15話 メニューの値段
【大魔王の館 鮮花の中庭】
傾きで表すなら、ちょうど地平線辺り。
傾いた陽が赤くなり始めた頃にて。
「少し……遅かったな」
大魔王はひとり待っていた。
庭中の花達をゆらゆらと戦がせる涼しい風に己が鎧の外套をなびかせながら、立派に任務をこなした2人を出迎えるために。
「えっと、その……色々あって」
「ふむ。どうやらそうらしいな」
おおまかな経緯は先に部下のミアとメアから予め聞いている。そこで彼はミラの口籠った回答に理解を示し相槌を打つと、視線をその頭上へ。
「す……すんまへん、大魔王様。ワシが戦闘で遅れをとったばっかりに、本当やったらもうちっと早く戻れたんですが。ほんま情けない話です」
「ハッハッハッハ。気にするな、お前が謝ることではない。それよりもよく勇者をサポートしてくれたな、やはりお前に任せて正解であった」
「そ、そんな! 勿体ないお言葉です!」
聞かずとも伝わってくる、きっとミラが手当てをしてくれたのだろう。大魔王は包帯に巻かれたクックロウの姿を見て、その彼の働きを称えるのと併せて勇者の優しさについても察する。
「勇者ミラ、そして……我が忠臣クックロウよ。此度の其方たちの活躍、見事であった。では早速ですまぬが拝見しようか? 今回の収穫を」
やや先走り気味だったがすぐに本題へ。
カチャリと彼は籠手に包まれた腕をミラの身長に合わせるように伸ばし、要求した。
魔族でも構わず助けてしまうような、お人好しで純粋な勇者だからこそ採取に成功した物を。
「あ、ええっと……その」
「うむ? どうかしたか?」
「ミラっち」
「あ……ああ。分かっているさ」
「ふむ?」
なぜかほんのわずかにだけ躊躇うような仕草を見せたが。クックロウに促されるとミラは腰の道具袋の中を探り、布で丁寧に包んでいた“それ”を取り出して中身を大魔王に開いて見せた。
「お、おお! 確かにこれだ! 久しく目にしておらんかったが、やはりいつ見ても美しい」
図鑑には曖昧な文言のみ。幻草とまで云われるほどの珍しい聖薬草だが、大魔王は過去に一度だけ目にした事があったためすぐに分かった。よって、求めていた品がこうした届いた以上は。
「さて、ではさっそく頂こうか?」
勿論受け取るべく、伸ばした腕はそのままに。
ただし自分から取りに行くのではなく、あくまでも渡しやすいように手を大きく開くと、大魔王は留まったままでミラからの納品を待った。
「あ……えっと…………うん。ほら」
「? ふむ、確かに受け取った……ぞ? よし。では早足ですまぬが、我輩にはまだやることがあるのでな。あとはクックロウに聞くがよい」
けれども、妙な間というか。
そんななにやら物言いたげな反応を見せつつ、大人しく納めたミラに違和感を覚えつつも。大魔王はあえて触れることはせず流すように話を進めていき、とりあえずはこれで無事に任務達成。
「では、クックロウよ。頼んだぞ」
「あい! お任せあれですわ!」
今は他に優先すべきことがあるからと。
この場の後処理に関しては優秀な忠臣に任せ、大魔王は聖薬草を両手で優しく持ち直しそのまま館へ戻ろうとした………………その瞬間!?
「ま、待てっっ!」
ガシッッッ!!!!
