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雪女のシュプール  作者: Suzugranpa
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第9話 迷子

 チリンチリン。


 ポールを突きながら、ユキは林の中を歩いた。ここならゴンドラで上がって、少し歩けば子どもでも来られる。あの日に目指した場所に全く確信はないけれど、こんな林の陰だった。ユキは歩き始めてからマップを睨んで考えていた。トレッキングコースはゲレンデから相当登って行かねばならない。しかし復路の、ここいらならゲレンデのバックカントリーになる筈。小さい頃から、パパについて散々滑ったバックカントリー。


 気がつくと林を抜けていた。高原には夏草が茂っていて、変わったところは見受けられない。目の前にもう一つ林がある。時計を見るとまだ数分経過しただけだ。もうちょっと行ける。ユキはポールを突いて次の林を目指す。


 あ、ここ?


 林の端っこ。大きな木の下に、少しだけ草が少ない部分があった。しかし地面を観察してもよく判らない。


 うーん。


 もう少し林の縁に沿って歩いてみよう。下ってるのが確か東方向だ。太陽を雲が遮って、影は見えなくなっている。ユキはまた歩き出した。


サクサク…。鳥の声と自分の足音だけが響く。林の隙間から冷風が吹き抜けた。


+++


「ユキ、遅いなぁ」


 晴樹が腕時計を覗き込んだ。ユキが散歩に出掛けてから20分を経過している。紗香も林の方をじっと見る。


「もう10分待って帰って来なかったら電話してみようか」


 10分はすぐに経過した。晴樹がユキのスマホを鳴らす。


「出ないな。気がついてないのかな。探しに行こうか」


 紗香は立ち上がりかけた夫を手で止めた。


「まず私が行ってみる。やみくもに歩き回っても駄目でしょ。ミイラ取りがミイラになっちゃう。私が行って30分して何もなかったらゴンドラ乗り場に連絡してくれる? マップに番号書いてるから」

「判った」


 晴樹はまだ余裕のある妻の言い分に従った。スキーのみならず、体力も運動神経も実は妻の方が上なのだ。


 ポールを突きながら紗香も歩いた。緩やかな下り斜面。あの子は何かを探しているのかな。もしかしたら本当に思った通りなのかも知れない。急に山に行きたいなんて、中学生の女の子が言うことじゃない気がする。不意に周囲から陽射しが消えた。太陽が陰り、鼠色の雲が急速に下から上がって来るのが見える。


「これ、雨来るかも。そうしたら音が消される…」


 紗香は顔をしかめた。


 その頃、ユキは本当に立ち往生していた。真っすぐ下ったつもりだったけど、改めて周囲を見ると半分は上り斜面だ。どっちから来たんだろう。コンパスを出してみたものの、歩いて来た時に方向を見ていなかったので、どっちに戻るべきか確信が持てない。やたら歩くと余計に迷子になることは知っている。下界からは冷たい風が吹き上げ、その向こうにはフォグも見える。『山の天気は変り易い』の典型パターンだ。やっぱ電話しよう。現在地を写真に撮って送れば判るかも。


 ユキはスマホを取り出した。え? 電波ない? ここ、陰なのかな。最近のスマホの電波は障害物があると届かないとも聞いた。どうしよう。動かない方がいいよね。ママ、気がついてくれるかな。


+++


 紗香も迷っていた。フォグが上がって来る。来た方向は判っているから逆に行けば帰れるのだが、あまりジグザグコースを辿れば、自分自身が遭難しかねない。初心者用トレッキングコースでも甘く見れば死に至る。


 紗香はスマホを取り出しユキに掛けてみる。


「オカケニナッタデンワハ、デンパノトドカナイバショニアルカ…」


 くそ。紗香は唇を噛み締めた。安易に送り出したのが失敗だった。この風だ。身体は冷やされるしフォグが来れば見通すことも出来ない。せめて晴れ間が出るまで今の位置を動かないでいてくれたら…。


 そうだ、ホイッスル。風の音に負けない音が出る筈。紗香はリュックからアウトドア用のホイッスルを取り出した。洋上のカヤックなどでも使うレスキューホイッスル。少ない息で遠くまで音が届く代物だ。ユキに聞かせたことはないけれど、気がついてくれるかな。紗香はホイッスルを咥え、息を吹き込んだ。


 ピィーーーーー


 あ? なんか聞こえる。ユキはハッとした。ハルキかママか、それ以外の人かも知れないけど、少なくとも人がいる。ユキは音が聞こえる方向を目指して緩斜面を歩き始めた。


 次第に音が大きくなる。周囲はフォグに覆われつつある。ユキはリュックの鈴を手で鳴らし続けた。


「ゆきーぃ!」


 声が聞こえた。すぐ傍だ。


「ママー!」


 ぼんやり見えた紗香にユキは駈け寄った。


「ごめんなさい」


 紗香はユキの手を取った。ユキは紗香の手を握りしめて来る。怖かったのだろう。なんだかんだ言ってもまだ13歳なんだから。


「山の天気は変わり易いって、よく判ったでしょ」

「はい。ごめんなさい」


 フォグが周囲を流れる中、コンパスを見ながら二人は歩く。リュックの鈴の音と二人が踏みしめる足音だけが聞こえる。紗香はそっと聞いてみた。


「何かを探してたのかな」

「え」


 ユキは俯く。


「また心の整理がついたらママにだけこっそり教えてね」

「うん」


 ユキが紗香の手を握る力が強くなる。これはYesだな。紗香もユキの掌を強く握った。


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