第40話 救出
新は木道の所までやって来た。先程ユキが立てたプローブが目印になっている。慎重に木道を辿りゴンドラの駅へと向かう。まさか秋の学習トレッキングが、雪山での捜索行になるとは思ってもみなかった。バックパックにライトやエマージェンシーシートが入っていて助かった。それに加え、山形さんの装備と技術が無かったら、今ごろ高岸はどうなっていたか判らない。リーダーとして引率した自分の責任になってしまうところだった。まだ助かった訳ではないが、一命は取り留めたんだ。
あれこれ考えながら歩いているとゴンドラの駅が見えて来た。煌々と灯がついている。きっと、遠藤さんから事情を聞いて手配してくれたんだ。間もなく、新が階段下に到着すると、階段の上から『宗清君、来た!』と月が叫ぶのが聞こえた。途端に複数の足音が階段を降りて来た。
「どうなったの? みつかった?」
真っ先に稲葉先生の金切り声が聞こえた。その後ろには体育の先生、山岳救助隊の鴨志田剛隊長、そして月とその父である圭介、ユキの母の紗香まで見える。
「はい、見つけました! 今、ツェルトの中で保護しています」
稲葉先生が両手で顔を覆う横から、剛が出て来た。
「どんな状態だ?」
「転んだみたいで足を挫いて歩きにくそうですけど、その他は疲れているだけです。焚火の横で温まりながら、補給食を食べています」
「そうか。その程度なら大丈夫そうだな。じゃ、救助に行くか。あ、先生方はここで、救急車の手配と親御さんにご連絡をお願いします。大人のお二人は雪山に強いので、我々で生徒さんを連れて帰ります。月ちゃんもここで待っててくれ」
ハイキング装備の先生たちは頭を下げた。早速剛は、レスキュー用の橇を引っ張って歩き始める。雪は止んで、空には星が覗き始めている。木道を歩きながら剛は新に言った。
「ツェルトまで持っていたのは、いい心掛けだ。山は何が起こるか判らんからな」
「あ、いや、持ってたのは山形さんなんですけど。それで、高岸さんを見つけたのも山形さんなんです」
「そうなのか。まあとにかく無事で良かった。急に吹雪いたからな」
一同はプローブが立つ地点までやって来た。
「あそこから左へ行きます」
「ほう。こんなものまで持ってたのか」
「はい、山形さんが」
「はは。あの子もいろいろ懲りたみたいだな」
間もなく焚火が見えて来た。空はすっかり晴れ上がり、平和なキャンプファイアの様相だ。
「山形さーん、高岸さーん」
新が叫びながら先を行く。ツェルトの中からユキが立ち上がり出て来た。剛は満足そうに頷き、声を張り上げた。
「助けに来たよ。みんなよく頑張ったな」
ツェルトの中から顔を出した由芽が頭を下げた。
「すみませんでした」
「あ、いやいや、あんな天候じゃこう言うことにもなるさ。いい友達がいて良かったな。ユキちゃんもご苦労だった。大活躍だな」
「いえ、宗清君が励ましてくれました」
冷静なユキを見て、剛はかつての消防団の部下を思い出した。外はクールだが中は熱い。血は受け継がれとる。
大人たちは由芽をレスキュー用橇に乗せ、撤収にかかった。ツェルトを収納し、焚火を消火する。雪を上から掛けると周囲は真っ暗になった。新が先を行き、剛と圭介が橇を引っ張る。ユキは橇の傍らを歩き、最後に紗香がついて、一行はゴンドラの駅を目指した。
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木道を黙々と歩く。雪が積もっているので橇はスムーズだ。由芽は仰向けのまま傍らのユキに声を掛けた。
「ユキ。星がきれい」
ユキは空を見上げる。吹雪のお陰でクリアになった空に、無数の星が瞬いている。由芽は続けた。
「私、みんなにこんなに迷惑かけてるのに、だけど、星がきれいって思っちゃう」
「それでいいのよ。本当にきれいなんだから」
「ユキ。今日、ユキといろいろ話せて良かった。ユキのこといろいろ知れて本当に良かった。不謹慎だけど、こんな事でもないと、ずっとちゃんと話せないままだった気がする」
「そう?」
「うん。ねぇ、足が治ったら、一緒にスキーしよう」
「うん、いいよ。宗清君も誘う?」
「ううん、要らない」
「マジで?」
そんな会話を背中で聞きながら、剛は思った。この子らの時間は、同じ1分でも儂らよりずっと大切な1分だ。
「だって、今日、彼より好きな人が出来ちゃったんだもん」
「え?」
「ユキちゃんって言うの、その子」
「ええ?」
由芽の目尻から、星粒のように輝く水滴が、ポロリと溢れた。