愚かな王太子と優秀な令嬢が婚約する意味〜身勝手なコーラス「その婚約破棄、失望されて当然です」〜
婚約破棄関係者全員がバッドエンド。とにかく理不尽な世界です。
リーフジン王国の新たなる紳士&淑女の誕生を祝う成人式。それは貴族院卒業式。卒業生の為のパーティー。国王夫妻も祝いの言葉を述べるパーティー。新成人達にとって、初めての公式の場となる会場で、愚かと評判のバーカーギース王太子は叫んだ。
「エペキカンセ・サンツーダ公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!!」
肺活量が無駄に良いバーカーギースの声は会場中に響き渡る。卒業生代表として、卒業生の中、最も身分が高い王太子が壇上に上がり、国王夫妻からの慶事を聞く、と言う場面での事だ。
その常識知らずを極めたかの様な行いに、一瞬で会場は凍り付いた。一部を除いて。
「ハーナ!」
「はい!」
短い呼び声にドレスを端ないレベルて託し上げ、小走りで壇上に勝手に上がる令嬢はハーナ・バーターケ男爵令嬢で、曰く「容姿だけは良い」と太鼓判を押されている。
バーカーギースは側に来たハーナの腰を抱き、貴族として有り得ないくらいに密着させる。
「そして、我が新たな婚約者になるハーナだ!! 私に真に相応しいのは彼女だ!!! 醜い嫉妬で心優しきハーナを虐めた貴様と違ってな!!!」
バーカーギースは壇上からエペキカンセをビシィと指差した。
ーー愚かだとずっと思っていましたが、これ程とは………。
呆れの余りに走馬灯が走る。初対面では「何でお前みたいなブスと結婚しなきゃならないんだ!?」と怒鳴られ、手紙を書いても返事がなく、誕生日プレゼントを贈っても、向こうからは贈り物等何1つ無く、学園に入学後は無視され、準公式である学園主催の茶会に於いてもエスコートもせず……、正直、関わりになりたくないが、婚約者としてそうも行かず、苦言を呈すれば「女の癖に上から目線で可愛げも無く生意気な……、」と凄まれ、当て付けの様にハーナと浮気をし……、そこでうんざりと扇の影で溜息を吐くエペキカンセ。ハーナにも色々注意もしたが、態となのか、素なのか「虐められた」と曲解する始末で手に負えない。
ーーしかも動機が嫉妬って……、
有り得ない決め付けに頭痛がしてくる。確かにバーカーギースの顔は極めて良いが、それ以外の取り柄ーー王太子に相応しい能力や品格等ーーもなく、性格はアレで、努力とは無縁、暴言だらけの男で、一体全体どうやったら好きになる要素が有るのか分からない。
実際、こうしている今も「冷血で陰険で云々」と罵倒する言葉が止まらないのだ……………。
その数ヶ月後、エペキカンセは馬車にて国境を超えようとしていた。理由は隣国サーイキョの王子アーホードに求婚されたから。サーイキョ王国はリーフジン王国よりも強国で、サーイキョ王国の男爵は実質、リーフジン王国の子爵〜伯爵相当であった。
サーイキョ王国の王子アーホード。彼は王太子では無いが、バーカーギースよりも実質の権力は上であった。そんなアーホードは元々外交関係で次期王太子妃エペキカンセを見てから彼女の虜になっており、彼女が婚約破棄されたと知った瞬間、自らも婚約者に婚約破棄を突き付けて、エペキカンセの送られた修道院(つまりアーホードから見て外国であるリーフジン王国)へお忍びで向かい、彼女にプロポーズしたのである。
アーホードもバーカーギースもやってる事は同じだが、裏事情が全く違う。アーホードの場合、バーカーギースと違って次期王太子ではなく一王子で、次期王太子の地位を脅かさぬ為に敢えて、身分の低い相手と解消前提の婚約をしていた。次期王太子が歴史が最も古く、安定したモサイコト王国の王女と婚姻し、立太子すれば、新たな婚約ーー当然だが、相手は未定ーーを結び直す予定だったのだ。
