第34話 チャームの人
暫くしてユキはよろよろと立ち上がった。そのまま木の幹に抱きついて頬を摺り寄せる。紗香も月も新も見守る事しか出来なかった。やがて身体を離したユキはポケットからリボンを取り出し、木の幹に巻き付け、結ぶ。そして皆を振り返った。
「ありがとうございました」
紗香は目に涙を一杯貯めて肯いた。
「ユキ。一区切りだね」
ユキは小さく肯いた。紗香はユキを抱き締め、その背中を優しく撫でた。13歳の一区切り。まだたった13歳の。
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「じゃ、コーヒー淹れるか」
圭介がぼそっと言って、バックパックからスタック式のマグを取り出し、ドリップパックを載せてクッカーのお湯を注ぐ。そしてポーションカップのミルクを入れると、まずユキと紗香に手渡した。
「飲んだら少し落ち着くよ」
「有難うございます」
やがてマグが行きわたり、一同は両手でマグを包み込んでフウフウと息を吹きかけながらコーヒーを飲む。突然月が言った。
「ねぇユキ、ユキのパパの写真ってあるの?」
かつてロケットペンダントを盗み見たとは言えない月は、半ばカマを掛けた。
「うん。あるよ」
ユキはマグをそっと雪面に置くと、スキーウェアのファスナーを下げ、スキーシャツの下に手を入れて、首から例のロケットペンダントをじゃらっと取り出した。そして大切そうにチャームを開く。
「これがパパ」
マグを持ったまま月は覗き込む。うん、写真は前と変わっていない。月は驚いたふりをする。
「うっわ。お父さんそっくり!」
圭介が身を乗り出して来た。紗香も一緒に覗き込む。
「ありゃ、本当だ。これ、僕の若い頃だ」
紗香はチャームの写真と圭介を代わる代わる見較べる。
「ホントだ。パパの写真、初めて見たけどそっくりね。すご」
一瞬沈黙した圭介は以前の月の質問を思い出した。
「月、知ってたのかい?」
「え?なんのこと?」
月はすっとぼける。まあいいやと圭介は質問相手を変えた。
「ユキちゃんって、新潟に居たことある?」
「はい。パパが新潟出身だったので」
「一度、僕と会ってるよね」
「え?」
「覚えてないかな。確か、スーパーでユキちゃんが僕をユキちゃんのパパと間違えた」
ユキは記憶を辿った。そうだ。『ユキのパパは俺だけだよ』って言われたあの日…。
隣で紗香が目を丸くしていた。圭介も記憶を辿る。もっと以前、圭介が子どもの頃の記憶だ。
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それは圭介が小学生の頃の話。学校用の上履きに母が名前を書いていた。それも止せばいいのにローマ字だった。
“kosuke”
違うじゃん。圭介は母に指摘する。
「あ、間違えちゃった!」
母は慌てて“o”の真ん中に横棒“-”を入れる。
「ほら、これでいいでしょ。kesuke って読めるでしょ」
「いや本当は keisuke でしょ? “i”がないじゃん」
「あはは、まあ愛なんてもうないかもね」
母は大らかに笑った。あれは只の間違いだったのだろうか?
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圭介はユキに聞いてみた。
「ユキちゃんのパパって、なんて名前?」
「え。あの、孝介です」
「・・・」
圭介は当たった予感を噛みしめる。今は言えない。今度、実家に帰った時に追及してみよう。だって、この子はもしかして僕の『姪っ子』かもしれないから。だとしたら、もしや先ほど見えた雪煙は、今は亡き、僕の片割れのサインだったのか。そいつが教えてくれたのかも知れない。ここだよって。
圭介は改めてリボンが結ばれた木に対し、心の中で手を合わせた。