第32話 蕾
地面までのラスト30センチ。ユキは撫でるように雪を掬う。ヘラを扱うように、無心で白い粒粒をスライスしていったその時、雪粒の中に緑色の何かが見えた。土じゃなく、葉っぱ? ユキはシャベルを脇に置くと、手で掻き分け始めた。すると、
あ? これ…
雪の中から黄緑色が現れた。黄緑色の茎に守られるように、白い雫がひっそりと付いている。小さくてまだ硬いスノードロップの蕾。雪の中で蕾をつけた姿は、まるで雪中花。手を止めてユキは覗き込む。目の奥からじわっと涙が湧いて来た。
パパ、見つけた…。
あの日一緒に球根を植えたのは、やっぱりここだったんだ。一緒にスキーで来ようとしていたのもここだった。呼ばれるようにここに滑って来たんだ。
スノードロップ、よく残っていてくれたね。知らないうちに、毎年毎年、こうやって蕾をつけてくれてたんだね。有難うスノードロップ。 雪の中にうっすらと見える草花に向かって、ユキは小さな声を出した。
「あった」
隣の月が、即座に反応した。
「ホント?」
月がユキに、にじり寄る。ユキが草花を覆う雪粒を丁寧に除け、黄緑色の茎と真っ白な蕾に指を添えた。
「うわーー、かっわいい!」
その声に大人たちも反応する。
「見つけたのか?」
ユキは頬を赤らめて肯く。圭介と紗香、それから新もそうっと近寄って来る。ユキはまた蕾をそっと持ち上げた。
「これがユキが探していたお花?」
紗香が聞く。ユキはまた肯いた。
「スノードロップ」
「スノードロップ…」
紗香が呟くように繰り返す。圭介と新は珍し気に覗き込んだままだ。紗香はそっとユキの肩を抱いた。
「ユキ、たくさん植えたって言ってなかったっけ?」
「うん。もうちょっと探してみる」
「よーし。じゃあここからはユキちゃんに任せよう。他は埋め戻して!」
圭介が顔を上げて叫び、バックパックから何やら取り出している。
「コーヒーでも入れるよ」
取り出したのはキャンプ用のバーナーとクッカー。コーヒーのドリップパックとミルクのポーションカップ。
「あら、雪山でドリップコーヒーですか」
雪を掻き戻しながら紗香が覗き込む。
「ええ、これが旨いんですよ。でもここいらの雪はそんなにきれいじゃないので煮沸しないと駄目ですね」
圭介は喋りながらクッカーにペットボトルの水を少し注ぎ、その上に雪を投入し、熱し始めた。
「一応濾過するので結構面倒でね。この人数だと30分くらいかかりそうですね」
面倒もまた楽しいと言いたげな表情だ。晴樹にもこう言った技と知識を伝授しないとね。紗香はふと思った。
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ユキは更に2株のスノードロップを見つけた。しかしそれ以上掘り返さず、スマホで写真を撮ると、そっと周囲に雪を戻した。場所が判ればユキの目的は達成できている。目の前の木にリボンを結べばそれでいい。
パパ、あの日の場所、パパのそっくりさんが見つけてくれた。何か変なの。スノードロップはまだ固い蕾だから、雪が溶ける頃にはきっとお花が咲いていると思う。雪面を撫でながらユキは心の中で孝介に話し掛けた。
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月は新が掘っていた部分の埋め戻しを手伝っていた。新が勢いよくラッセルしたせいで、ツリーホールが拡大されたようになっている。これもまた危ない。月は木の幹の周囲を雪で覆うようにせっせと手を動かしていた。
「ん? これなんだろ。布?」
幹に何やらへばりついている。月はグローブを外し、へばり付いている布地を丁寧に剥がし始めた。