第43話 只の親戚
由芽と両親が救急車に乗って走り去った後、新は迎えに来た両親と帰り、ユキも紗香と一緒に帰って行った。
「ほんじゃ、帰ろっか。月も疲れたろう」
稲葉先生と話していた圭介が戻って来て月に声を掛けた。センターハウスには公園管理事務所の人と学校関係者、山岳救助隊長が残っているだけだ。
「うん。あ、トイレ行ってからでもいい?」
「ああ、いいよ」
断って月がセンターハウス内のトイレに向かう。確か…こっちだっけ。考えてみれば、ここに来るのは春のスキーシーズン、ユキの探しものを手伝って以来だ。
手持無沙汰な圭介を山岳救助隊長の剛が見つけて近寄って行く。
「遠藤さん」
「はい?」
「ちょっとだけいいかな」
「はい」
剛はベンチに圭介を誘った。センターゲレンデが見渡せる外向きのベンチだ。
「ちょっと気になったことがあってな」
「はい?」
「不躾で失礼なんだが」
剛は圭介の顔をまじまじと見る。
「あんたの顔、知ってる顔なんだが」
「は? 今日初めてお目にかかりますが」
「だよな。遠藤さんには儂も初対面なんだが、顔は知ってるんだ」
「まあこっちに来て、もう3年になりますからね」
「いや、そう言う意味じゃなくてな、昔の儂の部下にそっくりなんだよな、消防団時代の」
圭介は背筋を伸ばした。
「ユキちゃんのお父さんにですか」
「心当たり、あるのか?」
「まあね。一緒に産まれたそうです」
「ほう」
剛は皴を深くして肯いた。
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「あれ?こっちは売店だった」
月は引き返す。トイレは反対側の端っこだったようだ。ロビーを通らないと反対側には行けないから、お父さんに断っとこう、間違っちゃったからこれからトイレ行くって。
月がロビーに入ると圭介はベンチで隊長さんと話をしている。二人とも身を屈めて顔を寄せあい、まるで密談だ。月はそうっと後ろから圭介に近づき、しかしピタッと足を止めた。思わずしゃがみ込んで聞き耳を立てる。
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「僕も驚きましたね。知らなかったもんですから」
「双子兄弟になるんだろう?」
「ええ。もう一人の、孝介は2歳になる前に養子として貰われていったようなんです。だから僕は全く覚えてない」
孝介? ユキのお父さんって孝介じゃなかったっけ。双子兄弟? お父さんと? そうゆうこと? 似てる筈だ。月の気持ちは仰け反った。
「その後のことも知らなかったので、夏に実家に行った時に聞いてみたんですよ。親は言いたがらなかったんで、近所の人にね」
「ほう」
「そしたら養子に行った先の家ではいろいろあったみたいで、飛び出してそれから消息不明だって」
「なるほど」
「話、合いますか?」
二人の小声は続く。月はトイレも忘れて聞き入った。親の双子兄弟の子どもって、あたしとはどんな関係だっけ?
「そうだな。消防団に来た時も素性までは聞かないからな。こっちはそれ以降のことしか判らん」
「きっとその間、苦労したんだと思います」
「きっとな。で、どうするんだ? あの男の子みたいにユキちゃんに告るのか?」
圭介は窓の外を眺めた。
「いや、止めておきます。今はちゃんとご両親がいらっしゃる訳だし、心の中に孝介もいる。ユキちゃんも混乱しちゃいますよ」
剛もニヤリと笑う。
「そうだな。全く独りぼっちだったのが、いきなり叔父叔母や従妹まで現れる訳だからな」
従妹! 月は大きく肯いた。そう、従妹だよ。でもユキには言わないのか…。
「いや、すまなかった。いきなり呼び止めて面倒な話をして」
「いえいえ。陰ながら見守りますよ」
「忝い」
剛は立ち上がって手を挙げると、月に気づかず、さっさと歩いて行ってしまった。圭介はベンチに座ったまま声を上げた。
「月、帰ろうか」
「え? あたしがいるの、なんで判るの?」
「あのな、みんな窓ガラスに映ってるよ。入って来た時からずっと見えてる」
あちゃ。そっか。迂闊だった。月は父親の肩に両手を掛ける。
「じゃあ、あたしもユキは心の従妹って思っとく」
「聞こえてたか。お父さんは依然として謎の空似男で行くからよろしく」
笑いながら立ち上がった圭介と、月は手をつなぐ。
「ね、お父さん。従妹のお婿さんって、なんて言う関係?」
「従妹のお婿さん? うーん、親戚…かな?」
「なにそれ、ズルい!」
娘は父の手を思いっ切り捻り上げた。
「いってぇー!」
まあいいや。宗清、オマエは頑張っても精々『只の親戚』止まりだよ。ざまあみろ。月は心で高笑いした。