18話 世界を懸けた延長戦
ミラは思わず耳を疑った。
「い、いま……なんて言った?」
大魔王が自分を殺さない理由。
専用装備があり、かつ宿していた聖なる力も充分にあったからこそ一度は倒せた大魔王。けれども今のミラはそのどちらも失っている。つまり……復活した彼にとってこれ以上ないチャンス。
「はて、もしや聞こえなかったか? すまぬ、しっかりと発したつもりではあったのだが」
「あっ、いや……一応は聞こえたんだけど」
なのに、彼はまだ悠長に自分を生かしている。
仲間とも離れてしまい、かつての栄光も失って大きく弱体化までしているため、もはや相手にするまでもないと返されれば正直それで終わり。
「ふむ、どこかおかしいところでも?」
「えっと……おかしいというか。あまりに“予想外すぎた”せいで、つい呆気に取られてしまったというか。とにかくもう一回確認の意味も込めて、私の聞き間違いじゃないことを証明したい」
足元の石ころに気を取られる者はいない。
そんな冷たい言葉が返ってくることを恐れつつも、ミラは大魔王からの返事を待った。たとえどんな残酷な答えでも受け止めると……だが?
「よかろう。ではもう一度伝えるぞ?」
「ああ、頼む」
真相は、大魔王の答えは違っていた。
ミラが抱いたそんな恐れなど下らないと一蹴するかの如く。このように思わず改めて尋ね返してしまうくらいあまりにも堂々とし、それでいて考えすらつかなかった予想外過ぎた内容で。
――して、その答えとは。
「勇者ミラよ。
再び我輩と戦ってくれ」
躊躇なく、ハッキリと。
地平へと沈む夕焼けの陽を背景にしながら。大魔王はまるで紳士が淑女をダンスに誘うように右手を胸部に、そして左手はミラの方へと差し出した。そんな趣のある姿勢で彼が伝えたのは、
「其方との再戦。
それこそが我輩の望みだ」
まさかの“再戦の申し出”だった。
「やっぱり聞き間違い……じゃなかったか」
「どうやらそのようだ。腑に落ちぬか?」
「そりゃあ……な」
自分と戦ってほしい。だから殺さない。
一度は耳を疑ったが、どうやら聞き取っていた内容に誤りは無かったらしい。けれども当人が首を傾げた通り、納得がいかない様子のミラは、
「で、でも……どうして今さら」
「?」
「だって、あの戦争はもう終わったじゃないか。あの場所、魔界の城にてお前は私達に負けた。お互いに全力をぶつけあった果てにお前は膝をついて最後は……その……私のこの手で――」
あれから1年しか経っていないのもあり、まだしっかりと残っている手の感触。彼を斬り伏せた時の記憶を思い返しながら、ミラは気まずそうに大魔王に伝えた。もう決着は着いたはずと。
「うーむ……確かにそれはそうだが」
「だろ? なのにどうして?」
疑問は再び振り出しへ。
どうして彼は再戦にこだわるのか。
そんなまどろっこしい理由を付けずとも、復讐目的なら今ここで潰せば良いのでは? ミラはそんな大魔王の謎の申し出にかえってその真意が読めなくなった――――――この瞬間までは。
ところが。
「ふむぅ……実のところ我輩としては“そこ”が未だに引っかかっておるところでな。なあ勇者よ……我輩は本当に負けたのだろうか?」
「………………はい?」
「少し冷静に考えてみてほしい。確かに我ら魔族は負けた、これは紛れもない事実だ。嘘偽りに縋って触れ回るほど我輩とて愚かではない」
「お……おう。そ、そうだ……な?」
否が応でもミラは思い知ることになる。
どうして彼が自分に固執しているのか。
なんで“再戦”という形式に執着するのか。
どういう事情で自分を生かし助けるのか。
「それを踏まえたうえで、ここでハッキリさせておきたい。あの我輩の城での戦い。魔族と人間……というワケではなく、ここはあくまで大魔王と勇者という1対1の構図で考えてほしい」
「な、なるほど? 種族とか関係無しで私とお前の個人的な戦いとして捉えてくれって事か?」
「そうだ。そのうえで尋ねたい」
……それは。
「あの戦い。実は我輩の勝ちなのでは?」
「………………ぴっ?」
嫌いだったから。
「考えてみてほしい。我輩が膝を着いた時、其方達も全員まともに動けなかった。辛うじて其方だけがどうにか一撃を放てたが……あれは4対1だったからこそ。もしもあれが我輩と其方の一騎打ちなら、我輩は確実に勝っていたのでは!?」
「は? お前なに言って――」
「つまりだ! 勇者である其方を含めた4人をまとめて相手取り、かつ満身創痍にまで追い込んだ我輩の方が強い! 我輩は其方に負けたのではない! 数の暴力に負けたのだ! よってまだ我輩は“勇者”に負けておらぬ! そうであろう!?」
「いやどんな理屈うっっ!? なにが考えてみてほしいだよ!? 考えないといけないのお前だよ! どこまで負けを認めたくないの!?」
