36.ハーレム(イイ思い)でお別れ?
こんなことをしていいのだろうか、本当に。
仮にも姫は令嬢だ。黒い関わりがあるとはいえ、トップと呼ばれる存在なのは間違いないはず。そんな彼女が無防備状態でこんなことをするなんて予想だにしなかったことだ。
「さぁ、アタルくん……人差し指をアナタの口の中で好きにして?」
「じゃ、じゃあ……」
指一本分入るくらいの口を開けると、そこに姫の人差し指が入ってきた。
「……舌でも何でも自由に動かして転がしてくれてもいい。だけど、そこはアタルくんの好きなタイミングでいい」
「…………」
「……んん、妙な気分になる。でも嫌じゃない」
姫の指を舌で舐め回す――ことは容易なことではなく、とにかく力を弱めながら動かすことに集中するしかなく。はっきり言ってそこに感情を乗せることなど出来るはずもないわけで。
しかし徐々に気持ちを落ち着かせて無心で舌を動かしていると、自分の唾液に混じって何となく"甘さ"を感じてしまう。
その甘さに何か嫌な予感があったせいか、俺は思わず姫の指を手で引き抜いてしまった。
「アタルくん。もういい、いいの? わたしの甘い指は存分に味わえた?」
「ひ、姫……指に何か」
「――塗ってなんかいないよ? 変な味でも感じた?」
気のせいだったのか?
「と、とりあえず指についた唾液を拭いた方がいいよ……」
俺がそう言うと姫は自分の指を見つめて舌を伸ばし、そのまま自分の口へと入れてしまった。
「――っっ!!」
「ん、悪くない。ゾクゾクっとするくらいにアタルくんを間近に感じる……」
これはかなり危険だ。まさかここまでアブノーマルな性癖の持ち主だったなんて。姫は俺が唖然としているのを見ながら、その行為をやめるつもりは無いようだ。
そこに、
「あーー!? 駄目だよ、姫ちゃん! 自分の指を舐めるなんて~!」
アブノーマルな行動の前後を見ていなかった恋都が現れ、手にしていたおしぼりで姫の指をゴシゴシと拭き始めてしまった。
「な、何するの! 勝手に拭かないで!! せっかく味わっていたというのに……、全く!」
「ダメダメ!! こう見えてボクは保健に詳しいんだぞ? 洗ってもいない指を口にしたら大変なことになるんだからな~!」
恋都の邪魔が入ったせいもあってか、姫は途端に大人しくなった。するとタイミングでも見計らっていたかのように、他の女子たち含めて彩朱や街香が俺の前に姿を見せる。
そのまま女子たちは座っている俺の周りを囲むように整列し、俺の目の前には幼馴染たちがおしぼりや水、デザートを手にして待機し始めた。
「どうやら楽しめていたようだね? あたる」
「ナカくん、姫と何をしていたの……? 次はウチがナカくんをもてなす番なんだけど……」
「次はボクだよ!! でも使うはずのおしぼりが無くなっちゃった……う~」
彩朱はケーキ、街香は水――といった感じでもてなしの準備をしていたらしい。
しかし、それとは別に何となく体が重くなっている気がする。
まさかだよな?
「そうそう、恋都に街香に、彩朱。あなたたちも今のうちに彼に触れておくことをオススメ! 今なら彼、何も抵抗しないから頭を撫でまくりだし、胸に顔を埋めさせてもいいし、思いきり抱き締めたり食べさせたり……好きに出来るよ?」
おいおい、何を言い出すかと思えば俺が何も言えないのをいいことに好き勝手させるつもりなのか。
くそっ、何も塗られていなかったわけじゃなかった。痛覚こそ無かったが妙に甘ったるい指の正体――おそらく医療用のクロロホルムを使われたのでは。
そう思っている間に街香は俺の頭を撫でてきた。
「うん……これもいいものだね。望んでいたハーレムってやつだけど、あたるはどう思う?」
「べ、別に悪くはない……」
「その割には口を半開きにしてよだれも垂らしているくせに、素直じゃないね」
非常にまずい状態だ。まさか自分でも気づかないくらい感覚が麻痺し始めているのか?
こんな異常な状況に気づけないのか、彼女たちは思い思いに俺に触れてくる。
「ボクはナカ兄の腹筋を撫でまくるもんね~! 相変わらずドクンドクンってすごいじゃん!」
「よ、よせって! 恋都は俺のことは何も思って無いんだよね? だったらこんなのは……」
「何とも思って無くてもハーレムってこんなものなんだよね?」
「むむむ……」
さすがに俺をフッて以前より好感度を下げただけあって、恋都のタッチは軽いものだった。軽く腹筋を触られるくらいなら問題は無い。
「……あーくん」
「むぐっ!?」
「ここじゃなくて、別のところでもっともっと、もっと強く抱きしめたい……」
「さー…………」
「え? なぁに?」
せめて彩朱には気付いて欲しいがどうにも意識が朦朧としてくる。俺を思いきり引き寄せて腕を回して抱きしめている彩朱には、苦しいそぶりを見せない方がいいかもしれない。
「彩朱。わたしにも彼に近づくチャンスをもらえると嬉しい」
「あ、うん……ごめんなさい」
そうして彩朱が俺の頭から腕を離した一瞬の隙に、俺の耳元に姫が近づいてきた。
そして――
「フフフッ。アタルくんはわたしのモノと言った、言ったはず? でも言うことを利かない悪い男の子にはきついお仕置きが必要。分かる? 分かるよね? この意味が……」
「…………ぁぁぁ」
「もうすぐ連れて行ってあげる。誰にも邪魔されない、アタルくんが長くいた場所に」
駄目だ、もう目をこじ開けることすら厳しいようだ。手も足も痺れまくりで動かすこともままならない。もちろん声すらもまともに出てこない。
「さて、と。アタルくんはハーレムに満足して眠ってしまったようだし、そろそろお開き! あなたたちも自分の持ち場に戻って?」
「えー? ナカ兄とまだ触れ合いたいのにー」
「それはあんまりなんじゃないのか、姫。どうしてそう偉そうに指図をする?」
「ねぇ、どうしてあーくんはあなたの言いなりになってるの?」
彩朱が俺の状態に気付き始めているが、もう何も出来そうに無いな。せめて彩朱だけには何かメッセージを伝えておきたいが。
「あーくん、あーくん! ねえ、何とか言って」
「彼は具合が良くない。だから眠らせてあげている。なのに、あなたごときに何が出来るというの? 言っとくけど、彩朱の力ではどうすることも出来ない! だからそこをどいてもらえる? 彼を運ぶから」
「え、どこに連れて行くの?」
「さぁ……?」
――っという間に、俺は黒の令嬢の取り巻き連中たちによって運ばれていた。
「あーくんっ!! 待ってよ、ねえっ!」
すでに目を開けることが叶わず、悲痛な彩朱の呼びかけを最後にそのまま意識を閉ざした。




