第46話 再探訪
ユキは母の話をじっと聞いていた。俯き加減で、目に涙をためて。
「ありがとう。やっぱり行きたい」
ポツリと言葉が洩れる。紗香は立ち上がってユキの肩を、そっと抱き締めた。
「じゃあね、晴樹が行けるようなコンディションになったら行こうね。ユキもリボンを換えるとか、考えてみて」
「うん。ありがとう」
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紗香の話を聞いて、ユキは思いついた。持ち帰ったスキーウェアの切れ端を、あの場所に埋めよう。お墓の代わりみたいだけど、スノードロップの隣に仲良く埋めよう。だって、きっとスノードロップは…。ユキは、パパの気持ちを思いやり、噛み締めた。
引き出しに入っている切れ端を改めて手に取ってじっと見つめてみる。でもさ、パパ、ちょっとだけユキが貰ってもいい? 形見って言うんでしょ? ユキは切れ端の一部をハサミで切り取り、いつも身に着けているロケットペンダントの蓋の裏側に貼り付けた。写真と形見、お守りみたい。
残りの切れ端は…。そうだ、丁度いいのがある。ユキは1年生の夏休みに絵付けした木製クラフトの小箱を取り出した。中には短くなった鉛筆や壊れたアクセサリーなどがごっちゃに入っている。取り敢えず、これは…、
拡げたティッシュの上に中のものをぶちまける。ウェットティッシュで箱の中を拭うと、ハンカチを一枚、折り畳んで敷く。うん、この上に切れ端を載せて、それから…
今度はストックしてあるメッセージカードの中から、1枚を選び出した。雪原をウサギが飛んでいる1枚。お気に入りはこういう時に使うんだ。切り札ってやつ。これも、これもパパが教えてくれた…。
ユキは突然湧き出した涙に戸惑いながらペンを取った。何を、何を書けばいいのだろう。
§
パパ ありがとう。ユキは大丈夫だよ。心配しないでね。
ユキ
§
駄目だ、カードに涙を落とせない。しゃくりあげながらユキはティッシュを目に当てる。結局これしか言えないんだ。でも、本当なんだもん。たくさんのありがとう…
スキーウェアの切れ端とカードを小箱に収め蓋を閉める。蓋に描いたスノードロップのお花。咲いているところを一緒に見たかったな。まだ涙がこみ上げる。ああ、駄目駄目。こんな顔、パパに笑われる。またティッシュで目を押さえて、今度は百均で買って来た油紙を取り出した。丁寧に小箱を包む。いつかは土に還るけど、少しでも長持ちしますように。
最後にリボンを掛ける。なんだかプレゼントみたい。天国のパパへのプレゼント。
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年を越した4月の初め、ユキが白兎町に戻って来て丁度2年、山形家の三人は春スキー営業中の唐沼高原スキー場へやって来た。場所の見当は付いているので、紗香が先導してゴンドラの駅からゆっくりと滑る。日が当たる場所では雪が溶けたり凍ったりを繰り返し、ザラザラだ。バックカントリーが初めての晴樹は、おっかなびっくりで細かくターンをしている。木々の間には土が見えている所もある。三人はポールを慎重に突きながら、ゆっくりと斜面を下った。
「ふーっ。寒くても暑いな」
晴樹がボヤく。太陽の光は春の力を持っているのだ。
「ほら! あそこ!」
紗香が叫ぶ。崖の手前に張り出したようなスペース。林立する樹木の中の一本に色褪せたピンクのリボンが見える。積雪量は知れていた。三人は板を外し、雪原に置いた。
え?
「こんなにたくさん、お花、あるんだ」
ユキは不思議そうに周囲を見回す。浅い積雪の上に、スノードロップが数多花を開いていた。
「結局、何本あるか数えなかったもんね」
紗香も地面をぐるっと見渡す。
「でもこんなにたくさん植えなかったし、自然に増えちゃうのかな」
「さあねえ。無くなっちゃうよりはずっといいからさ、ほら、きれいにしようか」
「うん」
ユキはバックパックから、あの小箱とシャベルを取り出した。
「あれ? ユキ、それどうするの?」
「ここに埋めるの」
「なんで?」
ユキは雪の上に座り込む。紗香と晴樹も釣られて座る。
「ユキには判ったの」
ユキはポツリと言った。