第39話 ビバーク
ツェルトと焚火が整ったのを確認して、ユキはまたバックパックを背負った。
「どうするの?」
「由芽を探しに行く。自力で動けないかもだから。宗清君は焚火の薪を絶やさないようにしてね」
「一人で?」
「ここに誰かいないと駄目でしょ? 焚火を見つけて由芽が来るかもしれないでしょ?」
「うん、まあ、そうだけど」
「私、探されるばっかりだったから、たまには探す方もやりたいのよ」
小さく笑うとポールを突きながら、ユキは林の中に消えて行った。
ユキがいなくなった後、新はただ待っているのもどうかと思い、周囲の枝を集め始めた。焚火の薪用である。新もキャンプナイフは持参していた。手頃な太さの枝を見つけると、手と足を使って折り、薪割りに挑戦してみた。さほど太いものではないので、これを縦に半分に割ってみる。
ユキがやっていたように、枝を雪面から地面に届くよう深く刺す。そして手頃な石を探すとタオルで包む。ナイフを枝の断面に当てて少し食い込ませ、ナイフの柄を左手で持ちつつ、タオルで包んだ石をナイフの背に打ち付けた。
「うわっ!」
ナイフは枝を斜めにカットしただけで枝は倒れた。
「あっぶねー。ナイフが微妙に曲がってたのかな」
本当に危ない。下に足を出していればナイフが足を直撃しかねない。新はアウトドア知識は豊富であるものの、実践となるとそれ程の経験はなかった。斜めにカットされた枝はそのまま焚火にくべて、新は次の枝を探す。なかなか思うような枝は見つからない。火勢は次第に小さくなっている。新は拾った枝を片っ端から焚火に放り込んだ。
時間はすぐに経過する。必死に薪を補充しながら、新は見つけて来た太めの枝を立てて、今度こそ縦割りをと挑戦していた。焚火とツェルトの中に吊るした新のトーチライトのみの明かりの中で、新は枝の断面に慎重にナイフを当てる。念のために目を薪の高さにしてナイフのかかり具合を確かめる。その時、ナイフの向こう、林の中に白いものがゆらゆらと見えた。
「ひっ!」
恐怖が新を突き抜ける。消防団の人から数々聞いた山の不思議な話が一気に新の心をざわっと触る。新は雪の中に尻もちをついた。白いものは揺れるだけで近づいては来ない。新はナイフの柄を握りしめる。ま、まだ夜中じゃないし、お、お化けには早い…。
「宗清くーん」
「あ?」
白いゆらゆらからユキの声が聞こえた。なんだ… 新はよろよろと立ち上がった。
目を凝らすとそれは人の影、由芽に肩を貸しながら、ゆっくり歩いて来るユキだった。レインウェアとジャージを由芽に羽織らせているので、ユキはハイネックの真っ白なスキーシャツ姿だ。
『あーびっくりした。マジ、雪女かと思った』
新はまだドキドキしながら思った。雪女…。人助け。ユキが春にあの場所で言った通りになっている。山形は本物の雪女だ。新は畏敬の表情を浮かべた。
「あれ? 宗清君、だいじょうぶ?」
ユキはきょとんとして言い、由芽は力なく新の方を見上げる。
「由芽、足を挫いたみたいでさ、それでも必死で歩いたんだって。それで木の下で丸まってたところを見つけたの。スマホの明かりで気がついて。宗清君、湿布なんて持ってないよね」
ユキはツェルトの中に由芽を座らせ説明した。ツェルトの中でも焚火の温かさがほんの少し感じられる。
「サ、サロンパスならあるけど」
「くれる? 私が貼るから宗清君、向こう向いてて」
「あ、ああ」
新はバックパックの中からファーストエイドキットを取り出し、中からサロンパスをユキに渡す。ユキはすぐにツェルトの中に潜り込んだ。ユキが由芽の靴とくつ下を脱がせ、ジャージのパンツを捲り上げて、サロンパスを貼っているようだ。『うわ、びしょびしょ』やら『冷たかったでしょう』やら声が聞こえて来る。
「由芽、これ、食べて」
「あ、有難う」
ようやく由芽の声が聞こえて来る。
「もういいかい?」
新は後へ声を掛けた。
「いいよ」
新が振り返ると、ツェルトのファスナーが半分開けられ、銀色のエマージェンシーシートに身を包んだ由芽が垣間見えた。ユキの渡したボトルから何かを飲んでいる。ユキがレインウェアを着て新の横に出て来る。
「さて、ここからどうしよう」
「うーん」
「ちょっと狭いけどツェルトの中で三人で頑張るか、撤収してゴンドラの駅まで戻るか、どっちかよね」
「高岸は歩けるの?」
「ううん、支えてあげないと危ないと思う。木道は滑り易いから気をつけないと一緒に転んじゃうよ」
「そうか。かと言って、食料もないここで一晩頑張れるか」
「そうね」
超人的な働きをして来たユキも、流石にしんどそうだ。新は決断した。
「俺が伝令でゴンドラ駅まで戻る。雪もマシになって来たし、俺なら来たルートを戻れるし、ゴンドラの駅まで戻ればスマホも入るから、もっかい連絡してみる。先生たちも探してる筈だからさ、ゴンドラ動かしてもらえるんじゃないかな。そしたらまた俺がここに案内するよ。それと、少しだけど補給食とか残ってるから置いていく。高岸に食べてもらって」
「判った。お願い」
ユキはあっさり認め、ツェルトに潜りこむと新のライトを持って来た。ツェルトの中はまだぼんやり明るい。
「あれ?」
「宗清君もライトは要るでしょ。私、マグライトも持ってるから大丈夫」
「そ、そっか」
そうだろう。彼女ならその程度の備えはしているわな。新はまばらになって来た降雪の中を、コンパスを睨んで歩き出した。