17話 大魔王流:人間界の滅ぼし方
夕と夜の狭間。
日向はより紅く、影はより暗く。
沈みゆく夕日が地平線に差し掛かり、景色に幻想的な雰囲気を与え始めた頃。
「うむ? おお戻ったか。待っておったぞ」
「……………………」
律儀にもずっと帰りを待っていたのか。
大魔王はミラの家の前にて、地面から飛び出た岩に腰掛けながら待機していた。そして彼はミラが握っているポーションの容器に注目すると、
「ふむ。どうやら無事に済んだようだな。あとで改めてヘルラにも礼を言わねばな。我輩1人の力では到底あれほどのポーションは作れぬからな。あやつの知識と熱心さに感謝せねばならぬ」
中身が空っぽ=つまりちゃんと飲ませた。
さらに慌てたり狼狽えたりしているようには見えず、落ち着いて戻ってきている点も含めて農家の老婦は助かった。解毒できたと判断した。
「そして勇者ミラよ、其方も誠にご苦労であった! まったく……其方がおらねば一体どうなっていたことやら。考えただけも恐ろしい!」
「……………………」
「まあとにかくだ! 報酬は既に届けてあるぞ! まずは約束の高級魔牛シャトーブールの肉。そして追加報酬として衣服もいくつか贈っておいた。それから……ちと出過ぎた真似だったかもしれぬが、家の修繕についても済ませて――」
よって、これにて依頼は全て完了。
ならばと大魔王は全身鎧のせいであいかわらず表情は見えないが、上機嫌で報酬について触れていく。あとはたっぷり食べて、修繕した家でじっくりと休んでもらおうと…………だがミラは、
「マオー商会ってなんだ?」
嬉しそうな大魔王とは打って変わって、ミラはずっと難しい表情を浮かべながら訝しんでいた。
それこそ先に回答が欲しいと彼の話をすっ飛ばすと、帰還早々に放った言葉がそれだった。
「お前。いったい何を企んでるんだ?」
「そうか、あの御婦人が話したのか」
「ああ、でもそれだけじゃない。本当にお前は何がしたいんだ? お前は大魔王で魔族の頂点。しかも私に1度殺されて…………それなのに」
「ふむ、なにか腑に落ちぬ点でも?」
大魔王復活の衝撃から始まってここに至るまでの一連の出来事。その全てが丸く収まり落ち着いたことでふと我に返ったのか、ミラはここまで戻る道中で一気に湧き出た疑問をぶつけた。
「いやおかしいだろ!? どうして魔族のお前が人間を助けるんだ!? 私達とお前達はかつて敵対関係にあったんだぞ? それを助けるなんて……しかもそれだけじゃない。全部だ、もうそもそも何もかもがおかしかった」
「…………………………」
よくよく考えれば初めから狂っていた。
大魔王が復活していた……まあこれに関しては今さらツッコむのは野暮だろう。けれどもあまりに大魔王は“穏やか”すぎた。復活したというのに、1年前と同じように人間界を侵攻する気配はなく。さらに復讐しに来たかと思いきや自分には手をかけず、むしろ手を貸してくれる始末。
「私を殺すわけでもない、罠に嵌めるわけでもない、無関係の人を巻き込むようでもない。まして血が流れるのを望んでいるように見えない、ただあまりにも行動に不可解な点が多すぎるんだ」
どちらも多くの犠牲を払った戦争につきお互い様……とは決して言えないが、それでも同胞を殺された恨みだってあるだろう。さらに挙句の果てには『マオー商会』なる珍妙な商会までこっそり立ち上げているとなると怪しさが限界突破。
「おばあさんを助けてくれた事には本当に感謝している。けれども……私は知りたいんだ」
素直な感謝を述べつつも、ミラは求める。
対して、それを受けた大魔王はというと。
「ふむ……よかろう。では1つずつ明かそう」
ギシ、ガシャリガシャリガシャリと。
腰掛けていた岩から立ちあがった大魔王は勇者の元へ、金属同士が擦れる音を鳴らしながら歩み寄る。ただし……ミラの眼前で止まるのではなくその背後まで移動し、夕焼けを背中にして。
「まず、マオー商会というのはそのとおり大魔王である我輩が立ち上げた組織だ。我が魔界で採れる鉱物や植物などの素材、その他知識や技術を目玉商品としてあちこちの国へと提供している」
信用に足る勇者にその胸中を。
己の描く“新たな征服計画”について。
「な、なんでそんなものを?」
「内側から支配するためだ」
「う、うちがわ?」
「さよう、我ら魔族が敗北したのは其方たち人間を本気にさせたことだ。ハッキリ言おう。人間の1人1人、その個々の力などある程度知れておる。だが“共通の敵”が現れた際の行動力・団結力に関しては目を見張るものがあった」
マオー商会の存在を絡めつつ。
これを創設した要因の根底に関して。
「手強いわけだ。持ちうる知識を、積み重ねてきた技術を、鍛え上げてきた戦闘力を、仲間と共に勝ち抜くという意思を、その全てを束ねて立ち向かってきたのだからな。そうしてあの日……其方たちはついに我が魔界へと乗りこんできた」
