない。
「そ、そんな蛇いるんですか?」
「分からん、ワシもこの目で見ておらんからの。そもそも本当に紫なのか。紫と言っても細かい色の感覚は人によってそれぞれじゃからのう」
「そ、そんなこと言われたら……もう」
「あっ。す……すまん」
おまけに余計というべきか。そんなダンベーの一言のせいで大きなヒントである色すらも疑わしくなり、2人の思考は完全に止まってしまう。
「…………………………」
「…………………………」
気まずい沈黙が場を支配する。
行き詰まり、いったいどうすれば良いのか。
せめて、もう少しなにか情報を掴めれば。
「……………………」
「……………………」
と、そんな暗雲立ち込める中にて。
終始黙っていた“彼”が急に割り込んだ。
「そりゃあ【バイオ・マンバ】や」
「えっ? ば、ばいお……なんじゃって? ああいやいや、それよりもカラスが……はて君はカラスなのか……のう? 白いカラスが喋って――」
「知っているのか? どんな蛇かを」
クックロウだった。
ミラとダンべーの会話を注意深く聞いていた彼は、助け舟を出すように犯人の正体を伝える。
「せや、バイオ・マンバ。別名:魔紫蛇っていう毒蛇のモンスターでな。おじいちゃんが話してくれた通り、全身が白い鱗に覆われとるんやけど、その口の中が気味のわるい紫色をしとるから“紫”の名が付けられたんや」
「そ、そんな奴がどうして」
「詳しいことは分からん、せやけど元々コイツの生息域は広い。草原、森林、あと岩場でも気にせず生活しとる。ただし……基本は奥地に潜んで寝とるし、積極的に人を襲う事も無いはずなんやが。まあ何らかの事情でこの辺に迷い込んだやろな」
「それをおばあさんが退けようとして――」
「おそらく攻撃やと思たんちゃうかな、危険を感じると強い攻撃性を示すらしいし。善意かどうかは関係あらへん。見知らぬ土地で警戒心が強くなっとる時に運悪く出くわしてもうたんやろ」
事細かに、知っている情報を。
「け、けれど蛇って噛まれたら毒がすぐ回るんだろ? なのに、どうしておばあさんは――」
「ちゃうちゃう、こいつの毒は特殊で遅効性なんや。つまりすぐは異常出ぇへんけどゆっくりと体を蝕んでって、ある時にいきなり苦しみだす。そんで最後は死に至らしめるって毒なんや」
「ち……ちこうせい?」
「症状が出るのが遅いってことか?」
「せや。だから噛まれてすぐは強烈な痛みとか苦しみは無い。まあせいぜい同色(紫)の腫物が出来るくらいやけど……いうて痛みはあらへんから、自覚なしやと変な虫に刺されたとか、自然に治るもんやおもて放置するケースもあるらしい」
「な、なんでそんな」
「せやなぁ……まあ生態?みたいなもんか。言い方変えると生き残る術というか、習性というか」
「「せ、生態?」」
「せや、いくら人を襲わん言うても肉食や。自然界は思うとる以上に厳しいから、どんなえげつない方法を使うてでも獲物は確保せなアカン」
クックロウの解説は続く。
「その中でこいつの毒の効きが遅いなのは獲物を集めるためや。毒で弱った仲間を助けんと同種がワラワラ集まってくる様子を隠れて観察する。そんで弱った奴を連れていくなら住処を、見捨てるようならその帰路で孤立した奴から順に襲って捕食する。そんな情に付け込んだ賢いやり方を用いて、厳しい自然界を生き残ってきたんや」
「それって……負傷した戦士をあえて放置して、仲間が助けに来た所をまとめて倒す感じか」
「せやな、残酷な話やけどそれによう似とる。とにかく長く、少しでも獲物達の興味を惹くように。それがバイオ・マンバの狩り方なんや」
「じゃあ、やっぱり婆さんが言った蛇の毒が原因で。それなら、ありったけの薬草で――」
「いんや、それは無駄や。市販の毒消し草や塗り薬程度じゃあ効果なんかあらへん。言ったやろ? そこいらの毒とはワケがちゃうんや。噛まれた直後やったら強力な解毒魔法でどうにかなったかもしれんが、ここまで進行してるとなると」
「そんな!? じゃ、じゃあ婆さんはこのままずっと苦しみながら……話せないまま死――」
正体が分かり僅かに見えた光明だったが、クックロウの回答に消され肩を落とすダンベー。しかし、それを踏まえたうえで彼はこう続けた。
「いやまだや。ちと予想していた展開とは違うがしゃあない。ともかく今は毒の進行を抑えて少しでも苦しみは和らげるのが最優先や!」
「なに!? そんな方法あるのかい!?」
「ある! とにかく今は諦めずにこのクックロウ様の言う通りにするんや、ええなっ!?」
「あ……ああっ! 分かった! 今はその言葉を信じよう! 白カラスの兄ちゃん!」
まだおばあさんは生きている。
よって諦めるにはまだ早いとクックロウはダンベーの不安を和らげると、すぐさま毒の回りを遅らせる応急処置の方法を的確に教え始めた。
「まずは――や! それから次は」
「おう! なんでも任せてくれ!」
と、そんなバタつく中にて?
「毒……凶悪な猛毒を治す方法――」
ミラは黙って考えに耽っていた。
そう、1つだけ。
たった“1つだけ”ある。
凶毒に苦しむ恩人を救う方法を浮かべて。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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また次話は明日を予定しています。