19.ギャル、引退します!? 後編
「え、何が?」
「だからぁ、自分のことを僕ってゆったじゃん! ウチはそれが言いたかったんだってば~」
俺も彩朱ほどじゃないにしろ、弱気になったりした時に僕と言う時があるけど、僕と言って欲しいという意味だろうか。
「俺じゃなくて僕……?」
「うん! そのままでいいの! 俺とか使ったって全然似合わないし生意気なんだから!!」
「え、そうなの? 似合わないって言われてもな~……じゃあ彩朱の前でだけは変えるっていうのはどうかな?」
「む~……納得出来ないけど出来るならそうしてよ! ウチもそろそろ引退するし一緒に引退して! 約束!」
まるで駄々っ子だな。でも彩朱がこんなに嬉しそうにしてると俺も嬉しいし、彼女の前でだけでもそうすることにしてみるか。
「分かった。約束するよ」
「やったー! わたし、お手洗い行って来るね!」
「うん」
よっぽど嬉しかったようで、彩朱は髪を気にしながらトイレに走って行ってしまった。
「おい、筋肉オタク! 真面目ギャルちゃんが喜んでるってことは話がついたんだな?」
「お、おかげさまで。というか、真面目って……?」
「あーしたちには分かるんだよ。あのギャルちゃんはこっち側じゃねえってな! 本当はすごく真面目で優等生なんじゃねえの?」
「でも再会した時からあんな感じで……」
どうしても小さい頃からのイメージが強い女の子ではあっただけに、俺が帰って来るまでの間に何があったのか気になるところ。
「分かってねえな、オメーは!」
「あのギャルちゃんはオメーの為に努力してたに決まってんじゃねーか」
「あーしたちはこれが自然だけど、あのギャルちゃんはまだ浅さそうだし、オメーが責任持ってちゃんと戻してやれよ!」
――などなど、本物のギャルたちに説教されてしまった。ギャルたちの言い方では彩朱がギャルになったのは俺のせいだということらしいが。
「君たちに言われたからじゃないけど、今度からそうすることにするよ」
「おぅ! 頑張りなよ」
彩朱を元気づける為にギャルカフェに来たのに、何故か俺が励まされてしまった。それも昔の彩朱を取り戻す為のリハビリみたいな感じで。
「ナカくん! お待たせ」
「あれっ? 彩朱……その髪はどうしたの?」
「店員さんたちに協力してもらったんだけど、黒に戻したの。に、似合う?」
「う、うん。彩朱らしいよ」
「本当? ナカくんにそう言ってもらえるって思ってた。ありがと」
か、変わった。
まだ髪を黒く染め直しただけだが、まさか本当にギャルとしての姿を引退するなんて。言葉遣いも柔らかくなってるし、何がきっかけになるのか分からないものだな。
「じゃあ僕はお金払ってくるよ。彩朱はここで待ってて」
「うん、待ってるね」
なるほど、俺じゃなくて僕というのがきっかけか。
「1630円。……な、なかなか高いな」
「ん、なかなかの庶民っぷり。うん、低俗な愚民にはきっと高くついたと思うはず……」
何だこの失礼な言い方は。口調から察するにギャル店員では無さそうだが。もしこのカフェの店長だとしたら文句を言ってやらないと。
「ちょっとその言い方は失礼なんじゃな――えっ?」
「怒った顔も最高。だけど、怒りたいのはあたるくんじゃなくてわたしの方」
「ひ、姫!? え、どうしてここに?」
「このお店、うちの系列。わたしの趣味だけどそれはどうでもいい。そんなことよりあたるくん。ここへは一人で来た?」
この前行った改装工事中のカフェといい、もしかして鮫浜グループのお店ということなのだろうか。声だけでは確信出来なかったが、顔を見てすぐに姫と分かった。しかしまさかこんなところで遭遇するなんて。
姫の親代わりとなっている人は、いくつかの飲食業をプロデュースしている。かなり儲かっていると聞いたことがあるし、そもそも黒い関わりがあると聞いているのでうかつなことは言えない。
「それは――」
「ナカくん! お会計は済んだ? ――って、その子は……」
しまった、よりにもよって彩朱と遭遇してしまうなんて。幼い頃の関係はあまり思い出せないが、姫と彩朱は相性がかなり悪かった気がする。
「あなたは……ギャルに似せた、さ、さー……なんだったっけ?」
「――っ! わたしは彩朱。そういうあなたは成り上がりで勘違いしてる姫じゃない?」
「うん。そうだけど? でも本物。彩朱と違って本物、だけど」
「むぅぅぅ……何なの! 何でここにこの子がいるの?」
「もちろんあたるくんがわたしに会いに来たからに決まってる! このお店に来てくれていたのもその為だったはず」
何を言ってるんだ彼女は。俺はそもそも姫がここにいることも知らずに来たのに、そんな嘘を言ったら純粋すぎる彩朱は信じてしまうじゃないか。
「う、嘘? そうなの、ナカくん?」
ほら、やっぱり信じた。
「でたらめだからね? 俺は何も知らずに来てるし、そもそもこのお店が鮫浜の店だということも知らなかったわけだし……」
「信じて、いいの?」
せっかくギャルを引退して幼い頃の彩朱に戻りつつあるのに、ここで選択を間違えば二度と素直な彼女に戻らない気もするし何とか信じてもらわないと。
「もちろんだよ! ここへは彩朱の為に来ただけなんだし。姫とだって個人的に会う約束なんてしたこと無いよ。どうしてそう思うの?」
「だってナカくんっていつもこの子の近くにいたから……」
色んなことに付き合わされた時だな。密かに見られていたってことか。
「近くにいるのは当然。あたるくんはわたしと遂げる約束してくれた! そんじょそこらの愚民の約束とは重みが違うよ?」
「……っ! そんなことないもん。ナカくんはわたしの、わたしと約束したんだもん!!」
「このわたしに向かって生意気、だね?」
何で帰る間際でこんな修羅場に突入してしまうんだ。まさかこのまま戦いが始まってしまうのでは?
どうすればいいのか立ち尽くしていると、
「ナカくんっ! もう行こっ!!」
「えっ、あっ――」
気づけば彩朱の手が俺の手を力強く掴んでいて、そのまま外へと引っ張られていた。
「……ふん。生意気な女。まぁいい……そろそろ真面目に学園に顔を出そうと思っていたし、あたるくんはわたしが頂く!」




