6話 勇者のブランド
【アルケーの町 商店区画】
「はいはい。えっと……傷薬3つに包帯2巻、それから水入りのボトルが2本だね。まいど」
ミラの家から出て徒歩で約20分。
道中で小さな林道を挟み、抜けた先にて人が賑わう場所。それがここアルケーの町だった。
「うん、全部で450Gだね」
「450か。ではこれでお願いします」
「はい確かに、まいどあり」
主な産業は農産と畜産。
豊かで広大な土地を余さず生かした質の高い農作物の数々、そしてそれらの一部を餌に使って飼育された家畜が住民達の収入源となっている。
さらに立地としても運よく付近に大国や他の町を中継する位置にあるため、その道すがらで休憩に立ち寄る人々のおかげで賑わいは絶えない。
「えっと……じゃあ荷物の確認だ。今買ったお水と傷薬に包帯だろ。それから食料っと、思いがけない出来事のせいでスープを食べ損ねてしまったからな。道中で食べよう」
そして、特徴とまでは流石にいかないが。
「よし。これで荷物は一通り揃えたな」
現在のミラが働いている町でもあった。
町の隅っこにある小さな家に住んで畑を営んでいる老夫婦に面倒を見て貰っており、ミラは毎日その農作業や収穫を手伝うことで、野菜および少額だが売上の一部を分けてもらい生活している。
「それじゃあ行こう。案内は頼むぞ?」
して、そんな見知ったアルケーの町中にて、
「なんやなんや、どいつもこいつも冷たいのう。せっかく勇者ミラ様がこうして買いに来たっていうのに、どこも値段は“定価”のままかいな。タダまでは言わんけど、せめてちょっとくらい色付けてくれても罰は当たらんやろうに、なあ?」
今日のミラは少し違っていた。
日常では仕事を終えてすぐに離れるか。はたまた必要な日用品を買ったり、食料確保のため足を少し延ばして廃棄予定の食パンなどを安く譲ってもらったりと、歩き回ったりしていたが。
「はあ……急になにを言い出すかと思えば、そんなサービスするわけないだろ? あまり認めたくはないけれど勇者はもう廃れたんだ、だからそんなチヤホヤしてくれるような理由はもうない」
今回は頭に賑やかな相棒を乗せて、かつ物資を揃えるのに充分な金額も預かっている。いつものように財布の中身とにらめっこする事も無く、堂々とした気持ちで買い物を済ませていた。
「う~ん、世知辛い世の中やのう」
「………………………………」
「ほな、なにかいな。例えばあそこのレストランとかでも割引とか無しかいな。一番安い野菜スープとクロワッサンのセットでもか?」
「ああ、そうさ。前に1回だけ来たことがあるけれど、もちろん普通の値段で払ったよ。そもそもそんな邪な考えで食べに来ていなかったし」
「うーん……そうなんか。いや、でもそれにしてもやで? 魔族のワシが言うのもえらい矛盾しとるけど、ミラっちはこの世界を救った勇者なんやで? だから、ちっとくらいサービスしても」
「……………………」
町を訪れてからここまでの間、その頭上でミラの買い物の様子をずっと眺めていたクックロウ。彼はそんな不憫というか、辛い勇者の実状にこみ上げるものがあるのか言葉をずっと止めず。
「じゃあじゃあ、あの喫茶店でも同じか? えっと確かフルーツサンドと生クリーム入りのミルクティーのセットやったけか、1番お手頃なメニューは。ほら、あの赤い屋根と煙突が目立つ」
「同じ。別にご飯だけに限らないけどな」
「かああ! なんやなんや人間様ってのは随分とケチ臭い生き物やのう! ワシの地元なんか大魔王様の側近になった祝いにって全店半額にしてくれたんやで? それやのに人間ときたら……」
「べ、別にお前がそんな怒らなくても」
「い~やっ! ワシはこういう筋の通ってない事は嫌いな性分なんや。ミラっちが怒らんねんやったらワシが代わりに怒ったる! せめて2割カットくらいにせぇってな! 舐めたアカンで!」
まさしく鳴き声の如く、ギャーギャーと。
騒がしい人混みに紛れているせいか、あるいは仕込んでいると思われているのかそこまで注目こそされなかったが、とにかくクックロウはミラの頭上でやかましくそうひたすら騒ぎ続けた。
「はあ。気持ちは嬉しいけど、頼むから面倒事は止めてくれ、もう争いはこりごりなんだ。というか…………それよりもよく知っていたな?」
「うん? なんや、何の話や?」
「いや、一番安いメニューが“それ”って」
「へっ?」
そんな折、不意の質問だったのか。
クックロウは思わず目を丸くして止まる。
「なんで魔族のお前が知ってるんだ?」
「あっ、えっ、ええっと……な」
どうして値段を知っているのか?
