第33話 形見
「お父さん、これって何かの目印かな。幹にへばりついてたの」
月は木の幹から剥がした布の切れ端を圭介に見せた。
「ああ? ん-、こりゃスキーウェアだな。ほら、この真ん中の層がゴアテックスだ」
「ふうん?」
「ここにぶつかって破けたのかな。そんなことあるのかな。結構強い素材だと思うけど」
聞きつけて紗香も覗き込んだ。
「あー、本当だ。ちょっと昔のスキーウェアって感じですね。この色模様は」
何だか盛り上がってる感じだったので、ユキも紗香の脇から覗き込む。圭介が切れ端をユキにも見せた。
「あ!」
ユキの目と口が大きく開く。
「どうしたの?」
「こっ、これ…、パパの…」
「え?」
紗香も驚く。
「ユキ、見覚えあるの?」
圭介が手渡した切れ端を握りしめるユキの手が震えている。
「あの時に、着ていたウェア…です。私、覚えてるの、パパの袖、色も模様も…」
慌てて紗香がユキの肩を抱く。圭介は不思議な顔をした。
「えっと、ユキちゃんのパパって、ここにぶつかったの?」
ユキは切れ端を両手で押し抱いてしゃがみ込み、肩を震わせたままだ。月は呆然とし、新も何も言えず固まってしまった。
紗香がユキの肩を撫でながら話した。
「パパって、ユキの本当のお父さんの事なんです。私たちは実は養父母なんですよ。本当のお父さんは、数年前に雪崩に巻き込まれて、ユキだけが助かって、それでそのパパとの思い出の場所をユキはずっと探していたんです」
圭介と月は絶句し、新は唇を噛み締めた。
やはりそうだったのか。雪崩で助かったのが山形 雪。『雪女だから助かった』そんな心無い放言を聞いたんだ。だから俺は『雪』と言う名前を覚えていた。彼女が転校してきてからずっと持っていたデシャヴの正体。押し黙った圭介を見て、新は付け加えた。
「そのパパって、消防団のエースだったそうです。前に消防団の人にちょっと聞きました。山形さんのパパは雪崩に巻き込まれながら必死にここに辿り着いて、きっと木にしがみついて、ここを守ろうとして、でも結局押し流されてしまったんじゃないでしょうか。未だに行方が判らないそうです。その切れ端は、その時にウェアが引っ掛かって破れて残ったんだと思います」
ユキは嗚咽が止まらない。圭介もしゃがみ込んだ。
「そ、そんな悲しい話があったんですか…。よりよってユキちゃんに」
月も両手で顔を覆っている。紗香は自分に言い聞かせるように言った。
「ここはユキにはとても大切な場所なんです。一緒にお花を植えた場所だって。ね、ユキ、パパも最後にここに来れたんだよ。パパはきっとホッとされてたと思うよ…」
紗香の言葉も最後は言葉にならなかった。新と圭介は最早何も言えなくなってしまった。月もユキの傍らで背中を擦る。雪の嗚咽の他は何も聞こえない時間が過ぎた。