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2話 大魔王、復活(☆)

挿絵回です。




 時の流れとは予想よりもずっと早い。



「ハアアア……ただいまあっと」



 1日1日、それぞれを単体で思い返すとさほど大したものではないが、それが重なってくると話は大きく変わってくる。なにしろそんな何気ない日々の積み重ねや変化がその者の人生として、また“時代の流行”として刻まれるのだから。



「って、言ってみたところでこの家には私以外に誰も住んでないけど。まあそれはともかくとして、今日の収穫もどうにか無事に終わったな」




 かつ、それでいて残酷でもある。

 なにしろ同じ日は戻ってこない。例えるなら数日前まで注目されていた人気者が、いきなり現れた才覚ある者に全て持っていかれるような。



「にしても、おばあさん大丈夫かな? なんだか見たことない()()()()()出来ていたけど。まあ本人は別に痛くもなんともないって笑って話してくれてたし、念のため薬も塗っているらしいから問題ないと思うけど……まあ今はいいか」



 常に変わりゆき、永遠に続く幸せはない。

 そしてそういった流れる時の残酷さを身を持って証明してくれるのは他でもない、この者。



「よし、それじゃあ早速ご飯の支度に取りかかろうか。さて確か今日分けてもらった野菜は……えっと人参に玉ねぎ、それでジャガイモだな」



 勇者、ミラ・E(エルピス)・セーレネ。

 かつて人々を照らす光にして希望だった者。


 人類に牙剥く邪悪な魔族達を次々と倒し、ついには敵本陣である魔界にて大魔王を見事討伐した事で誰もが待ち望んだ平和を取り戻した英雄。




「う~ん……仕方ない。気乗りしないけど今日も野菜スープにしよう、お手軽だしお金もかからないしな。人参はこのまま使うとして玉ねぎとジャガイモは保存しておいたものが残っているから、この新しいのと入れ替えて使うとしよう」



 専用の装備を纏って勇者の象徴とも云える聖剣を勇ましく振るい、襲い来る魔の手から幾つもの国や人々を助け出し、ついには世界をも救済。



「えっと、スープはまだ残ってたよな?」




 よって勇者の名に恥じない。まさしく英雄・救世主と呼ぶに相応しい活躍ぶりをもって、ミラの名は永遠に称えられ、その武勇伝は伝説となり後世へと語り継がれるべき存在となっ……た?




「あったあった、この鍋だ。足し過ぎてちょっと臭いはするけれど、食べる分には問題ない」




 ――と、本来ならばこういった流れ。

 世界を救った。そんな常人では決して成し遂げられない偉業を為したのだから、少なからずそれに応じた評価を一行は得られるはず“だった”。



 そう、そのはずだった…………のだが?




「はあぁぁ……また野菜料理か、ここずっと三食どれも似た献立ばかりだな。たまには肉も食べたいよ。えっと……最後に食べたのはいつだ?」




 大魔王が討伐されてより早一年。

 勇者という概念はすっかり〟廃れて“いた。




「ああ、そうか。大魔王を倒した後の大宴会の時だな、あれは本当に凄かった。会場の煌びやかさも去ることながら催し事も素敵だったけど、なにより豪華な料理ばかり並んでいて、特に高級食材の灼熱牛のステーキが美味しくて感動したな」



 討伐して、帰還した当初だけは除いて。

 以降はこれといって救った人々に温かく囲まれることも、各地を渡り歩く吟遊詩人に武勇伝を謳われることも、銅像や石像を建てられることも、自分達が(したた)めた伝記が店頭に並ぶことも、あまつさえ“歓迎すら”されなかった。



「そっか……もうあれから1年が経つのか」



 流石に多額の報酬金こそ与えられはしたが。

 大魔王という強大な()が滅び去り、残っていた魔族達もすっかりと鳴りを潜め、ようやく戻ってきた平和を謳歌する人々にとって()()()()()()()()()はもう不要となったのか。




「1年か……ほんと早いな。まあ毎日毎日ほとんど余裕が無かったし、あえて深く考えないようにしていたけど…………やっぱり“辛い”よ」




 なんとも皮肉な話だが。魔族との戦争時は嫌というほどの脚光を浴びまくっていたのに、平和を取り戻したことで勇者の時代(流行)は終焉を迎えてしまい、今となっては衰退しきっていた。




「私達は……何をしていたんだろう。別に贅沢な身分になりたくて戦っていたわけじゃない、豪邸や宝の山も要らない。仲間(みんな)はともかくとして、私が戦っていたのは本当に人々を救いたかったからだ。そう、“あの人”みたいに」



 スッ、スッ、スッ。

 チャポン……チャポン。


 手際よく皮をむき下ごしらえを済ませた野菜を鍋に入れながら、ミラはそんな自分の置かれている現状を憂いボソボソと独り言を溢し始める。



「でも、それでもやっぱり求めてしまうよ。私達だって命懸けで戦ったんだ。それなのに……どうしてこんな生活を? もう少しくらい……せめて雨漏りのしない家に住んで、町で売っている普通の食材を買えるくらいは許されるだろう?」



 どうしてこうなった、と。

 何か悪事に走ったわけでも、勇者のイメージを崩したりもしていない。己の活躍をひけらかして世間に疎んじられたわけでもない。それなのにどうしてこんなひもじい生活を送っているのか。




「私はこの世界を救ったん……だよな?」




 ただ時代に梯子を外されただけ。

 戦いは終わった、だから用済みだと。




「あっ……おっとっと! いけないいけない! これ以上過去を振り返るのはよそう。振り向いたって何も良いことはないんだ。こうして野菜を食べられるだけマシ! そう考えないとっ!」