「しかしだな、我輩は最強なのだ。どれだけ苦戦を強いられても最後は勝利をこの手に必ず掴んできた。そんな自他とも認める我輩が土を付けられたままとあっては……やはり納得できん!」
「納得しろ! 敗北を受け止めろ!」
「やはり何かの手違いだったのでは?」
「手違い起こしてるのお前の頭っっ!!!!」
彼がとんでもない“負けず嫌い”だったから。
その姿勢はまさに無邪気な子供に等しく。
「まあまあ、そう無闇に邪険にするでない。ここは我輩の武勇伝でも聞いて気を鎮めるのだ」
「いや、別に聞きたくないんだけど!?」
「そう……あれは何年か前の話――」
「勝手に回想始めちゃったよ!?」
なにがなんでも負けを認めたくないらしく、ミラからの反論を抑えて勝手に語り始める大魔王。
負け犬ほどよく吠えるというが、よもやそれが彼に当てはまるなどとは誰が予想しただろう。
「先に申した通り我輩は最強と自負しておる。それを証明するように様々な種族や猛者が蔓延る魔界でも我輩に敵う者はおらんかった。斬り合い、殴り合い、魔法の撃ち合い、ぶつかり合い、その全てに勝ってきた。稀に手こずる兵もいたが、結局は我輩の勝ちで幕を下ろした」
「ふんふん」
「そのほかにも配下の者や子供達との戯れであれば魔界テニス、魔界チェス、魔界腕相撲、魔界かけっこ……そして時には魔界かくれんぼでも」
「ふんふん…………ん、んんんんっ!?」
ミラは素直にこう思った。
おいおい、ちょっと待て。
何やら色々と異物が混ざり始めてないか?
遊びの名前にしても料理でいうところの『○○風パスタ』みたいに、とりあえず魔界って付けておけばそれっぽくて許されると思ってない?
「それから大流行した『魔界トランプ』でも同じだ。まだ戦争が始まる前にこっそりと人間界の遊びを取り入れて、アレンジしたものなのだが……いやはや、アレには手を焼かされたものだ」
「いやだから子供かお前は! えっ、なに!? 呑気にトランプしてたの!? お前が!?」
「ヌワッハッハッハッハ! そしてその中でも【ダイフゴウ】についてはかなりの苦戦を強いられた。あれは人狼の里へ顔を出した時だ、中々のやり手でな。我輩を入れて4人で楽しんでおったのだが、相手である人狼達3人が結託して何度も我輩を最下位へと叩き落としてきたのだ」
「お前嫌われてない!?」
配下の魔族と共に仲良くテーブルに座りトランプを手にして、手札の内容にヤキモキする大魔王。そんなシュールな絵面がミラの脳裏を走る。
「しかしだ、その程度で大人しく引き下がる我輩ではない。結論から言うとぶっ通しで3日にも渡る戦いとなってな。あれは凄まじかったな」
「いや馬鹿なの!? もうそこまで費やしたのなら潔く負けを認めろよ!? どこまで負けず嫌いなんだお前は!? それに挑んだ人狼達も同じだ! もう空気読んで譲ってやれよ!?」
「そして……肝心の結末なのだが一切の休憩なしだったためか。最後は3人とも疲弊と空腹で気絶してしまい“カードを出せなくなった”ことで、まだ意識を保っていた我輩が勝者となった」
「いやそこはトランプで勝てよ!? そもそも空腹で負けるなんてどんな敗因!? そうまでして人狼達は負けられない事情があったの!?」
よりにもよって、空腹によるリタイアという。
そんなトランプゲームにおいて、きっと今後の生涯をかけても絶対に耳にすることが無いであろうあまりにふざけきった敗因を聞かされるミラ。
「ふ~む、その件なんだが。食事を済ませたあとで尋ねたところ、我輩が相手だからといって手を抜くのはかえって失礼。むしろ全力で応えるのが真の礼儀だと口を揃えて言っておったな!」
「それで食事抜いてたら世話なくない!?」
当初は討ち倒すという目標ばかりに集中していてそれ以外は気にも留めていなかったが。このタイミングでミラは知られざる大魔王の性格、魔界での動向などの側面部分を垣間見るのだった。
「と……いうわけでだ、話した通り我輩は最強でなくてはならぬ。たとえ途中で何度も敗北を味わうことがあろうとも、最終的には華々しい勝利をこの手に収めなくては気が済まぬ性分なのだ」
「だ、だから土を付けた私との再戦を?」
「さよう! そして今度は我輩が勝つのだ!」
勇者に勝つ。それこそ我が悲願。
そんな純粋にして非常にシンプル、自分を負かした勇者ともう一度戦いたい。負けっぱなしは性に合わないから、リベンジして今度こそ勝ち星を手にする。そう大魔王は話を戻して告げた。
「そうだったのか。そう……か」
「む? なにか問題でも?」
「ああ、まあ事情は分かったよ。でも……私はどうすればいいんだ? 残念だけどあの時みたいにお前と戦えるような力はもう無いんだぞ?」
対し、ミラはどうやって大魔王と戦えと?
