4話 勇者の欲望
「コホン、では仕切り直して申し上げます」
切り出しはヘルラからだった。
彼女は右目のモノクルをクイと動かすと。
「ミラ様は【聖薬草】という植物をご存知でしょうか? その名の通り薬草の一種なのですが」
ここを訪れた理由、そして依頼について。
彼女は用意した薬草図鑑と丸めていた地図を隣り合わせで並べるように、それぞれをテーブルの上に広げるとすぐさま詳しい説明に入る。
「聖薬草……聖薬草か、随分と前に名前だけなら聞いた事があるな。なんでも煎じて薬にすれば、どんな凶悪な毒でもたちどころに治るって」
「ええ、仰る通りです。聖薬草、またの名を幻草とも云われるとても珍しい薬草です。そして今回貴方様にご依頼したい内容というのは、まさしくこの“聖薬草の採取”なのです」
薬草図鑑のページをペラペラと捲りながら、ヘルラは明かした。希少な薬草を取ってきて欲しい。それがこうしてミラの元を訪れた理由だと。
「なるほど。やたらと大げさな頼み方をするからどんな話かと思ったら、単なる採取依頼だったのか。でも……どうして私を? 別に薬草1つ採ってくる位なら誰でも出来るんじゃないか?」
廃れたとはいえ勇者である自分にしか頼めず、かつヘルラや大魔王ですら解決できない。
そんな予め聞かされた謳い文句のもと、いざ蓋を開けてみると予想以上に平凡な中身だったせいかミラは思わず首を傾げながらそう返す。
「フッフッフ……確かにな。今の話を聞く限りだと簡単な採集と思うだろう。だがそれでもこれは其方にしか出来ぬのだ。のう? ヘルラよ」
「はい、ではここからはその理由に移ります。お手数ですがこちらのページをご覧ください」
「えっ、幻なのに図鑑に載っているの?」
ところが、ちゃんとした理由があると。
主人の助言へ応答しつつヘルラはさらに薬草図鑑を捲っていくと巻末、つまり最終ページを開けてミラへ渡した。そこにはこう記されていた。
『最後に実物の発見および採取できなかったため、詳細を記すことは叶わなかったが。なんでも噂によるとあらゆる毒を浄化し解毒するというこの“聖薬草”は純粋な心を持つ者にしか引き抜けず、それ以外は近づくだけで瞬く間に枯れて消えてしまうそうだ。生息地も――』
「ええっと……瞬く間に枯れてしまって?」
他は解説文と共にその薬草を丁寧にスケッチした絵が添えられている。だがしかしこの聖薬草のページのみ唯一そこが『?』と記されているだけで、いかにも珍しい雰囲気が漂わせていた。
して、この説明文を踏まえたうえで、
「えっと。ということは――」
「ふむ。そこに記されておる通り、適した者以外が採取せんと近づこうものなら一瞬で消えてしまう。まして闇の権化である我輩など論外だ」
「よって純粋な心、さらに聖なる力も宿されている勇者ミラ様を除いて、他に適任はいないと判断しました。またこの図鑑に載ってはいませんが、聖薬草は1度引き抜けば以降は誰が触れても枯れませんので、その点はご安心ください」
そんな聖薬草の特性上、ミラがまさしく適任。
むしろ採取できる勇者に頼らねば自分達では手も足も出せず。逆に出そうものならすぐさま枯れ果ててしまう為どうしようもない。
「それで私を訪ねて来たのか。でもなぜそんなに詳しいんだ? このページを見る限りだと形状はおろか、そんな豆知識すら書いてないが?」
「ああ、その件であれば我輩が答えよう。実は遥か昔に一度だけ実物をこの目にしたことがあってな。あまりに特殊な生態につき採集に苦労したうえ、その際は別の用途に使ってしまったが」
「それで……これが近場に生えてたと?」
ミラは手元の図鑑を置いて、ヘルラが同じく卓上に広げていた地図に目をやる。どうやら記された地形に見覚えがあるらしく、それが自分の住んでいるここ一帯を示したものと察すると、
「その通りだ。事情こそ詳しく云えぬが、どうしても必要になってな。縋る思いで我輩の“優秀な部下”にここら一帯を偵察させていたところ、その姿を運よく捉えたそうだ。そこで――」
「私の出番というわけか」
「はい、理解が早くて助かります」
「どうだ? 請け負ってはくれぬか?」
「………………………………」
事情は概ね把握した、協力を求める理由も。
ただし、そんな大魔王からの頼みを聞き届けたうえでミラは一旦沈黙を挟んだ。視線を大魔王たちから床にずらし、口元に手を当て悩み込む。
「依頼か……それも大魔王からの」
「ふむぅ……少し無茶を言い過ぎたか?」
「いえ、無理も無いでしょう。もちろん大魔王様もワタクシも即承諾していただこうとは思っておりません。どうかじっくりお考えください」
「…………………………」
適任が他にいなかったとはいえど。
悪意は感じず、なおかつわざわざ自分の元にこうして訪れてきたという建前上、話を聞きこそしたものの…………果たして受けるべきなのか。
「無論、ただとは言わぬぞ。ヘルラ」
「はい。達成頂いた暁にはこの家の修繕および、お望みであれば改装もと考えております。お訪ね前に一通り拝見したところ、屋内のみならず全体的に老朽化が進んでいるとお見受けしたので」
「当然、人員および費用は我輩が請け負う。どうだ? これでも首を縦に振ってはくれぬか?」
「…………………………」
「ふむぅ。やはり……ここはまず先立つものとして大金の方が良かったか? それとも――」
どうすれば承諾してくれるのか?
