13話 廃れ勇者の真相
【アルケーの町:北部 クローロン街道】
時間にしてちょうど日が傾き始めたころ。
予想していなかった戦いこそ挟んだが、どうにか目的の聖薬草を確保したミラ達は元来た道を辿るようにして帰っていた時だった。
「なあなあ、ミラっちミラっち」
「ん? どうした急に?」
切り出したのはクックロウ。
ミラの手厚い応急手当によって嘴を除くあちこちに包帯を巻かれた状態で、その頭上から彼は何かを思い出したかのように突然話しかけた。
「えっとな……その、なんて言えばええんか。実はあの大魔王様の家でミラっちと初めて会ってから、ずーっと気になっとることがあったんや」
「気になってること?」
「せやねん。ホンマやったらすぐ聞きたいと思うとったんやけど……そう思うとったんやが」
「な、なんだ。なんかモヤッとするな」
ここまでの道中では別に頼んでもいないのに、勝手にペチャクチャと喋ってはグイグイと押してきたクックロウだったが。ここに来てなにやらわざとはぐらかすような、どこか躊躇った話し方をする彼にミラは違和感を覚える。
「す、すまんのう。ただ割とデリケートな質問やさかい。流石に出会って早々に聞くわけにもいかん思うて、わざと口を紡いどったんやわ」
「デリケート? なんのことだ?」
「ええっと、それは……やな。むぐぐぐ」
落ち着きなくそわそわと。それでいて声のトーンも抑えめになりながらも、まだ意図が読めない曖昧な発言にミラも思わず顔をしかめる。そこで、そんなやたらと気まずそうな彼を気遣ってか。
「良いよ、遠慮なく話してくれ」
「えっ……ええのか?」
「構わないさ。むしろ、そんなモジモジされる方が気になって仕方がないからな。私が答えられる範囲で良いなら気にせずに質問してくれ」
「わ、分かった。それじゃあ遠慮なく」
受ける側からチャンスを作ってあげた。
内容云々よりも先に彼が話しやすいようにと、ミラはクックロウに機会を与えてその“デリケートな質問”とやらの引き出しにかかっていく。
そこで、そうしたミラの丁寧なお膳立てのもとクックロウは意を決してハッキリとこう尋ねた。
「ミラっち。いったい何があったんや?」
「なにがって? いったいどれのことだ?」
「この状況についてや。どうして誰もミラっちをもてはやさへんのや? あの大魔王様を倒したんやろ? そんで世界も救ったんやろ? それやのに……なんで“あないな家”で貧しい生活をしとるんや? まだ1年しか経っとらんはずやのに……どう考えたって扱いおかしいやろっ!?」
踏み込んだ。
彼と同じく気遣ってあえて意図的に外していたのか不明だが、大魔王でさえも尋ねなかったミラの現状。人里離れたボロ屋で1人ひもじい生活を送る羽目になった現在の廃れぶりの経緯に。
「ああ、なんだ。そんなことか」
「そんなことやない! 大切な事や! なんでこないな不当な扱い受けなアカンのや!? 別に贅沢尽くしのきったないミラっちを見たいわけちゃうけど、もっと良い生活してもええ筈やろ?」
悪事を働くようには到底見えない、そもそもミラがそんな人間だったなら聖薬草を採れるわけない。だから未だに純粋で優しい勇者が不遇な扱いを受けているのはおかしいと彼はツッコむ。
「しかも大魔王様から聞いた話やと“専用装備も無くなってる”って話やないか。ほら、聖剣とか鎧とかミラっち専用の装備品や。そないな勇者の象徴とも呼べるもんまで……おかしいで?」
あたかも自分のことのように。
哀れむ感情を抑えられないクックロウはまだ痛みはあれど、ぎこちないながら包帯に包まれた翼でミラを慰めるように何度も優しく撫でる。
すると、そんなクックロウの掛け値なしの思いやりに触れてか。ミラもお返しと言いたげに?
「別に…………なにも、なにも無かったさ」
重い口を開いて語り始めた。
「なにも無かった?」
「ああ、あれは大魔王を倒した後。大魔王の城を離れた私達は閉じようとしていた境界に気が付いた。だから喜ぶよりも先に慌てて魔界から境界を越えてこの世界へと帰ってきた」
「ふんふん」
「そして……無事に帰還した私達を待っていたのは各大国の王と兵士達だった。そう、お前たちに対抗するために人間も手を取り合ったんだ。強大な敵に立ち向かうため、共に自国を守るために大国同士で手を結んで戦った。それぞれで資金・食料・武具などを出し合って」
「ほおほお、なるほど。互いに足並み揃えてワシらを倒そうと頑張っとったちゅうわけやな?」
「そうだ。それで話を戻るけど、帰ってきてからはまさに夢みたいな時間だったよ。王達はもちろん兵士達も全員が大喜びで出迎えてくれて、最後には派手な宴まで開いてもらってさ。朝から晩まで笑いの絶えない幸せな時を過ごしていた」
「おお! それはええやないか! 待ち望んだ平和が訪れたんやから、そんくらい羽目は外さんとな。当然旨いもんもたらふく食うたんやろ?」
「うん、たくさん食べたよ。お城の庭をまるごと全部使っての大宴会だったんだけど、どのテーブルを見てもご馳走尽くし。しかもどれもこれもこれまでに見たことない料理で味も抜群で、今でも鮮明に思い出せるほどの豪華絢爛ぶりだった」
「うんうん、聞いとるこっちまで幸せなるわ」
聞く範囲ではなんら問題なし。
語りによって頭に浮かんでくる明るい映像にクックロウも思わず微笑む。同時にやはり勇者一行はその働きに応じた待遇を受けたと安堵した。
と――――そうしたのも束の間?