歯がゆいところだが力量差を見誤るほど鈍ってはいない。自慢の勇者装備は取り上げられた、彼に対抗できる聖なる力も弱いとあっては勝負にならない、蟻が像に戦いを挑むようなものだと。
「そうか……なるほど」
けれども、そこで。
大魔王はそんなライバルの弱音に、
「フフッ……フハハハ……ヌワッハッハッハッ!!! なんだなんだ、そのようなことを案じておったのか! ならば安心するがよい! むしろ既にもう道は見えておるではないか!?」
「えっ?」
心配するなと云わんばかりに彼はそう一笑に付すと、すぐに驚きの言葉を口にした……それは。
「我輩の仇敵である勇者ミラよ。
其方にかつての力と栄光を取り戻させる」
「わ、私に……力と栄光を?」
「うむ! まずは其方が失った専用装備5点。【兜】【鎧】【籠手】【脚鎧】そして……我輩を一度葬った【聖剣】。これらの行方を追い、其方の手に取り戻させる。もちろん聖なる力を元通りにする方法も探りつつだ」
「わ、私の装備と……力を?」
「そうだ。そして勇者装備の入手および弱体化した聖なる力の復活。それら全てが整ったのち、我輩はそれまでに築き上げた人脈を生かして其方に大々的に決闘を申し込む。世界征服の宣言も含めてな。さすれば人間達は再び恐怖に震え、其方にはかつての“羨望の眼差し”を向けるだろう」
勇者ミラを完全復活させる。
自分と戦えるだけの力を取り戻させる。
そのためにまずは専用装備の獲得を優先で。
「ど、どうしてそこまで?」
「其方と全力でぶつかりたいからだ」
たじろぐミラに大魔王は堂々と答える。
「輝きを取り戻した状態で再び我輩と戦ってくれ。今度は互いに全身全霊、悔いのないように文字通り死力を尽くしあおうではないか。それが我の一番の願いなのだ。そして、もし其方が我輩を下せば必然的に世界征服を食い止めることになる」
全てを取り戻した勇者とのガチンコ勝負。
その為ならばいくらでも自分は手を貸そう。
「其方が敗れて我輩がこの世界を支配するか。それとも再び其方が食い止めるか。世界を懸けた頂上決戦、その2回戦といこうではないか?」
「も、もしも断ったら?」
「うむ……心残りはあるが、もちろんそれは其方の自由だ。だが、その時はすぐさま世界征服の準備に取り掛かる。我輩達はこの場所から居を移して、足取りが決して掴めぬ場所に潜伏してな。そうなればもう其方に止める手段は無くなる」
「…………………………」
「胸の内を明かすなら、あまりこのような強引な手段を用いたくはなかったのだが……どうだろう。我輩の挑戦を受けてくれぬだろうか? いずれにせよ我輩は悲願を為し、其方はかつての輝きを取り戻せる。決して悪い話ではないと思うが」
よって強制……とまではいかないが。
自分を蔑ろにしてきた世界を見捨てるか、それとも栄光に照らされた勇者としてもう一回戦ってはくれないか。彼は再び手を伸ばして迫った。
「…………………………」
そうして。長い前置きではあったが。
復活した大魔王の望みを知り、自分を助ける意味も把握したうえ。ミラが出した答えは――
「分かった!!
その勝負乗ろう!!!」
バシッ! と。
ミラは大魔王が差し出したその手を力強く取り、併せて覇気のある力強い回答で返すと、大魔王からの決闘の申し出をしっかりと受諾した。
――――こうして。
「ヌワッハッハッハッハ!! 実に嬉しいぞ! ではこれからだが、まずは其方の世話役としてクックロウを付ける。あやつも其方を気に入っているようだからな、好きに使ってやってくれ」
「えっ? クックロウが来るのか?」
「なんだ、不満か? もしやヘルラの方が良かったか? 確かになんでもそつなくこなす我輩には勿体ないほど優秀な忠臣だが、やはり付き人は女性の方が良いか? 其方も隅に置けぬな?」
「いや、別に“そういうワケ”じゃないんだけど……まあ分かった。クックロウによろしく言っておいてくれ。それから……私の“寝室には絶対に入るな”とも伝えてくれ。それが条件だ」
「ふむ。寝室には決して入るなだな。確かにまだ100%信頼は出来ぬだろうし、無防備な姿を晒す訳にもいかぬだろう。承知した! それではその旨をクックロウにしっかりと伝えておこう!」
「いや、だから“そういうワケ”じゃなくて」
「?」
誰も知らぬところで密かな幕明け。
世界を懸けた延長戦が始まったのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
もし良ければブクマ・評価等していただけると幸いです(´▽`*)
次話、最終回となります。




