第16話 探し物シュプール
ユキはカレンダーを睨んでいた。唐沼高原スキー場はいよいよ12月からオープンする。定期テストが丁度終わる頃だ。その後に来年の入学者向けの学校説明会とやらがあり、授業は半日。狙うならここだ。
夕食後、晴樹が風呂に入ったのを見計らってユキは紗香に言った。
「ママ、テスト終わったら月と滑りに行っていい?」
「ああ、スキー?」
「うん」
「月ちゃんも滑れるんだっけ?」
「うん。新潟生まれだもの」
「そ。ならいいよ」
ユキのスキーの腕ならさほど心配は要らない。紗香は単純にそう思った。ユキは密かに準備を進めた。
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定期テストが終わって二日後、午前中で授業が終わり、ユキが家に戻ると紗香は出掛けていた。テーブルにメモが置いてある。
『ユキ 学校説明会の手が足りないそうなのでヘルプに行ってきます ママ』
何というラッキー。ユキは玄関クロゼットからショートスキー、ポールと紗香のプローブを出してスキーケースに納める。キッチンで500CCの保温ボトルにお湯を入れる。スキーブーツケースにヘルメットを入れて、スマホとお財布をリュックに入れる。リュックの中身は予め準備済みだ。
オーケイ。
ユキはスキーブーツケースとリュックを背中とお腹に背負い、スキーケースを下げ、スノーシューズを履いて玄関を出た。駅までの坂道を歩く。駅前からゲレンデ行きのバスがあるのだ。駅で周囲を憚りながらバスを待つ。まだスキー客はそれほどいないので、バスにもすんなり乗れた。ゲレンデまで20分、ユキはあれこれ想いを巡らす。
ゲレンデの場合は、頂上から麓まで、真っすぐ滑ると30分もあれば充分降りて来られる。バックカントリーでは倍くらい見込めば良いだろうか。取り敢えず、ここと思う場所で止まって木にリボンを結ぶ。それでその根元の辺りを掘ってみて、葉っぱとか見つけられるか。もう葉っぱって付いてるのかな。雪を掘るのって結構時間かかるかも。ゲレンデは積雪が数十センチとして、バックカントリーだと圧雪していないからもうちょっとあるのかな。でも板を外して踏ん張ると、ズボッて嵌り込んじゃう。うーん。積雪量はプローブ刺して測れるかもだけど、あんまりごちゃごちゃしてる時間はないし…。
悩んでいる間にバスは到着した。ユキはそそくさとセンターハウスへ向かう。ロッカーに荷物を入れて、早速ゲレンデに出た。ゴンドラ券を片道分購入し、乗場までスケーティングする。ゴンドラ乗場に行列はなく、ユキはすんなりと乗車できた。ゴンドラに揺られながら、眼下の疎らなスキーヤーやボーダーに目をやる。新雪だし雪質は悪くない。頂上駅で降りたユキは、トレッキングコースの方向へ緩斜面をスケーティングで登った。もうちょっと眺めの良いところへ行きたがってるように見えるように。幸い人影はまばらで、滑り降りる方向を見る人ばかり。誰もユキには注目していなかった。
「よし」
ユキは気合を入れ、木々の間に向け滑り降りる。この先はバックカントリー。多分ここ、来たことある…。
一瞬、あの日の悪夢が脳裏をかすめた。しかしユキは即座に否定する。まだそんな季節じゃない。あれは春先特有の現象だ。林を通り抜けると、ゲレンデの音楽も聞こえてこない。一旦止まったユキは斜面を見下ろした。広々とした雪原に所々、小さな林がある。あの場所もあんな林の一つだった。
「パパ、見てて。ユキは行くよ!」
ユキは雪原に飛び出した。緩やかにカーブしながら軽快に滑る。そう、こんな感じ。木々が固まって生えている場所を見つけると近寄ってスピードを落とす。こんな感じの林だったっけ。いや、ちょっと違う。もっと木が多かった筈。
ユキは林から林へと新雪にシュプールを描いた。