第47話 トクベツな場所
「雪崩に遭った時、パパがどうにかしてここまで滑って来たのは、きっとお母さんに会うためだったって」
紗香は目を大きく見開いた。ユキの口から実母の話が出るのは初めてだ。
「お母さん?」
「そう。ユキを産んでくれたお母さん。ユキは顔も知らないけど」
そしてユキは語った。球根を植えるため、ここにやって来た日に孝介から聞いた話を。
それは雪崩に遭う半年前の秋のことだ。
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ひんやりとした風が木々の間を吹き抜ける。薄手のウィンドブレーカーだけじゃ、ユキは寒そうだな。球根を植え終わり、柳田孝介は辺りの落ち葉を拾ったり撒いたりしている娘を見つめた。
「ユキ」
「うん?」
「これ、中に着といで」
孝介は、ユキのウィンドブレーカーを脱がせると、自分がインナーに着ていた真白いダウンベストを脱いで、ユキに腕を通させた。ベストの上からウィンドブレーカーを着せる。真白いベストは大人用だから、ユキの足元まで届いて、何だか雪女みたいだ。幼いユキは再び地面にしゃがみ込んだ。秋の陽射しが遠慮がちに二人に降り注ぐ。
「パパ」
「なに?」
「お花、春にさくの?」
「そうだよ。雪が溶けたら見えるよ」
「おうちのおやねの下にうえたら、雪がつもらないからすぐ見えるのに」
確かに、その通りだ。ユキは察しのいい子だ。
「そうなんだけどね、ここは特別な場所なんだ」
「トクベツ?」
「そ。ユキを産んでくれたお母さんにね、パパが『結婚して下さい』ってお願いした場所なんだよ」
「ふうん。王子さまが白雪姫に言ったみたいに?」
おっと。白雪姫ってそう言う話だっけかな。孝介は7歳の質問に即応できない。
「そうだったかな。その日は雪が積もっていたから、お母さん、本当に白雪姫みたいにきれいだったよ」
「へえ、じゃあユキも雪がつもってたら、白雪姫みたいにかわいいかなぁ」
「そうだね。ユキはお母さんとそっくりだから」
「うん!」
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ユキは続けた。
「パパは、きっとお母さんの代わりに、ううん、お母さんだと思ってここにスノードロップを植えたのよ。月がずっと前にユキに『ユキはスノードロップの雰囲気とぴったり』って言ってくれたんだけど、もし、それが本当なら、きっとお母さんだってスノードロップが似合う人だったと思うの。だから、ここはパパにとってトクベツな場所、スノードロップはトクベツなお花だったの」
ユキは目に涙を浮かべながら一気に話した。紗香は『ユキモード』に戻ったユキの肩をそっと抱く。
「だから、来ないようにしようって思ったの? お邪魔しないようにって?」
ユキはコクンと肯いた。紗香は囁くように言った。
「そんな遠慮、要らないな。ユキはユキのパパとお母さんの大切な子どもなんだもん、会いたいに決まってるよ。ユキのパパは、きっとそのために、ここにスノードロップを植えたのよ。三人のトクベツな場所にするために。だからユキは時々ここに来なくちゃいけないよ。ママたちも保護者としてついて来ちゃうけどね」
スノードロップが肯くように風に揺れ、ユキはそれをじっと見つめた。顔も知らないお母さんの声が聞こえた気がした。
紗香がユキの肩から手を離す。ユキは立ち上がるとシャベルを手に取り、木の下に穴を掘って、大切に持って来た木箱を丁寧に埋める。そしてリボンを新しいものと取り換える。時折ユキは手を止めて、心の中で何か言っている。じっと見守っていた紗香は、晴樹の袖を引っ張った。