もっと正確に表現するなら、ついさっき越してきたはずの大魔王の部下がなんで店で一番安いメニューを、それも品名まで正確に記憶しているのかについて。ミラは彼に問うた。
「え……えっと。それはやな――」
「ほら、どっちの店も店頭とか壁にメニューも値段も載ってないだろ? それなのに魔族のお前が商品だけじゃなくて値段も知っているんだ?」
「ええっと……それは、アレやがな!」
「アレ?」
「ほら……アレやがな」
「うんん?」
感情に任せて余計なことまで口走ってしまったのか、そこを突いたミラの質問に言葉を詰まらせるクックロウ。そこで彼が捻り出した回答は、
「ほれほれ……えっと、なんていうんかな? そうそうイメージやイメージ! なんかそないな気がしたんや。ほら、サンドイッチしかりスープのセットってお手頃なイメージあるやろ?」
「いやいや、鳥目線で語られても」
「まあまあ、そないな意地悪なこと言わんとってぇな! そもそもワシ含めカラスは総じて賢いからのう、洞察力も凄いし。なんやったら人間の生活なんか手に取るように分かるんやでぇ?」
「本当か? 何か隠してるんじゃないのか?」
何かマズいのか、ここぞといわんばかりに。
クックロウはそのペラペラと喋りまくる舌の回りの良さを生かして、捲し立てるように話していった。あまりミラに思考の間を与えぬよう。
「まあそれよりも! ちゃんと見てたで!?」
「み、見てたって……なにを?」
「お金やお金。いくら支度金とはいえ結構な額を大魔王様からは貰っとったはずやのに。食料や薬草とか必要なもん以外買わずに無駄遣いせんかったやん、えらいで。あとで大魔王様に報告しといたるさかいな。ミラっちはええ子やって!」
「だから子供か私は!? 別にそんな事しない、自分の分ならまだしもこれは預かったものだ。そんな人のお金で何かを買おうなんて思わない」
「かああああ! ほんま真面目やな、ミラっちは! そんなところまで勇者せんでもええやんか。あの大魔王様も倒して、今は平和なっとるやからもっと人間らしく多少がめつく生きても――」
「そいつ復活きてたんだけど?」
「あ……こいつぁ、すんまへんでした」
オチはクックロウの失言に終わったものの。どうにか強引に、論点を値段の話からミラの真面目な性格へズラしていく。そんな甲斐あってか、
「はあ……もういいや。それじゃあそろそろ行こうか。道中で聞いたけれど、その聖薬草を見つけた場所はこのアルケーから近いんだったな?」
「せやな、そない遠ないで。ちと入り組んだ場所にあるけど、ちゃんと道は確認して帰ってきたから、ぜぇんぶこのクックロウ様に任せとき!」
「はいはい。頼りにさせてもらうよ」
ミラの諦めにも救われ、話は本題へ。
腰の道具袋には買い揃えた物資を詰め、手にはヘルラから預かった地図を持って準備は完了。
「よしっ! ほな行こか!」
「ああ! 行こう!」
目的の聖薬草を採取すべく、ミラとクックロウは足先を門のある方角へ向けて歩き始めた……………………………………そんな矢先!?
「うん? あ!? あああああっっっ!!! こりゃあ丁度良い所にっ! おーい! ミラちゃぁぁん! ワシだワシだ! ダンべーだでぇ!」
「えっ? えっと……誰か私を呼んだ?」
「なんやなんや藪から棒に。ありゃ誰や?」
まさにその途端、2人はまた足を止めた。
理由はシンプル、行く手を阻まれたから。
これからまさにミラとクックロウが向かおうとした道の先、その脇にある建物の影から現れた男性。ダンべーと名乗るその白髪頭の老人が、大声をあげながらミラ達の元へと駆け寄ってくる。
「あ、あれれ? よく見たら私がお世話になっている“農家のおじいさん”だ。どうしたんだろう……なんだか随分と慌てた様子みたいだけど」
「おうおう、おじいちゃんの割りには随分と足はやいのう。言うてる間にワシらんとこに――」
「ゼェゼェ……よ、良かった。ちょうどミラちゃんのこと呼びに行こうと思とってのう。町におって本当に良かった……ゼェゼェ、フゥフゥ」
「えっ? 私を呼びに?」
ダンべー、夫婦で農家を営むミラの雇い主。
所謂おしどり夫婦でどんな時でも妻と行動しているが……今回はなぜか1人。それも息を切らしてミラの前へと現れた。そしてそのまま、
「ゼェゼェ……ミミ、ミラちゃんっ! 急でほんとに申し訳ないがすぐにウチへ来てくんねぇか!? 大変なんだ! 一刻を争うんだよ!」
「な、なにかあったんですか?」
「それがばばば……婆さんが! 婆さんが急に倒れて! そんで……すんごい熱で! ととと、とにかく大変なんだっ! 助けてくれえぇ!!」
「なっ!? なんだって!?」
「………………………………」
「と、とにかく来てくれ! 頼む!」
「わ、分かりました! すぐに!」
思わぬ急報に、採取は一旦保留。
自分を唯一雇ってくれた恩人の危機とあっては流石に行かねばならぬと。ミラはクックロウを頭に乗せたまま行き先を急遽変更して、慌てる老人の後を付いていくのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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また次話は明日を予定しています。