第31話 雪を搔く
フォグが去ってゆく。空の雲も所々が薄くなり陽の光がぼんやり届くようになって来た。紗香は雪面にプローブを刺してみた。概ね1メートルの積雪だが、木の枝の下は数十センチ程度だ。圭介が雪面を大きく区切り、探索場所を担当分けした。ユキと月は二人で1区画、他は一人で1区画だ。ユキと月には圭介が思う一番可能性の高い場所、陽当たりの良い木の下を割り当てた。
二人は折畳みのシャベルを組み立て、雪面をそーっと掘り始めた。シャベルで草花を痛めないよう、遺跡の発掘のように慎重に手を動かす。
サクサク…サク
シャベルが雪を掻く音だけが辺りに響く。温かくなって水分を含んだ重い雪。二人は無心でシャベルを動かす。突然、ユキがボソッと言った。
「私、雪女って呼ばれてるじゃない?」
月は手を止め、ユキの方を見る。隣の区画では新がドキッとしている。
「あれ、結構気に入ってるんだ」
「えー? 妖怪だよ?」
月が完全にユキの方を向く。
「うん。だけど、エルサみたいな人だっているし」
「あー、雪の女王ね。雪女と一緒…なのかな」
「でもいい人でしょ?」
「ま、まあね。って、映画でしか会ったことないけど」
「あんな風に、人を助けられたらなって」
「ふうん」
月は唸って手を止める。新はユキの言葉に感じ入っていた。
『人を助けられたら』
俺と同じ思いだ…。雪女が人助けってピンと来ないけど。
「ユキって偉いねー。あたし、そんなこと、何も考えたことないわ」
月は感心するとまたシャベルを動かし始めた。雪女って善人なんだ。知らなかったよ。ユキにはいちいちびっくりさせられる。
二人で黙々と作業すること更に30分、区画は小さなプールのように凹んで来た。一区画を二人で作業しているので早く進む。それでもようやく50センチ程度掘れただけだ。
ユキは周囲を見回した。目の前の大きな木。何故この場所にやって来たのか。それは黄色いフラッシュライトがあったからだけではない。ユキがリードして滑り降りて来たこの斜面。この木だけははっきりと見えた。錯覚だったかも知れない。しかしこの木はフォグを寄せ付けず、道標のようにユキを招いた。紗香は『そっちは危ないから慎重に!』と叫んだ。確かに下り斜面で緩やかに上る先は、切り立っているか急に下がっているかだ。
だからユキは間合いを測るように慎重に滑った。すると黄色いフラッシュライトの向こうに懐かしい匂いがしたのだ。本当に知った顔があるとは、ユキも思いもしなかった。パパのそっくりさんは、よくぞここを見つけたものだ。
本当に、ここにみんなが一緒にいるだけでサプライズだよ。ユキはシャベルを握り直した。あと30センチくらいかな。