第37話 行方不明
その2学期の後半、1年前と同様にクラストレッキングの時期がやって来た。コースは一年生の時と同じだが、二年生は小グループに分かれ、其々の研究テーマを決めて歩く。研究結果はその後に行われる文化祭で発表することになっていた。三年生は修学旅行がトレッキングの代わりになるので、日程は二年生が最後、10月の終盤で、中でもユキの所属するグループはその中でも一番最後の、閉園直前の日だった。
グループメンバーは、ユキ、月、新、それに由芽と他2名の6名。月は、まずユキを確保したが、手を挙げて加わって来た新を断れなかった。そして当然のようにそれを見て由芽が乗り込んで来た。あと2名は緩衝材のような性格の生徒を巻き込んだ。グループの行動には特に制限はなく、最終便までのゴンドラに乗って、センターハウスに戻れば良いことになっている。
『取り敢えず静観』
月はそう決めて、ユキと行動を共にすることにした。
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そしてトレッキング当日、ユキたちのグループは、何かにつけ研究熱心な新が勝手にリーダーになり、下山は遅くなった。授業の一環と言うこともあってか、新が特にユキを贔屓することはなく、つまり由芽がしゃしゃり出る機会もないまま、平和に終わりつつあった。そういう意味では月はホッとしていた。夕暮れが迫る木道を6名は 急ぎ足で歩いている。
「ま、ゴンドラに間に合わなくても、俺、道を知ってるから大丈夫だよ」
先頭を歩く新はアピールする。実際、新には知識があるので反論しづらいのだが、月は不機嫌そうな顔で呟いた。
「なんか空が曇って来たけど。風も冷たいし、こんな中を歩いて降りるなんて、やだよ」
後ろから二番目を歩くユキも不安げに空を見上げた。確かにこの雲、ヤバい感じがする。この風だって雪を運んで来そうだし、ゴンドラの駅まではまだ1時間はかかる。こっそり緊急用の装備を持って来て良かったかも。何かと安心だし。
ユキは後ろを振り返る。最後尾には重い足を引きずる由芽が歩いていた。さすがの由芽も疲労困憊の今は、新とユキを監視する元気もない。
「由芽、大丈夫? きつかったら休むよ」
「大丈夫、休んだらゴンドラに間に合わないでしょ。大体、あんたの世話にはならないし」
険のある言い方ながら、由芽の息は荒くなっている。ユキはそれ以上何も言わなかった。ユキも何かを感じてるんだろうな、月はその会話を聞いて気が重くなった。
一行が、岩が転がる急坂を下り、林の間の木道に入った頃から、周囲にフォグが立ち込め始めた。新は周囲を見回し、バックパックに黄色いフラッシュライトを点ける。
「みんなー、前の人を見失わないようにな」
「はーい」
そうやって歩き始めて10分、今度はいきなり雪が降って来た。新も緊張度を高める。
「みんな、レインウェアを着て。身体を冷やさんように」
将来、山岳救助隊を目指している新の指示は的確だった。一行は立ち止まり、各自のバックパックからレインウェアを取り出して身につける。ユキのように本格的なアウトドア用から、由芽のように百均のレインコートまで様々ではあったが、全員フードを被り、黙々と木道を歩き続けた。
ピューーウ
雪は冷たい風に乗って吹雪になりつつある。あっと言う間に木道は真っ白になり、滑らないよう慎重に歩く一行のスピードは落ちた。ユキは上目遣いに前を見る。フォグと吹雪により、先頭の新のフラッシュライトがようやく確認出来る程度だ。新は時々声を掛け、一行は『はーい』と答える。そうやって歩き続け、最終便の時間ギリギリに、一行はゴンドラ駅の階段下に到着した。
「ふうーっ、みんな、大丈夫か?」
新が振り返りながら階段を登り始める。ユキもホッとして後ろを振り返った。
え?
由芽がいない。新の掛け声に小さいながらも答えていた筈なのに。
「宗清君!」
ユキは叫んだ。
「大変!由芽がいない!」
「えーっ?」
一行が振り返った。ユキは続けて叫ぶ。
「私、探して来る。私は装備もあるから、みんなはゴンドラに乗って先生に連絡して!」
それを聞いて、新が階段を降りて来た。
「単独行動は危ない。俺も行く。遠藤さん、悪いけどみんなを連れてゴンドラに乗って先生に言ってきて」
一行がポカンとする中、ユキと新は木道を戻り出した。