「むっ?」
「ミ……ミラっち!? 一体なにを!?」
掴んだ。腕を。力強く。
戻ろうと大魔王が身を翻した途端。ミラは渡した時とは逆の手を伸ばすと、立ち去る彼を引き止めるようにその籠手ごと掴みかかった。
「待って……頼む」
さらに力が込もっていくミラ。
籠手の硬く冷たい感触を手に覚えつつ、帰る大魔王の足を止めさせた。その動機はただ一つ。
「お願いだ。待って……くれ」
一度殺した相手にどの面下げて頼めば良いのか、ミラには分からなかった。泣き付けば“それ”を譲ってくれるのか。みっともなくボロボロと涙をこぼして訴えれば諦めて渡してくれるのか。
「ま、まさかミラっち? あ……あのなあ」
「分かってる! 分かってるさ! 今さらなのは充分に分かってる! 分かってるけど……さ。その聖薬草があればあのおばあさんを、私の大切な恩人の命を救えるんだ! だ、だから――」
クックロウに咎められて一度は断念し、以降はもはや話題にもしなくなっていた。もう考えないようにしよう、目的を見誤るなと自分自身に言い聞かせて納得させていた…………けれども。
「だ、だから――」
それでも、いざというこのタイミングで。
自分の手から離れてしまうこの時になって、諦めていたはずなのについ欲を張ってしまった。
現に縋るようにミラは今も大魔王の腕を掴んで離さず。むしろこの手を振り払われたらもうチャンスは無い、おばあさんはもう助からないと。
「だから……だから」
ギュッと、そんな強い気持ちで握り込む。
渡さない、渡せない、渡したくない。今日まで支えてくれた恩人を見殺しにするなんて。勇者だからとかではない、1人の人間として……ミラとしてそれは出来ないと決して力は緩めかった。
ところが。
そんなミラの必死の懇願に大魔王は、
「ああ、だから“それ”に必要なのだ」
「…………………………えっ?」
「さあ、急いでポーションを作ろう。バイオ・マンバに噛まれたあの御婦人の容態がこれ以上悪化してしまう前にな。なに案ずるな、調合の“準備”はヘルラが済ませておる。あとはこの聖薬草を送れば、ものの数分で出来上がるだろう」
「へ…………えっ? えっ?」
まるで滑り落ちるかの如く。
バイオ・マンバに噛まれた御婦人のため、そんな返事を聞いた途端にミラの手は嘘のようにあっさりと緩んだ。力も気も全てが抜けきって。
「そ、その御婦人って農家のおばあさ――」
「さよう! フッフッフ、ヌワハッハッハッハッハッハッ! まあとにかくだ! あとは我輩達に任せるがよい。それでは一旦失礼させてもらおう。詳しい話は……クックロウよ、頼んだぞ!」
「あい! このクックロウにお任せあれ!」
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きっと今ミラの頭を覗くと、こんな疑問符だらけになっていることだろう。しかし今は説明をしている暇がないからと、大魔王はクックロウに託すと聖薬草を持ったまま場から姿を消した。
「な! なっ! 任せとけ言うたやろ?」
「お前……全部知ってたのか?」
「さあて、なんのことでっしゃろ」
「とぼけやがって……って、あれ? そう考えると“メニューの値段を知っていた”のも――」
「さあさあ! ボサッとしてやんと大魔王様がポーション作ったらすぐ届けに行くんやで!? 恩人見捨てる奴は人やないんやろ? ほな1秒でも早く助けんとな! 勇者様の名が廃るでぇ?」
「お前が言うな」
刹那、ミラは真にこう思った。
「はああああ! なんかすごく疲れたあ!」
せめて一言くらい言ってくれよと。
詳しく掘り下げなかった自分にも非はあるが、ちょっとは本当の目的を明かしてくれても良かったのでは? というより、それなら始まりから今に至るまでの葛藤や迷いは全て無駄だったのでは? などなど込み上げるものはあったが、
「まあ良いや。それよりも大丈夫なのか?」
「うん? なにがや?」
「時間さ。おばあさんは間に合うのか?」
「ああ、大丈夫や。ワシらが思うとったより進行が早かったけど、応急処置は済ませとるからのう。せやな、夜までに届けたら充分間に合うやろ。だから今は少しでも走る体力を整えとくんや」
「ああ、そうさせてもらうよ」
まあとにかくこれでひとまず安心だ。大魔王の予想外過ぎた回答に狼狽えはしたものの、ミラは彼を信じてポーションを作成して戻ってくるのを中庭のベンチにもたれかかって待つのだった。
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