第48話 パパ
「ユキ、晴樹とママは周囲を偵察してくるからね。パパとお母さんがユキとお話ししたがってるみたい」
「え?」
しかしそれが養父母の気遣いであることを、一瞬でユキは理解した。
「ありがとう」
転びそうな晴樹を急かしながら板を履き、紗香が雪原に飛び出した。
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ユキは改めて木と向かい合った。
「パパ。一緒に植えたお花、たくさん咲いたよ。とってもきれい」
それからスノードロップの前にしゃがむと声を掛けた。
「お母さん、パパとずっと一緒に居られるからね」
たくさん話したいことがある筈なのに、それ以上の言葉が出てこない。
「ユキはこれからもパパとお母さんと一緒にいるよ。パパとお母さんに貰った命だから、パパに守ってもらった命だから、大切にする…」
ユキは自分の胸をそっと押さえる。スキーウェアの下、形見の切れ端の欠片が入ったペンダントドロップのチャーム。ユキは目を瞬かせた。
あの日の山、スキー、雪崩、疾走する橇…。
思い出が真っ白に見えるのは、涙で曇ってる訳じゃない。二人で植えたスノードロップが満開だから…。ユキは目を閉じて祈り続けた。これからも強く生きられますように…。
周囲を思い出と風が吹き抜ける。葉擦れの音が一瞬静まったとき、ユキはパパが頷いたのを感じた。
うん、判った、パパ。
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ユキは立ち上がると周囲を見回した。雪原の向こうにポツンと養父母が見える。ユキは大きく手を振る。養父母も振り返す。そして緩斜面をゆっくりと滑って来る。我慢できずにユキも板を履き、雪原に飛び出した。ユキは大きく迂回し養父母に並びまた聖地へと戻る。最後は緩やかな上り坂になっているので紗香とユキは器用にスケーティングで登っていくが、晴樹はそれが出来ずオタオタになる。ユキは晴樹の前に出て、背後の晴樹にポールを突き出した。
「握って! 引っ張るから」
「えー?」
ゲレンデで親が子どもを引っ張るのはよく見かけるが、逆は極めて珍しい。紗香は吹き出していた。戸惑いながら晴樹は差し出された2本のポールをグローブで掴んだ。
「一緒にスケーティングしてね」
「お、おう…」
これじゃ、俺がカルガモの子どもみたいだ…。晴樹は思ったが逆らえない。
「じゃ、行くよ! パパ」
「おお?」
晴樹は娘に引っ張られ、ヨタヨタと滑って行く。
パパ? 俺が?
坂の上では、スノードロップが口元を押さえ、奥ゆかしく笑うように揺れた。