19話 勇者の正体(☆)
ギュッと詰まった半日だった。
「こんばんわ~あ。どうも世話役のクックロウさんが来ましたよ。ミラっち、おるかあ?」
種族を超え、色々あった今日この日。
ミラ視点で数えてもその数なんと7つ。
「もしもーし。ミラっちさんいますかあ?」
帰宅してからの主な出来事だけでも、
『大魔王復活』『大魔王からの依頼』
『クックロウとの初めての出会い』
『恩人を蝕むバイオ・マンバの毒』
『聖薬草の採取』『農家の老婦の解毒』
「ありゃりゃりゃ、なんやおっかしいのう? 大魔王様の話やと家の中におるはずから、早速お世話したれって仰せつかってきたのに……返事あらへんがな。でも留守にしてはリビングの明かりもつけっぱなしやし、どこにおるんやろうか?」
そうして大トリを飾るは『大魔王の世界征服宣言+再戦申し込み』と。数時間の間だったにもかかわらず、どれもこれも濃い内容の7つが挙げられ、それでいてどれも大切という。メインで動いていたミラの神経を擦り減らすには充分すぎた。
「ムムウ……まいったのう。せっかくやる気満々で来たっていうのに。もしかしてもう寝てしもうたんかのう? まあ、今日はずっと気ぃ張ってたやろうから疲れるのも無理ないやろうけど」
と、まあ特にミラだけに限らず。
大魔王による指揮の元、勇者のために動いた者達にとっても非常に長く感じられた一日もようやく終わり。美しかった夕焼けは完全に暮れ、今空を見上げれば大小問わず数多の星が輝くなか。
「まあ、ええか。大魔王様からの説明でワシが来ることはミラっちも一応知っとるはずやし、ワシとミラっちの仲や。今さら遠慮することもあらへん! よし! そうと決まれば早速――」
世話役クックロウはやってきた。
自分の荷物を包んだ風呂敷を背負って。
「ほいほい、お邪魔しますよ~~っと」
家主の返答が無いのが気になりはしだが、別にもう知らない仲でも無いからと。彼はちゃっかり玄関へとあがると、そのままポテポテと爪先の音を立てながらリビングへ向かう。
「ちわーっす。悪いけど適当に荷物置かせて……って、うわっ!? すげぇ肉の匂いっっ!!」
するとついさっき食事を済ませたところだったのか、まずクックロウを出迎えたのはミラが食べたと思われる強烈な肉の残り香だった。しかもそれを証明するかのようにテーブルの上には、
「うわうわ。ステーキプレート3つにスープの小鍋……そんでこっちの皿には串が何本も……それから……ってか、ミラっち食い過ぎやろ!? どんだけ肉に飢えとったんや!? いくら大魔王様から報酬で貰った【シャトーブール】が高級品で旨いとはいえ、見境なさ過ぎるやろっ!?」
場に漂う肉の匂いもさることながら。
あとで洗う予定だったのかは定かでは無いが、その食い尽くされて机上に放置された食器の多さにクックロウはつい驚きの声をあげる。
「よ、よっぽど美味しかったんやろか……にしてもまさかミラっちがここまで食いしん坊やったとは。まあそれは一旦置いとくか! とりあえず初仕事見っけや! ピッカピッカにしたるで!」
けれども、まあそれはそれとして。
ひとまずはせっかくの初仕事だ。大魔王に遣わされた甲斐があると、クックロウはやる気満々で食器をテーブルから洗い場へ運び始める。
「えっさ、ほいさ。えっさ、ほいっさ」
本来のカラスはその握力の弱さも含めて、脚および爪を曲げて物を掴んで運ぶことはないが、このクックロウに関してはあくまで魔族につき。
「よいしょっと……うおわっと!? この鍋の持ち手はちいと掴みにくいとこにあるのう。しゃあない、床に下ろしてから後で運びなおそか」
同じ鳥の仲間で例えるなら猛禽類の運び方に近いか。宙に羽ばたきながら彼はその両脚を巧みに生かして、串の乗った皿やプレートなど散乱している食器達を次々に掴んでは運び、水の溜まっている洗い場の中へどんどん浸けていく。
「えっさ、ほいっさ。えっさ、ほいっさ」
また皿のみならず微かに飲み残しのあるコップも。それからフォークやスプーンなどのカトラリーも同じく器用に掴んではそのまま洗い場へ投下していき、散らかっていたテーブルの上は見る見るうちに片付けられていく。
「よし、じゃあこの濡らした布巾でっと」
目立った汚れはないが仕上げのためと。
クックロウは洗い場とテーブルを往復する間にほんのり濡らしておいた布を置くと、身をかがめながら翼を使って机全体を拭いていった。
「よし、テーブルの上はこれで充分やろ。そんじゃあ次は洗いやな。さあ気合い入れよか!」