「…………………………」
「フッフッフ……実に見事であったぞ、美しさや尊さまで感じたほどだ。死を覚悟しても屈さず強敵に挑む、これが人間の底力なのだとな」
「な、なにを知った風なことを」
急にべた褒められて戸惑っているのか、頬を染め思わず大魔王から目線を逸らすミラ。けれども彼は気にすることなく続けてこう口ずさんだ。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」
「て、てきをしり……なんだそれ?」
「とある博識な商人から教わった。意味は敵情を知って、味方の事情を知っていれば百回戦っても危険はない。だが敵情を知らず、味方の事情も知らないのであれば戦う度に必ず危機に陥る」
「それが……なにか関係あるのか?」
「うむ、我々魔族は其方たち人間達よりも強い、いや強かった。しかし、そのほとんどは力任せでただ蹂躙したいがために暴れていた者も多く、ましてや敗北するなど夢にも思わなかった」
「そうだな、実際のところ強かったよ」
「ああ、しかし皮肉な話だがそんな個々が強いが故に、連携がうまく取れず単独で行動したところで虚を衝かれたり。攻めれば勝てるという傲慢さがかえって要らぬ混乱を招いたり、そういった“弱点”を多くの者は見落としていた。自身の力を過信して負ける可能性を考えもしなかった」
自分は魔族だ、人間よりもずっと強い。
力・耐性・魔力・種族特有の恵まれた体格。これらが優れている時点で負けることなどあり得ない。大魔王はそんな同族の慢心こそが己の実力や立ち回りを曇らせ、結果として前述した人間達の覚悟を前に次々と散っていったのだと。
「強いのは結構なことだ、だが戦場では勝てると慢心した者から死んでいく。そうとも……我ら魔族はなまじ強かったからこそ負けたのだ」
「お前もそんな奴の1人だったのか?」
「………………………………」
「あ、いや……すまない」
大魔王は長として自軍の敗因をそう語った。
自分たち魔族は人間達の団結力によって負けた。個々では弱くとも共に手を取れば難攻不落の巨城と化す。対してその脅威に目を向けず、さらにそんな巨城から必ず排除すべき外敵として認識されたからこそ抑え込まれて負けたのだと。
――そして。
「だからこそのマオー商会なのだ」
「だ……だからこそ?」
「うむ! 我らは外側から攻めて敗北した。ならば今度は“内側に入り込む”まで! 先も申したように我がマオー商会は人間達では決して取り扱えぬ魔界の素材や技術を売っておる。そしてこれらを釣り得として各国の王族や貴族、また影響力を持つ者達との接触を図り“人脈”を作る。無論、我輩が大魔王であることは伏せてな」
「えっ……えええっ?」
「ヌワッハッハッハ! まあ驚くのも無理はないだろう、しかし計画は既に進んでおる。観察したところ力で成り上がれる我が魔界とは違い、どうやらこの世界は金や人脈といった権力がモノをいうようだからな。その郷に従ったまでだ!」
同じ方法だとまた排除されてしまう。
ならば、今度は攻め方を変え内側に潜りこむ。
「そうして我が商会の名をこの人間界に浸透させて入り込んだのち、機を見て抱き込んだ権力者どもを誑かし、嗾けて内側からどんどん崩壊させていく。まあ要するに我が手は汚さず人間同士で争わせて、その空いた席をちゃっかり我らが搔っ攫っていくという寸法だ」
「んななっっっ!? ぬわあにいいぃぃ!?」
予想よりも遥かに恐ろしい征服方法だった。
てっきり何かこうもっと王道的な。正々堂々とした振舞いで挑んでくると、ミラは勝手に考えていたが……蓋を開ければただの火事場泥棒。
「仕方あるまい。魔族最大の武器であった“武”が通用せんかったのだ。ならば視点を変えて効果的な侵略方法を編み出す他あるまい? まず敵を知る、その為に人間の本質を理解したまでだ」
「いやいやいや! 流石に陰湿すぎない!?」
しかも最悪なことにその火事場の火は自分で焚きつけているため、ますます始末に負えない。
そこで自分から尋ねたとはいえ、そんな悪魔のような謀を聞いてしまった勇者はというと、
「で、でも……良いのか?」
「ふむ? 良いとはなにがだ?」
「今の計画……私がこっそりその“顧客”達に言いふらしちゃうかもしれないぞ? そうすればお前の世界征服の野望は破綻だ。それどころか再び外敵としてみなされてしまってしまうかもな」
恩人の命を助けてもらっておいて、意地悪な問いかけなのは分かっている。けれどもどうにか救った世界をまたこいつが混沌に陥れようとするならば話は違うと、ミラはそう脅した。
だが、そんな脅しに大魔王の返答は?
