10話 聖薬草
【クローロン街道 外れの泉】
まさにポツンと。
「あ……あった」
泉のど真ん中に位置する小島にて、そこにたったの一輪だけ。周囲の植物や環境から孤立するように“それ”は咲いていた。
「本当にあれが?」
「せやで、あれこそ紛れもない聖薬草や」
聖薬草。
花は大飛燕草のような花弁が大きく開けた形をしているが、花茎に連なるように複数咲かせるそれとは違って、花はあくまで1つのみ。伸びた花茎の先端に1つだけキラキラと煌めく銀白色の美しい花を咲かせていた。
「よ、よし! それじゃあ早速!」
「うおっとっと! ちょいちょい待ちぃ!」
「うおっぐ!? な、なんだなんだ?」
「いやいや、なんだやあらへんがな。ミラっち、まさかワシ乗せたまま行く気やないやろな?」
「え、思いっきりそのつもりだったけど」
「あほう、忘れたんか!? 聖薬草はミラっち以外が近づいたら枯れてしまうって散々言うたやろ!? おまけにワシは魔族や! そんな邪悪の塊みたいな奴が近づいたら一発アウトや!」
「あ……そうだった、ごめん」
――と、目的の薬草を見つけるや否や。
聖薬草の厄介な性質をど忘れしていたのか、それとも頭に乗っけているのが魔族ということを失念していたか。とにかく意気揚々と採取に向かわんとするミラを慌ててクックロウは止める。
「よいっしょっと。ほれ、ちょいと名残惜しいけどワシはここで黙って見守っとるさかい。あとはミラっちに任せるで。なあに、説明にもあったように引っこ抜きさえすればもう枯れへんから」
「引き抜きさえすれば……か。なにかコツとか注意点とかあるのか? 引き抜き方について」
「うーん、引っこ抜き方のコツかあ。せやのう……まあ、普通の植物とかと同じで根っこからゴボッと引っこ抜くくらいやな。根はそこまで大きくならんらしいし、不安やったら長芋みたいに周りから掘って土ごと収穫してもええ。土を掃うのは帰りながらでも出来るさかいな」
最高の乗り心地だったが、流石にここばかりは王命優先だと。彼はミラの頭からぴょこんと降りると、付近の木陰へもたれかかり見守る態勢へ。
「根を千切らないように、心配なら土ごとだな。分かった、とにかく傷つけずに細心の注意を払って引っこ抜けばいいんだな。ありがとう」
「うんうん、頼んだで。何かあったらワシはここにずっとおるさかい、遠慮なく声かけてくれてええからな。ちょっと冷たいかもしれんけど、タオルもきちんと持って来とるから安心しい!」
「あははは……正直あまり服は濡らしたくないけれど仕方ないな。ちょっとした水浴びみたいな前向きな気持ちで採ってくることにするよ」
対してミラは採取へ、中央の小島目指して。
アドバイスをクックロウから聞いたのち、今なお水の湧きだす泉を超えるため水辺に近づく。
「うん、大丈夫だ……これなら“バレる”ことはない。別に多少濡れたくらいじゃ解除されないし……大丈夫大丈夫……すぐに拭けばいい。なにより全身浸かるわけじゃないから……大丈夫だ」
「うん? なんか言うた?」
「えっ? ああいやいや気にしなくて良い! それじゃあすぐに採ってくるから待っててくれ」
「おう! 楽しみにしとるで!」
さて、目標は無事に捕捉した。
水に浸かることにはちょっと抵抗感はあるけど予想してたことだ。あとは採取して帰るだけ。終われば素敵なお肉パーティーが待っていると。
「あ、くっ……思っていたより冷たいな。でもやるしかない。全てはあれを採取するため!」
深さはちょうど太ももが浸かりきるくらい。
肉に飢える腹ペコ勇者ミラ。その食欲を満たすためならばこの冷たさも試練だと、履物と靴下を脱いだ足をまるごと浸けると、そのまま水の厚みを感じながら一歩一歩慎重に進んでいく。
「う、ううう……冷たい。でも距離はそんなに無いから、我慢している間にきっと小島に着く」
バジャリ、バジャリ、バジャリ。
泳ぐにしては浅すぎるが、駆けるには深すぎるという微妙な深さの中。ミラは水の重みを太もも全体に感じながら確実に距離を詰めてゆく。
「頑張れミラっち! もう少しの辛抱やで!」
バジャリ、バジャリ、バジャリ。
後ろからはクックロウの声援を受けながら、ミラはどんどんと小島へと近づいていった。
――ところが、そんな順調な矢先!?
