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20.黒の令嬢、動き出す

　ギャルカフェであ(・)の(・)姫と遭遇してしまった。

　あの場は彩朱《さーや》のおかげで何とか逃れることに成功したものの、外に出てからの彩朱はかなり不安がっていた。その不安は俺の夢にまで出てきてしまった。

　――――

「あたるくんは誰がいいの？」

「僕は一番仲良しでずっと一緒にいてくれて、ずっとずっと仲良くしてくれる子がいい！」

「……じゃあ心配いらない！」

「どうして？」

「だって、あたるくんにはどこにいても誰といても姫がずっと見ているんだから……だから、どんなひどい目にあっても姫はあたるくんのそばにいて、ずっと、ずっと……ずっと――」

　この後のことは覚えていない、あるいは記憶から消してしまったくらい、姫の目と態度に恐怖を感じたからだ。

　――――

「あたる、あたる……お前が眠りこけているなんて珍しいな。いい加減起きなよ。そうしないと、その寝息ごと強引に奪うよ？」

「――うぇっ！？　……ん？　あ、あれ？　街香……か？」

「うん、当たり。目が覚めたか？　あたる」

　休み時間に机に伏したまま眠ってしまっていたのも驚いたが、俺を優しく起こしてくれたのが街香だったこともびっくりした。

　周りを気にすると特に変わった様子は無いようで、恋都と彩朱が話をしているのが見える。

「覚めた……けど、何で街香が？」

「気にしなくていいよ。マチが起こしたくなったからそうしただけだから。あの二人はマチがすることに関わってこないから気楽なものだしね」

　街香が言うあの二人とはもちろん恋都と彩朱のことだ。それはともかく、街香のこの態度は明らかに違う。

　本当に俺の味方となったのか？

「……どんなことがあっても守るって決めたんだ。あたるはマチが――」

「えっ？　それってどういう……」

　何かを聞き漏らしたその直後――教室全体が揺らされたような感覚を覚えた。窓が音を立てて揺れ出し、外から強い風が教室の中に吹き込んでくる。

　この場にいる誰もが動きを封じられ、動揺させられて動けない状態だ。

「な、何だ！？　地鳴り……？」

「――ちっ、やはり来たのか。金にものを言わせる成り上がりらしいやり方だな……」

「街香？　一体何が来たの？」

「もうすぐここに来る。だけど、あたるは何も心配いらない……あいつから守るのはマチだけだから」

　やたらと俺を守ることを強調する街香を気にしつつ恋都や彩朱の様子を眺めていると、彼女たちも何かを察したようにして俺の近くに寄ってくる。

「ナカくん、落ち着いてね。こんなのは絶対あり得ないんだから！」

「ナカ兄にはボクがついてるよ！　ボクならきっと――」

「えーと、何が？」

　しばらくして教室の揺れもおさまり、風も吹かなくなった。教室が一瞬だけ静かな状態となったところに、学校には似つかわしくない黒ずくめの男たちが数人ほど侵入してきた。

　その直後、明らかに外部の人間と一緒に彼女が涼し気な表情で教室に入ってくる。

　姫よりも格が上そうな女性に見えるけど、誰なんだ？

「ふぅん？　想像はしていた。していたよ？　だけど、がっかりした」

「鮫浜には関係無いです。だから、もう帰っていいです。いいんですから」

「そうしたいところ。でも、姫が選ぶ男の顔は見ておこうって思ってた。それだけ」

「…………」

　何とも派手な登場、それでいてどこか闇を感じさせる女性が姫を支援しているのか？

　一体どれだけの財力があるのか見当もつかないな。周りの女子や近東たちのひそひそとした声から聞こえてくるのは、

「何で今になって黒の令嬢が？　それも鮫浜のトップと一緒に来るなんて……」

「シャレにならねえ……学園にヘリで来るか普通……」

「そのまま不登校でも良かったのに……何で」

　――などと、誰もが不快感と不安を露わにしている。

　四人目の幼馴染である姫がずっと登校して来ていないのは先生からも聞いていた。来なくても出席扱いで別に登校しなくてもお咎めがないとも。

　特別扱いなことは誰もが知っていたわけだが、何で今頃になって顔を出したのか。

「騒がせたことは素直に頭を下げるし、姫にも下げさせる。けど、それは全て窓のところにいる彼のせい」

　えっ？

「彼の返事次第で学園の運命も変わる。だから――」

　この女性は何を言ってるんだ？　

　冗談がきついな。いくら何でも横暴すぎるぞ。しかも姫じゃなくてこの女性がマウントを取ってくるなんて。

「そこの男。さっきから舐め回すように見つめているのは姫じゃなく、私？　ん、分かってる。何も言わないから私の元に来て、来てくれる？」

　女性の発言に姫の視線はもちろん、黒ずくめの男たちの視線は一斉に俺に注がれている。それに気づいたのか、他のみんなも俺の動きに注目し始めた。

　姫ではなく、よりにもよって鮫浜のトップの言動に街香を始めとして彩朱や恋都は――

「動くことはない。あたる。鮫浜なんかに好き勝手させないから」

「そ、そうだそうだ！　そこにいる人たちは姫ちゃん以上に目立ちたがり屋なだけなんだ。ナカ兄がそれに乗ることなんてないよ～」

「ナカくん。行っては駄目なの！　あの人たちは違う世界なんだから、流されちゃ駄目なんだから」

　まるでどこかの世界のラスボスのような扱い。姫が普(・)通(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)ことは昔から知っているし、そのボスともなれば違いは明らかだ。

　久しぶりの登校で優劣をつけるような演出をしたかったんだろうけど、ここは学園。俺がきちんと言ってやらないと。

　いくら財力があっても派手な登場でみんなに迷惑をかけるのは違うだろうし、姫にも鮫浜のトップにも俺の口から直接言ってやらなければ。

　そうして他の幼馴染の彼女たちが止める中、俺は鮫浜の前に近づいた。

「気持ちを分かっていてさすが。いい子、いい子」

　そう言いながら、鮫浜の女性は俺の頭を撫で回した。

「――！？　な、何を」

「素直な男の子で安心、安心したよ。だから姫の足をあげる！　姫！　彼をあなたの足下で這いつくばらせてあげてくれる？」

「……ん、そうする」

　はぁっ？

　何ってんだこの人も姫も。