 と、時折思っては結局虚しさしか残らない。

 考えたところでキリが無く、叫んでも何も変わらぬと悟ってか。元・勇者ミラはそう前向きな思考に切り替えて暗い気持ちを強引に追い払うと、



「そういえば、珍しくポストに何か入ってたな。えっと……ああこれだ、何かの封筒だな」



 意識を火にかけた鍋と投函物へ。準備した野菜入り鍋に何度も継ぎ足して再利用しているスープを加えたのち、かき混ぜながら封筒を開ける。



「あ、もしかして。このまえ道端で拾った雑誌の応募で出してたお肉セットが当たったのかな。それだと嬉しいんだけど…………どれどれ?」



 見当の着地点がなんとも哀愁を誘うところではあったが、ともかく封筒から中身を取り出して読み上げていった。なお肝心の内容はというと、



「えっと……なになに“引っ越し”の挨拶? 今日隣に引っ越してくるのでその一報を? おいおいおい、こんな貧乏勇者しか住まないような人里の端っこに越してくる物好きなんかいるわけ無いだろ。まったく……手の込んだイタズラを」



 わりと懸賞のお肉に期待していたのか。

 嘘か本当かも分からない。そのうえ他人の引っ越しなんてどうでもいい内容に苛立ったミラは内容をほとんど読まず、封筒ごとビリビリに破りまくると足元のゴミ袋に叩き込んだ。



「それよりもご飯だ! 野菜スープっ!」



 まったくぬか喜びさせやがって、と。

 再び意識を食のみへ、生きる事は食べること。

 ミラは改めてレードル(お玉杓子)を握りしめスープの出来上がりを待った…………そんな時?





 ドンドンドンッ!





「うんっ?」




 ドンドンドンドンドンッ!




「な、なんだ……こんな時に来客か?」



 かき混ぜる手を止めたのはドアの殴打音。

 ボロ屋ゆえに呼び鈴などという立派な器具は付いていないため、強制的に叩かれざるを得ず。



 ドンドンドンッ!!

 ドンドンドンドンドンッ!!



「ああもうっ! 分かった分かった」



 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!

 ドンドンドンドンドンドンドンッッ!



「だああっっ! 分かったから! そんなリズムよく叩かなくても聞こえてる! 打楽器じゃないんだから好き放題に叩くなああっっ!!!」



 懸賞に外れたことに加えて調理を邪魔されたのが癪に障ったのか。ミラは声を荒げながら慌てて玄関へと向かうと、鳴りやまぬ殴打音をさっさと黙らせるべく扉をバッと勢いよく開けた。




 ――すると、そこにいたのは。





「えっと………………どちら様?」



「はい、お初にお目にかかります。ワタクシはドラゴン族のヘルラ・ノグラードと申します、以後お見知りおきを。それよりもこちらは勇者ミラ様のお宅でよろしかったでしょうか?」




「えっ、えっ? ど……ドラゴ? はいっ?」



「……もう一度問います。こちらは世界を救った勇者ミラ様のお宅であり、貴方様がそのミラ様でお間違いなかったでしょうかと伺いました」




「えっ? あっ、はい。そうです……けど」




 訪ねてきたのは珍しい亜人?の女性だった。

 左目が隠れるように垂れたワインレッドの長髪に、逆の右目には片眼鏡(モノクル)を。そして服装については、胸元が大きく開けている以外は秘書のような黒い礼服に身を包んでいる。


 また自己紹介を裏付けるように何故か()()()()()()()()()()()が、頭にはドラゴン族らしい双角、背中からは翼を生やしている。そんなヘルラ・ノグラードは淡々とミラに質問を重ねると。



「回答に感謝致します。それでは早速本題へ。本日は“我が主”が貴方様に挨拶をしたいとのことでお訪ねした次第です。それでは――」




「えっ? なに? 我が主? いやいやいやちょっと待ってくれないか。なにを勝手に話進めているんだ? どうぞって……えっ、まだ誰かいるのか? そもそも我が主って一体だれ――」




 対して捲し立てられるように話されたせいで事態がまったく呑み込めないミラ。ただ1つ確実なのは、今注目すべきはこのヘルラではない。



「どうぞ! お入りください!」



「ちょっ!? (家主)はまだ許可して――」



 亜人という珍客に驚いたのも束の間。

 そもそも()()()()()に気を取られている場合ではなかった。なぜなら、次の瞬間ミラは度肝を抜かれる事となるのだから…………それは。




「フフフ……ヌワハッハッハッハ!!!

 久しいな! 勇者ミラよ。1年振りか?

 我輩は戻ってきたぞっっっ!!!」




「えっ……あっ? げえっ!?

 おおおおおお……お前はまさか!?」




 再び現れたから。

 その一度見たら決して忘れぬその姿。

 その“全身を鎧で包んだあの魔の覇王”が。




「そうとも!

 我輩だ! “大魔王”だ!!」



「え……いえ゛え゛え゛え゛っっっっ!!??」



挿絵(By みてみん)


 そう、1年前に確かに倒したはずの“奴”が再び目の前に現れたから。それも本当に何の前触れもなくしれっと復活していたのだった。



 ただし……1点だけ。

 なぜか黒鎧ではなく“全身真っ白”な鎧姿で。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

次話は反響を見て、本日の23時か25時。

もしくは明日の9時か10時の投稿予定です。

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