「シャアアアアァァァァ……シャアアッッ!」
「っ!?」
「うんおっ!?」
脇にある大きな草むらからだった。
たまたま縄張りにして寝ていたのか、それとも獲物が来るのをじっと狙っていたのか。いずれにしろ、このまま採取してのんびり帰ろうとしていたミラとクックロウに狙いを付けたらしく?
「シュルルルル。シュゥゥゥウウ?」
「あ、あいつは!?」
「うおっととと。こりゃあ……マズいな」
2人の警戒心を引き上げるには充分過ぎる。
先の割れたその舌を時おり鳴らして、ぼうぼうに伸びた草を分けながら“それ”は現れた。
「シュルルルルゥゥゥゥ……シャアア!」
「ありゃりゃりゃ……こりゃあとんだ厄介者がこの場に潜んどったらしいな。無事に帰してくれるような様子でもないし、しかもこいつ――」
1匹の蛇。
地面を滑るようにしてミラ達の方へ近づいてくる、その長さは約4mといったところか。しかも最悪と表現するべきなのか。その特徴としては“全身が白い鱗”で覆われ、さらに威嚇時にチラリと見えた咥内は“毒々しい紫色”をしていた。
――つまり。
「あの体色……それにあの口の色。まさか」
「せやで、よう見ときやミラっち。あれが……アイツが例の【バイオ・マンバ】って蛇公や」
農家の老婦を噛んだ個体かまでは分からないが、ともかく2人は運悪く遭遇してしまった。彼女を自慢の凶毒に侵した種族であるバイオ・マンバ、別名:魔紫蛇と呼ばれる蛇のモンスターに。
「シュウウウウ……シュスゥゥゥゥゥ」
「あ、あれま。どうやら本格的にワシらをエサとして認識しとるみたいやな。こいつはのほほんと木の下で待機しとる場合やないみたいやな」
「ど……どうするんだ?」
「どうするって? いやまあ、向こうさんも腹減っとんのかワシら食う気まんまん見たいやし、ここはもう戦う以外の選択はあらへんやろ?」
相手が“殺る気”なら迎え撃つしかない。
敵を視界に捉えたまま、クックロウはそう判断を下す。たとえ超危険な相手であろうとも。
「わ、分かった! それなら私も!」
「いや、ミラっちは戦わんでええ! なにがなんでも採取に専念しぃ! 今は大した武器も持ち合わせてないやろ!? それにもし噛まれでもしたらことや大事やし、あいつがもし聖薬草に近付くような事になったら枯れてまう!」
「え、でも蛇がこの泉を渡るのは無理――」
「ちゃう! 蛇は泳げるんや! むしろ上手いくらいに器用に泳ぎよる! だからもしも戦闘中に小島へ泳いで逃げようとすれば一巻の終わりや! せやからワシが惹き付ける!」
ただし。あくまで戦うのは自分ひとり。
ミラ以外を小島に近づけてはならない。
なんとしてもここで食い止めなくてはと。
「だ、だけど」
「ええい! こっちはこのクックロウ様が何とかしたるから! だからミラっちは気にせずに聖薬草の確保を! ワシの方は振り向かずにそのまま採りに行くんや!! ええな!?」
「くぐっ……わ、分かった!!!」
これは自分にしか出来ない役割。
ミラは再三聞かされたその意味を承知し、
「ク、クックロウ!」
「ク・ロ・ちゃん!」
「ク……クロちゃん! 後ろは任せるぞ!」
「おうっ!!! 任された!!!!!」
2人は動いていった。
クックロウは望まぬ来客の対応を。
ミラは採取とそれぞれの役割を達すべく。
「さあ来んか! 丸焼きにして食うたらぁ!」
「ギッ! ギシャアアアアァッッッ!!!」
クックロウVS魔紫蛇バイオ・マンバ。
もはや躊躇っている暇もなく、ミラが慌てて小島へと向かう背後で、そんな捕食者同士の激しい火蓋が切って落とされるのだった。
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次話は明日を予定しています。