そして初仕事の大詰め。
運ぶは易く、洗うは難し。
いくら器用に動かせるとはいえ所詮は翼と脚。人間の手のような細かい作業に向いた器官は持ち合わせていないので、苦戦は免れないだろう。
「これも仕事や。頑張って洗いましょ!」
濡れ防止で袖をまくるように、クックロウは自身の翼を擦ってそう意気込むと、次なる“洗場”へと意識を向けた………………そんな矢先。
「♪♪~~♪♪~~♪」
「ん? うんんんんん?」
「♪♪♪~~♪~♪♪」
「空耳……やないな? ってかこの声――」
方角でいうと浴室の方面からだった。
片付けに夢中で聞き洩らしていたのか、そんな心地よさそうな鼻歌交じりの声が彼のいるリビング内にまで響いてくる。それもやたらと“聞き慣れた”声が――――――ということはつまり。
「なんやなんや。返事ないからてっきり眠っとるんかと思たら、ミラっちってば風呂入っとったんか。どおりでワシの声聞こえんかったわけや」
「♪~♪♪♪~~♪♪♪~~♪♪!!」
「カッハッハッハ! えらい上機嫌みたいやのう! せやったな、確かお風呂も綺麗になったらしいしな。待ち望んどったお肉たんまり食うて、体も綺麗にしたら誰かて機嫌良くなるわな!」
おかげで家主の居所を把握したクックロウ。
ご機嫌な鼻歌に釣られて笑みを浮かべながら。
「それじゃあこれ洗い終えたら、交代でワシもお風呂いただこうかな。世話役として生活するわけやさかい、一回は見とかんとな……うん?」
ひとまずはこの洗いものを済ませてからと。
浴室の方から手元の食器に視線を戻そうとした途中、彼はふと部屋のソファに気を取られた。
「あれはバスタオル……か? えっ。じゃあまさかミラっち、脱衣所に持ってくの忘れとる?」
厳密にはソファの上にて。
白の分厚く大きなタオルが畳まれた状態で置かれていた。そこで入浴中という状況もあり、
「んもお……しゃあないな、ワシが持ってったるわ。いくら自宅やからって勇者さんがすっぽんぽんで上がってくるのはどうかと思うしな!」
恐らく忘れていったのだろうと判断して。
「よいしょっと。じゃあ持っていったるか」
皿洗いは一旦中断して、クックロウは洗い場を離れるとソファからタオルを回収。翼で抱きかかえるようにして持つと、そのまま今度は鼻歌が響いた浴室へ向けてポテポテと歩いていく。
「えっほえっほ。まったく世話の焼けるご主人様やで。風呂入るのに肝心のバスタオル置いてくやなんて……もしかしてわざとやったり?」
ポテポテ、ポテポテ、ポテポテ。
新品に変わった床板の上を進んでいく。
「たとえば……濡れた体を風に当てるのが好きとかで、あえてリビングまでは拭かずに濡れたままで来るのがたまらない的な変態さんやったり?」
途中そんな下らない邪推を挟みつつ、彼は浴室へ。もとい脱衣所までの距離を詰めていき、
「さて、そうこう言うとる間にとうちゃ~くっと……おっ? こいつはラッキー。ドア開いたままやないか、こんなタオル抱えたままノブ回すの面倒やからな。じゃあササッと置いて戻ろか」
人の手なら軽く捻るだけで駆動するドアノブだが、それが無い彼にとってはありがたい幸運。
入浴時しっかりと閉めなかったのか。僅かに隙間が開いたままの扉の前へと到着すると、すかさずクックロウはその扉の角の部分を引っ張り、
「はいはい、ちょいとごめんなさいよ」
念のために声掛けしながら入室を。
して入るや否や、クックロウは取り掛かる。
「もし聞こえてたら、気にせんでええからな。このバスタオル置いたらすぐ出ていくさかい」
親が乾いた洗濯物を収納する為、ほんの一時だけ友達と遊んでいる子供の部屋へ入るように。
クックロウは手元のタオルにだけ意識を集中させつつ、機嫌よく入浴しているであろうミラの邪魔をなるべくせぬようにと。それでいて混乱も招かぬように最低限の言葉だけを告げて室内へ。
「べ……別に覗きとかちゃうからな? いくらミラっちが良い奴でも流石に“男”には興味あらへん。ワシかてこれでも雄の一匹やさかいな」
構造や家具の位置を予め把握しておいた彼は目線そのままに。壁際にある収納棚を目指して、
「そりゃ見るならやっぱり女の子の方が……ってワシはなに言うとんねん。とにかくこのタオルや。さあて、一体どこの棚になおそうか――」
独り言にしては大きめな声でぼやきつつ。
変な誤解を招く前にさっさと棚に納めてここから立ち去ろうと、クックロウは目線を上げてキョロキョロと見渡した――――――ところ?
