第14話 クラストレッキング
2学期が始まって1ヶ月、10月の初旬に白兎中学1年生はトレッキングに出掛けた。要は秋の遠足である。初夏にユキが迷子になった唐沼高原トレッキングコースの中級者コースだった。
高原ではナナカマドやダケカンバ、カエデの仲間が色づき、紅葉最盛期である。早ければ1週間後には初冠雪するというから山の秋は短い。1年生の殆どは地元の子どもなので、コースを何度も訪れた子も多く、皆慣れた足取りで木道を歩いてゆく。ユキは月と並んでポクポクとトレッキング用ポールをついていたが、ここに来ると否応がなくゴールデンウィークの出来事を思い出す。その後、新に叱責されたことも。
「きれいだねー」
月はキョロキョロ見回しながら歩いている。
「あ、ユキ、あれ、なんてお花?」
高山植物の花々もそろそろ終わりだが、木道脇に薄紫の花が群れている。
「んー、判んない」
「ノコンギクだよ」
後ろから声がした。新だ。
「ノコンギク?」
月が首を傾げた。少々不満そうだ。
「あんま可愛くない名前。マーガレットっぽいのにねぇ」
「ま、マーガレットもキクの仲間だから、似てんだよ」
宗清君、よく知ってる。ユキはちらっと新を振り返った。一瞬目が合う。月がまだ不満そうに、
「キクってお供えのお花ってイメージだからなぁ。あたしはユキが描いてたみたいな清楚で可愛いのがいいなぁ」
「へぇ、山形が? どこに何描いたの?」
月が振り返る。
「ほら、夏休みの作品展で置いてあったでしょ。可愛い箱に白い、なんだっけ?ユキ」
「スノードロップ」
「そうそう、スノードロップ。ホント、ユキのイメージそのまんまのお花。宗清、覚えてないの?」
辛辣に月が言う。イケメンも形無しだ。新は苦しそうに白状した。
「うーん、覚えてねぇ」
「ま、男子ってそんなもんよね」
良かった。あんまり関心持たれたくないもん。ユキはこっそり思った。
「あんた、あんまりあたしたちに話し掛けてると由芽とか怒るよ。原住民のスターなんだから」
月に突き放され、新は歩を緩め、後のグループに混ざって行った。
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昼食は雪渓が望める広場。月がユキの隣で、感心して言う。
「凄いよねえ、夏の間もずっと溶けないんだもんね」
「うん。寒いから」
「へぇ、行ったことないからあたしは判んないんだけどさ、ウチのお父さんが冬の雪原ほどきれいじゃないって言ってた」
「月のお父さんは行ったことあるんだ」
「うん。新潟生まれだからさ、寒いところ好きなんだよ」
新潟…。ユキはちょっと引っ掛かる。パパと一緒だ。月は軽快に続ける。
「でもさ、所々にクレバスがあって、落ちたら助からないって。深くて探せないんだって。突然クレバスが出来たりするし、やっぱ見てるだけの方がいいよね」
クレバス…。その通りだ。救出も出来ないって聞いた。パパも多分…。
「山形!」
考え込みかけたユキに背後からまた新が声を掛けた。驚いてユキは振り返る。
「はい?」
やや遠慮がちに新はユキの隣に座った。ユキは怪訝に新の顔を見た。目が合う。
「山形、おまえ何か隠してねぇか?」
ユキはビクッとなった。