「でも、幸せな時間はそう続かなかった」
「うんうん………………ほひっ?」
突然に、ガラリと変わった。
明るい雰囲気から一転。ミラは苦虫を潰したような顔をすると、自身の脳裏に刻まれた苦い記憶の扉を開けてクックロウにその内情を明かす。
「宴が終わったあと、私達は大国が出し合った多額の報酬金を受け取った…………と、までは良かったんだけど。その受け取り条件として提示されたのは私の専用装備を納めることだった」
「は? なんやそれ? なんでミラっちが手に入れた装備を取り上げられなアカンのや?」
「さあ……分からない。しかし国王たちが言うからには『戦は終わり、平和が訪れた。ならばそのような強力な武具はもはや不要だろう。新たな“火種”を生まぬためにも我々がそれぞれ管理する。吞めぬ場合は報酬を渡せぬ』って冷たく突きつけられたから、仕方なく献上することにした」
「はあああ!? なんやそれ!? お前らの平和取り戻してくれたのは誰や思とんねん! そんな恩人に対して支払いを渋るどころか、身ぐるみまで剥ごうなんて……ほんま何様やねん!?」
「だ、だけど仲間の生活を考えたら。これまで生死を共にしてきた大切な仲間達なんだ、だったらなおのこと応じざるを得ないだろ?」
「う、うぐ……それはそうやとしてもやで? しかもあの生活を見た感じ、どうせ報酬金のほとんどはそのお仲間さんに分けたんやろ?」
「…………………………」
「かああ……ちょっと優しすぎるで。ミラっちだって人間なんやから時には我を通したってええのに。くそ! ますます怒りが湧いてきたわ!」
思わず同情を誘うような急降下振り。
天候で例えるなら瞬きしただけなのに快晴からいきなり嵐に変わるような。あまりに唐突すぎる雲行きの変わりように翻弄されつつも、それでもクックロウはミラの不当性を訴え続ける。
だが、そんな情に満ちた訴えも虚しく。
「それで……そこからは“罵声の嵐”だった」
「ば、罵声やとっ!? なんでや!?」
「王達の最後の命令で、あちこちの国や町の復興の様子を見に行ったんだ。そこで被害が少なった国はまだ穏やかだったけど、それでも私を見ると戦争中の恐ろしい記憶が蘇るんだってさ。かなり血生臭い戦いだったからな、兵士だけじゃなく無関係の人もたくさん巻き込まれて亡くなった」
「…………………………」
「そんな中で心無い罵倒を浴びせてくる人も多かった。私達の救援が間に合わなかった小さな国の人だったみたいで、ひどい時は役立たずって物を投げつけられたりもあった。流石にあの時はまあ結構キタよ。胸が締め付けられるっていうのかな…………重たい気持ちでいっぱいだった」
「で、でもそれはワシらが悪いのであってミラっちが責任感じる必要なんか――」
「関係ないよ。あの人達からすれば助けに来てくれなかった私達が“悪”なんだ。そうやって誰かを捌け口にしないと壊れてしまうから。いくら平和が戻っても元の生活は戻らないんだ」
「…………………………」
「世界は救えても人の心は救えなかった。私が思い描いた勇者なんて所詮その程度だったんだ」
「…………………………」
「私は意味が欲しかったんだ。本音をいえば私だって出来れば輝いたまま終わりたかったさ。勇者ミラとして、人々を救った英雄として。世界を救ったっていう己が人生の意味が欲しかった」
「…………………………」
「でも、それは叶わなかった。英雄どころか人によっては辛い記憶を呼び起こす引き金になってしまった。勇者であることを捨てる気は無いけど、それを誇れる時はもう来ない」
「…………………………」
もはや嘴を閉じて、黙るしかなくなった。
そう、元を辿れば結局は自分達が引き起こした戦争が原因。たとえクックロウ本人は加担していなくとも魔族が癒えぬ傷を遺した以上、烏滸がましいと思ったのだろう。
「そう……やったんか。そないなことが」
「うん。あまり語りなくないけどな」
「そうか。そんでもって色々あった末に流れ着いた先があの家だったってワケやったんか。その……なんや、どえらいすまんかったのう」
「? どうしてクックロウが謝るんだ?」
「い、いや……だって。今ミラっちが苦しんどるのはワシら魔族のせいやろ? それやのに興味本位で聞いてしもうたワシが無神経やったわ」
「もういいよ、過ぎたことだし。今さら憂いたところで何も変わらないし、私だってお前たち魔族をたくさん斬ってきた。だからきっと罰が当たったんだ。魔族にだって良い奴はきっといたはずなのに…………まあ、とにかくだ!」
「な、なんや?」
「その……えっと。話を聞いてくれてありがとう、あまり軽々しく打ち明けられるような話でもなかったからさ、少しだけ気持ちが楽になった」
「そうか……そりゃ良かった。魔族ってことを気にしないんやったら、いつでも相談に乗ったるさかい。気軽に話しかけてくれてええからのう」
「ああ。また頼ることにするよ」
「うんうん。なら戻ろか、大魔王様のとこへ」
「そうだな、早く戻ろう」
決して順風満帆ではなかった勇者の苦悩を、抱えている複雑な事情に触れたクックロウはそう話題を切り替えて。見えてきたアルローの町を経由して、ミラと共に大魔王の元へ戻るのだった。
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次話は明日を予定しています。




