第23話 隊長の探しもの
「あ、お父さん、ちょっといい?」
「紗香か。なんだ?」
紗香は父・剛に電話している。
「あのね、唐沼のトレッキングコース辺りからゲレンデのバックカントリーでさ、春になると白い下向きのお花が群生している場所とか知らない?」
「なんだそりゃ? なんかの調べごとか?」
「ちがうの」
紗香は先日、ユキが一人でバックカントリーを滑りに行き、紗香がレスキューした件を話した。
「あの子、そういう場所を探してるみたい。お父さんと一緒に球根を埋めたんだって」
電話の向こうで剛はしばし黙り込み、紗香がちょっと不安になった頃、口を開いた。
「そういうことか。そういう意味だったのか」
「何が?」
「いや、救助した時に、何かを探しに来たってユキちゃんが言ってたんだ。でもはっきりせんでな。まだ小さかったこともあってか、その後は何を聞いても答えてくれなんだ」
「あの子とお父さんだけの秘密にしておきたかったんじゃないかな」
「うむ。そう言う性格だな、あの子は。その花が何だかは判らんが、6年前ならもう残っていなんじゃないか。多年草の草花でも3年程度じゃないのかい?」
「そうかも…ね」
また剛の沈黙が続いた。
「なんでそんな場所に球根を植えたんだろうな」
そうだ。それは聞いていなかった。ユキも話さなかった。もしかしたらユキも知らないのかも知れない。彼女にとっては、『父親と一緒に植えた場所』と言うことが重要で、その理由は父親しか知らないのかも知れない。
「うん。それは聞いていないよ。知っているかどうかも怪しいし」
「それに春と言っても雪の下だろ。咲いているとしても、どうやって探すんだろう」
「うーん、雪の中からお花が出て来るのかな、フキノトウみたいに」
「相当背が高くないと難しいだろうな。4月でも1メートル位は普通に積もっとるからな。ま、パトロールの時にでも探してみるよ」
紗香はひとまずホッとして電話を切った。しかし、ユキの激白の内容だけでは足りないものも感じていた。
+++
「あの、隊長、何してるんですか?」
新が山岳救助隊長・鴨志田 剛に聞いた。剛が紗香の電話を受けてから1ヶ月経った週末、消防団と山岳救助隊の合同訓練の時だ。剛は木々の下でプローブを雪面のあちこちに刺しまくっている。新は馴染みになった消防団員に誘われて、その雪上救出訓練をわざわざ見学に来ていたのだ。
訓練の想定は、ゲレンデからバックカントリーにはみ出したスキーヤーが樹木に衝突し、自力で滑走できなくなったのを救出すると言うものだ。要救助者に見立てられた消防団員が雪の中から掘り起こされ、保温シートで包まれて橇状のストレッチャーに乗せられる。そのストレッチャーを、ロープを使って引き上げたり降ろしたり、皆で引っ張ったりしながらゲレンデまで搬送すると言う内容だった。
隊長である剛は救出作業そのものには参加せず、講評のために見ているだけだ。その合間に、木々の下で一人ごそごそしていた。
「うん? いや、どれ位の深さかなと思ってな」
「え?そんなのスキー場の掲示板に出てましたよ。積雪量230cmって」
「ま、ゲレンデはそうだけど、こういった木の下はツリーホールもあるし、幾らかは枝が受けるんで、浅いところもあるだろうからな」
「はあ。それは木に衝突した時の参考値みたいなものですか」
研究熱心な新が更に聞く。新にとって剛は心の中で師匠と仰ぐ存在なのだ。
「ん。まぁ、そう言う訳ではなくて、草花が春先に顔を出せる場所があるかなと思ってな」
新は首を傾げた。
「草花? ですか?」
「ん、まぁ。訓練とは関係ないがな」
そう言って鴨志田隊長は微笑んだ。もっともゴーグルとフェイスマスクでその表情は殆どが見えなかったが。
春先に草花が顔を出せる場所。一体何だろう。新は疑問を持った。何かの研究かな。隊長は何かを探しているように見える。何だろう。探しものと言えば、春の連休にユキがトレッキングコースから出て迷子になったのも、何かを探していたのではないかと、依然として新は思っていた。クラストレッキングの時には本人に否定されたけど。
それは何だろう。隊長みたいに草花だったら、夏休みに彼女が描いたって言ってた、えーと、なんだっけ。そうだ、月がユキのイメージとか言ってたから、確か、スノーなんとか…かな。隊長の行動を見て、新はふと思いついた。