報酬か? もっと勇者が望んでいる物は?
何が欲しい? 金以外でも希望に応えよう。
姿勢そのままに悩み続ける勇者に、大魔王もまたそう思考を巡らしながら矢継ぎ早に提案する。
だがそんな大魔王の提案とは裏腹に。ミラにとっては決めかねる理由は別にあったようで?
「いや、別にそういうのじゃないんだ。ただ単に魔族から世界を救った勇者が、今度は魔族の手伝いをというのはなんだかモヤモヤするというか。ハッキリ言うとすごい抵抗感があるんだ」
ミラはそうかぶりを振った。
世間から必要とされず、廃れたと自称しようとも自分はこれでも一応はまだ勇者なんだ。それをいくら困っているとはいえ、かつて敵だった魔族を助けるなんて意に反する。自分の思い描いている勇者のイメージを崩すわけにはいかないと。
よって。
「うん……そうだな、やっぱり気持ち的に難しいかな。悪いけれど私は役に立てそうにない。分かるだろ? 私は勇者なんだ、だから魔族の手伝いは出来ない。すまないがこのまま帰ってくれ」
「ミ……ミラ様」
「ヘルラ、もうよい。元より断られるのは承知のうえだ、この者にも譲れぬ軸があるのだろう。いくら我輩といえど強引にそれを捻じ曲げたくはない。むしろ靡かぬ方が勇者らしいではないか」
「で、ですが――」
「邪魔をしたな、ではさらばだ」
残念ながら交渉は決裂。
これにて話は終わった……かと思いきや?
「しかし……そうか。残念だな、空腹であることを見越して、せっかく其方が食べた事の無いような“高級肉セット”の用意もしていたのだがな」
「……………………えっ?」
――変わった。
「お、お肉だって?」
肉、しかも高級というステキな形容詞付き。
そんな魅力的な響きの付いた言葉が出た途端、
「さよう、我が魔界に生息しておる【高級魔牛シャトーブール】の肉だ。コイツはどの部位を調理しても絶品でな、どの種族でも大人気な食材となっておる。もちろん其方ら人間が食べても同様に美味く、今でも注文が殺到しておる程だ」
「大人気のお肉…………おいしいお肉」
「ミ、ミラ様?」
目つきが。
ミラの目の色が変わった。
勇者らしからぬ、やたらとギラついた。
「だが断られたのであれば仕方がない。一食で食らうにはちと多いが、我輩達だけで食す――」
「うおおっと!? あれれ!? うんうん……なんだろう? なんか急に体が。なんか急に薬草採りに行きたくなってきたなあ? ま、まあ……そうだな。うん! 別に何かを企んでいるような感じにも見えないしぃ? これも人助けの一環として解釈するなら勇者の役目だもんなッッ!!」
「お? おおおおおっ!? そうかそうか! 引き受けてくれるのか! いやはやさすがは我輩が見込んだ勇者だ! 懐が深くて助かるぞ!」
「いや完全に肉に釣られましたよね?」
「なにか言った?」
「ああいえ! なんでもありません!」
勇者ミラ、食欲には勝てず。
勇者とは言ってもなんだかんだ結局は人の子、お肉を食べたい日もある。美味い肉をたらふく腹に納めて幸せに満ちたい時だってあるだろう。
「よし! いささか早足ではあったが、これにて無事に商談は纏まったな。では外に出よう、件の発見者を其方に紹介せねばならぬからな」
「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉……肉肉肉肉肉肉」
「勇者? おい勇者よ、聞こえておるか?」
「えっ!? ああ、分かっているとも! じゃあ早速ニク……じゃなかった行く。行こう!」
「や、やはり肉の事しか頭にない気が」
大魔王とヘルラに連れられるまま。
テーブルの上を片付けた後、ミラは発見者もとい案内人と顔を合わせるべく家を出るのだった。
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また次話は明日10時の投稿を予定しています。