第6話 謎のユキ
翌週の月曜日、登校するなり月はユキの席へ行った。
「ユキ、土曜日、有難う」
「ううん。こちらこそ」
ユキは静かに月を見上げる。
「でもさ、びっくりしたんだけど、ユキのお母さんって若いねー。お姉さんみたいっしょ?」
「そう?」
「そうだよ。ウチなんかアラフォーだよ。幾つ?お母さん」
「さんじゅう… だっけかな」
月は本当に驚く。
「さ、さんじゅう? ってことは、ユキはお母さんが17歳の時に産まれたって事?」
「よく知らない。記憶ないから」
「そりゃそうだけど、へぇー、いいなあ」
「そう?」
「そりゃ若い方が自慢できるよ。美人さんだし。長野市内の人?」
「と思う」
「へぇ、お父さんも?」
「うん。同じ高校」
月は納得した顔をする。あのフォトフレームのイメージと合っている。
「なるほど。それでユキもどこか都会的なんだ。この辺にしちゃあだけど。うえっ! てやぁー!」
月の手が反射的に動いた。
「あいたたた!! 痛いよ! 月」
月はお尻にやった手を離した。後ろの席の高岸 由芽がペンケースで月のお尻を突っついたのを、捻り上げたのだ。
「もう、月。幾ら合気道やってたからって、いちいち練習台にしないでよ」
「いやぁ、条件反射でさ。地下鉄での痴漢対策よ」
月は小学生の頃、合気道の道場に通っていたのだ。由芽は右手首を盛んに振っている。
「知らないよー地下鉄なんて。でも、その『この辺にしちゃあ』ってみんなを敵に回すよ、白兎町原住民を」
「うわ。ごめん」
月はペロッと舌を出す。由芽は、なお右手を擦りながら言った。
「ユキちゃん、市内と違ってここは山と雪しかない所だからさ、冬なんて360度真っ白よ」
ユキも由芽を振り返って小さく肯く。由芽は続けた。
「だから垢抜けてないのは確かだけどね。月は都会をジプシーして来たから格上なのは認めるけど」
「いやー、それ程でも…。名古屋がmaxだからさ」
「確かに!」
由芽は笑った。
その時、始業の予鈴が鳴り響き、月は慌てて席に戻った。
しかし、他愛のないこんな会話を結構真面目に聞いている男子がいた。新だ。
ふむ、親が若い。若過ぎる…。17歳で子どもを産むって、高校生じゃん。この辺なら大騒ぎになる話だ。長野市内なら街だからそうでもないのか。新は依然として『ユキ』のデシャヴ感を拭い切れていなかった。親が若いことが俺の記憶とどう関係するんだ? 親も長野市内って言ってるけど、本当は東京か大阪から来たスキー客で、それで周囲に見つからんようにこっそりここで子どもを産んで…、って別に『さすが雪女!』って記憶とは結び付かない。
それとも…
もしかして、本当にユキは雪女で、俺が雪山で出会ったのかも。白い息を吹きかけられて、俺は記憶を失い、こうして色白な顔立ちに生まれ変わった…。そう、雪女は歳を取らない。だから俺はデシャヴと感じる。そうか。ユキの母親もきっと雪女なんだ。だから若いまま。じゃあ奇跡的に蘇った俺も不老不死なのか…。
いやいや待て。これじゃまるで中二病患者だ。新も頭を抱えた。
雪山じゃなくてスキー場とかで会ったことあるのかな。親が若いから、小さい頃からいつも来てたとか。それは有り得る。長野市内なら車ですぐ来られる。滑ってて俺とぶつかったりしたっけな。酷く転んでも無事で、それで感心したのかなあ。俺も怪我なんてした覚えないけど、一応名前とか聞いたのかも知れない。釈然としないけど…。
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一方で、当のユキの心は青ざめていた。こんなにいろいろ聞かれるとは思わなかった。月に悪気がないのは判ってる。でもなるべくひっそりとしていたい。あの計画も、こっそりとやらないと…。ユキは制服ブラウスの下にこっそりと付けているペンダントのチャームをブラウスの上からそっと手で押さえた。