5話 白くてちっちゃい案内役(☆)
挿絵回です。
【大魔王の館 鮮花の中庭】
どうやら夢では無かったらしい。
「な……なんて大きさだ」
例えるなら貴族の屋敷のような。
ほんの1~2時間前にミラが自宅へと戻った際はまだ影も形も無かったはずだったのに、大魔王訪問後に改めて外へと出ると、いつの間にか隣に見たことないようなその大豪邸が建っており、
「まさか……ホントに越してきてたなんて」
両開きの黒い錬鉄製の門扉をくぐり、現在招かれているここ中庭だけでも明らかにミラの家よりもずっと広く、一面には丁寧に整えられた様々な彩色の花が咲き誇っている。
「ううう……まさか庭に敗北してしまう日が来るなんて。それにしても本当に色々と大きいな。特になんだ、あの玄関扉の馬鹿でかさは?」
またメインとなる館部分についても然り。
もともと家主が255センチという高身長のせいか、人間であるミラからすればその全体的に暗めの色調をした館はまさしく巨人の家。
発した通り、入口となる玄関扉からしてそもそも首が痛くなるくらい見上げなくてはならず。もしも見る対象を館へと変更したなら、デカすぎるが故にその視界内に収めるのはもう不可能。
「はあ……羨ましいな。流石にここまで求めないけど、私もこんな綺麗な花に囲まれた家でのんびり住んでみたかったな。もう誰も傷ついたり傷つけなくて済むような平和な日常の中で――」
と、そんなどこからともなく急に現れた大魔王の豪邸の規格外さに圧倒されてか。自宅が一層みすぼらしく思えたミラはベンチに腰掛けながらボソボソと独り言をまた溢し始める。
「そうだな。理想は2階建ての一軒屋、1階は生活スペースで、ほのかに木の香りがする空間で新品の家具に囲まれて料理したり読書したり、新しい趣味を見つけたりして一日を過ごして」
身近な者の変化に影響を受けるように。
実際に裕福な“隣人”のこの有様を見て、胸に秘め続けていた憧れが零れてしまったか。
「2階はバルコニー付きの寝室。星を眺めながらロマンチックな気分に浸ったまま、ふかふかベッドで寝る。そんな何気ない幸せが欲しかった」
「――――――――」
「そして、もし縁があったら……なんてな」
「――――――――」
「はああああ……でも現実はアレだからな」
朝と同じく憂いて、俯いたまま耽っていく。
いつの間にかそんな“自分の影を踏んでいる者”が目の前にいることにも気付かぬほど、
「勇者――よ?
聞こえ――か?」
「そうだ、いっそのこと……もう一回大魔王を」
よもや“張本人”がいるとも夢にも思わず。
「って……なに考えているんだ私は!? いけないいけない! 勇者たるもの純粋にして光であるべし、邪な考えは抱かない! あの豪邸を乗っ取ろうなんて、それこそ悪人と何も変わら――」
「すまぬ!
待たせたな勇者よっ!」
「うえ?
うぎょおわああああああっ!?」
「うおおっ!? ど、どうした勇者!? 随分と物思いに耽っておったようだが、大丈夫か?」
「ああうん! 大丈夫! 大丈夫だ! 万事オッケーだぞ! 何の問題もない! ノープロブレム! いつでも出撃可能だ! 任せてくれ!」
「ほ、本当に……大丈夫なのか?」
今ちょっと魔が差して貴方の家の強奪を考えていました、なんて口が裂けても明かせるはずもなく。ミラは知らぬ間に戻ってきていた大魔王へ慌てて言葉を取り繕うとその場をごまかした。
「ふむ、よく分からんがまあ良いだろう。それよりもひとまずはこの袋だ。中には支度金が入っておる、これで食料や道具を揃えてゆくと良い」
「あ、ありがとう。大切に使うよ」
「フッフッフ。大切に……か、其方らしいな。おっと、そうだそうだ! 約束通りに案内人を連れてきたのであった。そら“クックロウ”よ、このミラこそが例の勇者だ。ほれ、挨拶せぬか」
「ク、クックロウ?」
金銭入りの巾着袋を渡すと同時に、彼は件の聖薬草を発見したという人物を紹介した。クックロウという名前も含めて………………ところが?