「別に構わぬぞ? まあその時は其方が我輩の依頼を手伝った、つまり魔族の味方をした。さらに復活を知りながら隣に住んでいるのに倒さず放置している件も含めて触れ回れば、もっと混乱を招く恐れがあるが。それでも良いなら」
「あっ。うくっ……そ、それは――」
ピシャリと。
やれるものならやってみるが良い。
だがそれをした瞬間にミラも同じく破滅するぞと、退くどころかむしろ脅し返されてしまう。
「ヌワハッハッハッハ! 人間というのは噂や外面も大好きな生物だからな。かつて我輩の手から世界を救った勇者が我輩の隣に住んでいて、しかも依頼の手伝いまでしていたとなると……さあて世論はどのような反応を示すのだろうか?」
「うぐごっ!? むぐぐぐぐぐ!?」
しまった……まんまと嵌められた。
まさかそこまで計算尽くだったなんて。
肉に釣られたとはいえ、とんでもない片棒を担がされていたことに今さら気付く哀れな勇者。
「だああ! もう分かった分かった! お前の好きにするといいさ! 好きなだけお偉いさん方を共食いさせてろ! もう私は知りませんっ!」
大魔王の掌で踊らされていたことへの憤りを隠さずに、ミラはもはや勇者らしからぬ態度とヤケクソな物言いで声を荒げて返した。
「ヌワッハッハッハッ! と、まあ掻い摘んで言うとこんなところだ。我輩がマオー商会を立ち上げた理由は。正直好まぬが、負けたのにまた同じ戦い方をするようでは愚の骨頂であろう?」
「それは……確かにその通りではあるけど」
「フッフッフ。よし、それではもう1つの話へ移ろう。我輩が其方に“手をかけぬ理由”だ」
「……………………分かった」
倒した本人から語られるのも奇妙だが。
ミラは気を静めて大魔王の回答を待った。
「はっきり言おう、今の其方は弱い。いや正確には弱くなってしまったというべきか。専用装備を失い、聖なる力も弱まっている。よって今この場で其方に戦いを挑めば九分九厘我輩が勝つ」
「だろうな」
否定はしなかった。
むしろする気も起きなかった、事実だから。
今の自分は廃れた勇者。彼が発したとおり強力な装備も無ければ聖なる力も大魔王へのとどめで出しきり弱まったまま。だから戦えば負ける。
「じゃあ、それならどうして――」
命が惜しくないわけじゃない。
だがそれを分かっているならどうして彼は自分に刃を向けないのか、先に厄介な芽を摘むのは道理に適っているのに。ミラはモヤつく心の霧を晴らすべく答えを求めた…………………すると。
「其方に手をかけぬ理由……それは――」
正直に告白した。
内側からの世界征服の野望を聞かせたうえで、大魔王は勇者へさらに胸中を明かした。自分が復活した理由、まだ本格的な世界征服を仕掛けぬ理由、かつての宿敵であった勇者を助ける理由。
「――――――――――――――」
「…………………………えっ?」
それら全てを内包した回答を――
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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