第38話 ホワイトアウト
新とユキは、由芽の名前を呼びながら、先程レインウェアを着込んだ地点まで戻った。そこまでは確実に由芽が一緒だったからだ。しかしその後の足跡は新雪に覆われ判らなくなっている。二人は再びゴンドラ駅へと引き返しながら、ユキはヘッドライトで、新はトーチライトで木道の周囲を照らして進んだ。薄暗い上に雪が降り積もって、木道と周囲の区別すら難しくなってきている。トレッキングポールで先を探りながら、二人は慎重に歩を進めた。
「宗清君! あそこ!」
ユキはヘッドライトで照らしている木道の脇を、ポールで指す。
「凹んでいる気がする」
新はしゃがんでその場所を見た。辺りは公平に新雪が積もっているのだが、そこだけは人の身体ほどの凹みがあるように見える。
「なるほど。木道から足を滑らせたのかな」
「うん。見えなかったのかも知れないし、どっちにしても転んで、その後、方向が判らなくなったんじゃないかな」
「違う方向へ歩いて行ったってこと?」
「うん。ホワイトアウトみたいなものだから、真っすぐ歩けているかどうかも判らなくなる」
「そうだね。でもここを起点に探すしかない。さすがに木道を乗り越えると判ると思うから、こっち側の180°の範囲を探してみようか」
「うん。ここにプローブを立てておくから目印にして」
「判った」
二人は木道を降り、取り敢えず木道と直角の方向へ歩き出した。
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雪が酷くなる。新は由芽の名前を叫び、ユキはホイッスルを鳴らし、コンパスを見ながら歩く。陽が落ちて暗い中、ライトで照らされた先もホワイトアウトしている。歩いているうちに二人は林に行き当たった。新がユキに声を掛けた。
「このままだと二重遭難しちまう。出直さないか。そのうち先生も来てくれるだろうし」
しかしユキは首を縦に振らなかった。
「だめ。もし倒れていたらあっという間に埋もれちゃう。あの子、軽装備だから本当に時間の問題になる」
半年前、自分もそうなりかけたのだ。雪は魔物、そう思いながらユキは周囲を見回す。
「ここでビバークしよう。ここならあんまり風も来ないし、吹雪もある程度木が防いでくれる」
「ビバークって、カマクラとか作るって事?」
「ううん。私、ツェルト持ってるから」
「マジで?」
「うん。度々の遭難騒ぎで用心深くなったの」
新は感心した。秋のトレッキングコースなのに、プローブやツェルトまで持って来ている。臆病であることは、実は重要なのだ。それで山形のバックパックが大きいのか。
「宗清君、ツェルト張れるよね? ポールとかないからロープで木の間にぶら下げるやり方」
「あ、ああ、多分な」
「じゃ、お願い。私は焚火をする。由芽からも先生たちからも目印になるし、由芽を温められる」 [*作者注]
言いながらユキはバックパックからツェルトを取り出し、新に手渡した。
「ペグは効かないと思うから、裾には石かなんかを置いて。フロアの上にはエマージェンシーシートを敷いてくれる? 持ってるよね? 雪の上だから無いよりマシと思う。」
「お、おう」
新は押されっ放しだ。ユキはバックパックからアルミホイルを取り出し、何枚かに分け、重ねてツェルトの傍に、アルミホイルの正方形を作った。
「なにそれ?」
「焚火台の代わり。雪の上じゃ駄目でしょ? 直火はそもそも駄目だし」
ユキは周囲から石を掘り出し、アルミホイルに乗せて押さえる。新がツェルトを設営している間に、ユキは周辺から枝を掘り出す。林の中なので枝はそこら辺に落ちていた。そして細い枝をアルミホイルの焚火台の上に組み上げる。次に、太めの枝を足で折ると、今度はナイフを取り出して、雪の上に立てた枝に当て、手とタオルで包んだ石を使って見事に縦に割いた。更に、端っこをナイフで削り、フェザースティックにしている。
「山形さん、ナイフも持ってるんだ。それにしても上手いな」
それは新も思わず『さん付け』するほど鮮やかな手並みだった。ユキは含羞む。
「女の子の技じゃないんだけど」
そしてポケットから松ぽっくりを取り出すとセンターに据える。新はまたびっくりする。
「どこから出て来たの、それ」
「お弁当の時に周りに落ちてたから拾っておいたの。天然の着火剤だって、キャンプのアニメでも言ってたし」
「よく気がつくねぇ」
「お昼ごろから、今日は怪しいなって思ってたんだ」
「ふうん」
そして登山用のマッチを使って上手に火を点け、トレッキングコースのマップを畳んで扇ぐ。小さいながらも焚火が燃え盛り始めた。
[*作者注] 焚火は本来NGです。緊急避難時に限ります