「 へ っ ?」
「 え゛ っ ?」
いた。
運悪く?出くわしてしまった。
「なっ!? クッ……クロウ!?」
「えげぇっ!? ミラっちぃぃっっ!?」
入浴中のはずの家主が。ミラがそこにいた。
入室時のクックロウの目にはタオルだけで、さらに身長差のせいで互いが互いを認識するまでにはどうしても時間差があったのだろう。
ただし?
「 え っ ? へ っ ?」
ただし肝心なのはそんなことではない。
この最悪の鉢合わせにおいて最重視しなければならないのはその“ミラの姿”だった。
「え? へ? えげええええええっっっ!?」
先に驚愕の声をあげたのはクックロウ。
原因は単純明快、処理出来なかったから。
「えっ…………ハッッッ!?」
「えっ、えっ、ええっ? アンタ……ほほほほ本当にミラっちなのか……いな? えっ!? でも……でもでもでもやで……でもでも……そそ、そないなはず……そないなはずががががっ!?」
それも明らかに尋常ではない狼狽え方。どうにか断片的に繋いで言葉っぽくはなっているが、頭と口の処理が追い付いていないのが丸分かり。
だが……彼が驚くのも無理はない。なにしろ完全に“思い込んで”しまっていたのだから。
「ミミ、ミラっち! “それ”はなんや!?」
いったいどうやって隠していたのか。
聖薬草を共に探しに行った時には微塵もそんな気配は……影も形も無かったはずなのに今はハッキリと紛れもなく付いていた。備わっていた。
「そそ! それはいったい何なんや!?」
「あぐ……ち、ちがっ!? これは!?」
「なななななんでそないなもんが!?」
「ち、違うんだ……私は! わたしは!」
そう思っていった。そう思い込んでいた。
だが確かに確認をしてはいない。なにせ判断材料としていたのはあくまでその口調や振る舞い……それから見分けるのに最適な容姿の違い。
妙に艶のある黒髪だったが、その他は特に問題なし。体格に関しても一見しただけでも上から下までスラリとした体。別にどこかに“膨らみ”があるといった違和感などは微塵も無かった。
「へっへっへっ? げっ? え……えっ?」
よって彼は。勇者ミラは“男”だと。
「違う! 私は男なんだ! 男……なんだ!」
「いやいやいや! どんな弁解!?」
ところがどっこい真実はまったく違っていた。
その誤りを正すように“充分すぎるもの”が今のミラにはしっかりと備わっていたから。魔族とはいえ一匹の♂であるクックロウからしたら、どうしても目が離せない“魅力的な果実”が。
「ま、まさかそんなご立派なものが――」
「ジロジロ見るな! 頼むから見ないで!」
どれだけ健全な者でも本能的に釘付けになってしまう。しかもただの果実ではなく大層ご立派な、それこそ慌てて手で押さえて隠そうとしてもムニュリと溢れてしまう。たわわに実った見事なおっぱ――“母性の象徴”が付いていたのだから。
「わ、わたしは……ミラはおとこなんだ。魔族から世界を救った勇者はおとこなん……だ! おとこじゃないとダメなんだ! だ……から!」
そう。
ミラは。勇者ミラは――。
「あうう……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
なんと“女性”だった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
もし良ければブクマ・評価等していただけると幸いです(´▽`*)
また今回のお話でこの『おとなりさんは大魔王』は完結となります。
そして……同時に一旦は打ち切りでもあります。
主な理由としては、まあ……言わずもがな“評価面”です。
元々これまで培った全力を注いだ作品だけはあり、また投稿前には既に2章のプロットを練っており、新作だしそこまで跳ねないだろうと大きな期待とまでいきませんでしたが……結果はまあ見ての通りだったため打ち切りとする事に決めました。
ただこれはこれで一つの結果として学ぶことも多かったため、本作品については決して削除したりせずこのまま残しておきます(≧▽≦)
もしも何らかの形で評価が伸びたりすれば、また続きを描きたいと思うかもしれませんし!
ではではまた次回作でお会いしましょう!
さらばでゴワス(/・ω・)/