「なんやなんや……我らが大魔王様を倒したいうからどんなバケモンか思たら、ただのガキンチョやないですか。ワシちょっと失望しましたわ」
「え? あれ? なんか声は聞こえたが――」
クックロウ、肝心のその姿は確認できず。
聞こえる声こそかなり近いが、目の前には大魔王のみで後ろに隠れているようにも見えない。
「いったいどこに?」
「あほう! ここやここ!」
「こ、ここ?」
「ちゃうちゃう、どこ見とんねん! ここ!」
「いや、だからここって……どこだ?」
正面から上へ。右へ左へ。
ミラは次々と視線をあちこちへ動かしたうえで再度大魔王の背後までのぞき込むが、やはり声は聞こえどもどこにも見当たらない。するとそんな勇者を見兼ねてか、クックロウは。
「んもぉ! こぉこぉっ! 下や、下見ぃ!」
「した? な、なんだよ下って……えっ?」
「はい、どうも」
いた。
それも文字通りミラの“足もと”に。
「えっと、これは“カラス”……なのか? えっとこの子が声の主でクックロウ……か?」
こぢんまりとしたカラス?が。
なお、どうして疑問形なのかというと、
「せやっ! 紛れもなくこのワシこそ天下のクックロウ様や! これからよろしゅうなっ!!」
「うわっ! 本当だ、カラスが喋ってる!? いや……というよりも本当にカラスなのか? なんだか体の色がやたらと真っ白いんだが?」
「なんやなんや! 白かったらカラスちゃうんかいな? まったくカラス=黒いなんて勝手なイメージ抱きおって。まったくこれやから人間は」
「うぐっ……そ、そんなに言わなくても」
会話の通り、全身が真っ白だったから。
目や足などを除き、ペンキでも浸かったかのようにその全身全てが綺麗な白色をしている。
「ほ、本当にこの子が?」
「うむ、間違いなくその者こそクックロウだ。シロクロウという種族でな、我輩が信頼を置く部下の1体だ。今回の聖薬草を見つけたのは他でもないこの者でな。多少“言葉の訛り”こそあるが、話しやすいと思って同行させることにした」
「ま、まさかカラスだったなんて」
「なんや文句あんのか? まあとにかくよろしゅうな! ワシのことは『クロちゃん』って呼んでくれたらええから気楽に話しかけてくれや!」
「し……白なのにクロなのか、ややこしいな。まあとりあえずこちらこそよろしく。ミラだ」
「おう! よろしくな、ミラっち!」
「み……ミラっちぃ?」
初対面と思えないほど、やたら馴れ馴れしいクックロウ。だが逆にそんな裏表の無さそうな態度のおかげか、ミラも彼をすんなり受け入れた。
「うむうむ、無事に打ち解けたようでなによりだ。ああそうだ、1つ言い忘れていたのだが」
「うん?」
「そやつは“人の頭に乗る”のが大好きでな。道中はちと重いかもしれぬが、まあそこはあまり気にせず付き合ってやってくれ」
「………………えっ?」
ただ、とある一点を除き。
大魔王の説明にキョトンとしている内に。
「そういうこと、んじゃあ早速失礼して!」
「えっ? うわっ! ちょっとなにを!?」
「そらそら、暴れなさんな。なあに心配せんでええから! あくまでも乗るだけやから。排便は別のところでするさかい。ほらっ!!」
「いやそういう問題じゃない! いくら貧乏でも髪にはそれなりに気を遣ってるんだ! だからあんまりクシャクシャにはしないでくれ!」
「うおっとっと、それやったら安心せい。ワシかて人の子……カラスの子や、礼儀くらいはしっかり弁えとる。でも乗りたいんや、なっ?」
「………………あまり荒らすなよ」
「へっへっへ、流石は勇者や。大魔王様から聞いとったとおり懐が深い。ちょっと見直したで」
人の頭に乗るのが大好き。
そんな1つだけ難点があり不満げな表情こそ浮かべていたが、それを含めてもミラは特に突き放すこともせずにクックロウの搭乗を許した。
「さて肝心の乗り心地はっと…………うん?」
「?」
「お、おほおおお……な、なんやこの感じ?」
「な、なんだ? 私の頭に何かあるのか?」
「ああ、いやあ……なんやろうな? ミラっちの頭……なんかすんごい気持ちええわ。癒されるって言ったらええんか? もう嫌や、もう離れたくないわ。ここワシの巣にしてもええよな?」
世間の荒波に揉まれ、疲れた心を癒そうと自分のベットに思いっきり飛び込んだ時の如く、クックロウは安らぎに満ちた表情を浮かべる。
「なっ!? ダメに決まっているだろ!?」
「そないなケチ臭いこと言わんと。ほらほらお菓子やるから、美味しい飴ちゃんあげるさかい。どうかこれでワシの永住を認めてくれへんか?」
「子供か私は!」
「いやあ、ホンマにええわ。なんていうんやろ、あれか“ぱわーすぽっと”ってやつか。ええ場所みっけたわ! 手入れも隅々まで行き届いててええ香りしとるし、任務終えたら地元のダチに紹介しとくさかい。代わりに宿泊料もろといて!」
「人の頭を商売に使うな!」
「フフフ……ヌワッハッハッハ! なんだかよく分からぬが中々に相性が良さそうではないか! やはり我輩の目に狂いは無かったようだ!!」
「いやどうみても狂っているだろうが!? 節穴だよ!? その兜の中に目玉ないのか!?」
「さあさあツッコミはその辺で行くで! 目標は聖薬草の採取! および勇者の頭の買収!」
「しれっと目標を追加するなあああっっ!!!」
白いカラス、クックロウ。
色もさることながら人の頭に乗るのが大好きという奇妙な相棒を携えて、ミラはいよいよ大魔王からの依頼。聖薬草の採取へと向かうのだった。
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また次話は21時の投稿を予定しています。