そしてその仮婚約を結んだ際、コッソリ仮婚約者当人より、「円満な婚約解消ではなく婚約破棄してくれ」と頼まれて、了承していた。何でも仮婚約者は身分がより低く、令嬢自身に問題でも無い限りは結ばれない相手と密やかな恋を育んでいたらしい。
こうした事情から次期王太子が立太子して、同タイミングで密かに惚れていたエペキカンセが婚約破棄されて、修道院送りになった事情を知り、約束通りに婚約破棄を突き付け、急ぎ隣国へ密入国を果たした。
何故、密入国か。
正規の手段だと時間が掛かるからである。此処がメタ的に言って、アーホードがアーホード足る所以であり、そのアーホードについていく点がエペキカンセがエペキカンセ足る所以であった。
エペキカンセがアーホードについていく事を決めたのは、求婚してきたアーホードがリーフジン王国よりも国力が勝っているサーイキョ王国の王子だからであった。国王夫妻や家族に「失望した」と言われ、切り捨てられた彼女が飛び付くのも無理は無かった。
彼女は今回の件、「自身に非は無い」と思っていたし、実際に卒業生達は挙ってエペキカンセに味方していた。それだけ彼女は優秀で、バーカーギースはアレだったのである。バーカーギースは「サンツーダ家が権力でゴリ押しして、エペキカンセが自身の婚約者になった」と主張するが、エペキカンセの優秀さに「是非とも」と言って来たのは王家であるーー、と言うのは有名な話だった。そしてバーカーギースの婚約者となった彼女は実際、様々な尻拭いを行っていたのだ。
しかしいざ婚約破棄されてしまえば、王家どころか彼女の後ろ盾であり、彼女を守る筈の家族から見事な掌返しである。
当たり前だが、卒業生含めて、彼女に近い世代の者は王家に反発していた。しかし未だ実権を握っているのは彼女の親世代辺りであり、王家とサンツーダ家だけでなく、彼等はエペキカンセを非難する者が多い。口を噤んでいる家も有るが、我が子がエペキカンセの為に動く事は許して居ない。
そんな状況ではエペキカンセが日の目を見る事はもう無い。そこに来た甘い誘惑となった、アーホードの申し出。少し考えれば、密入国している王子ーー、則ち帰国するまではサーイキョ王国の人間とさえ証明出来ない男についていくのは幾ら何でも不味いと分かる筈だった。
何せ彼女は王妃になるべく教育されていた人間だ。婚姻前故に機密情報までは学んでいないが、それに近い情報は持っている。そんな彼女をおめおめ隣国に渡すなんて事はしない。修道院から逃亡防止の為の監視くらい付いている筈だ。
と言うより、この修道院はサーイキョ王国に近い辺境に位置しているので、逃亡→暗殺を目論んでいる事も有り得る。如何に優秀な人間でも追い詰められれば浅慮になるーー、と言えるのかも知れない。しかし何にせよ、こうなってしまえば「王妃になれる人間では無かった」と評価される。それが現実と言うものだ。
そして彼女は殺された。アーホードと共に。
アーホードは密入国していたが故にその身分を証明出来ない。サーイキョ王国は文句を言える理が無い。国力の差を考えれば無理を通す事は可能だったろうが、それを許さない事情があった。それがあったからこそ、監視はアーホードがアーホードであると知っていたに関わらず、纏めて暗殺出来た訳であった。
彼女の遺体はサンツーダ家に返され、国外逃亡を図った罪で処刑された形となった。アーホードは手引きした只の平民とされ、そのまま辺境の囚人用の墓に入れられた。
こうして彼女が犯罪者となった事で、済し崩し的に彼女の味方は散り散りとなり、王家への不満も諦めと共に小さくなったのだった………。
バーターケ男爵領。ここにはちょっとした森がある。その森の空気が気に入って、20年近く住んでいる男が居た。こじんまりとした住まいだが、今の文明からは考えられない程の便利なものに囲まれた住居で、此処を初めて訪れた者は大抵驚く。
「お久しぶりです、賢者様。」
そんな家に住む主足る男ー賢者ーに向かって、挨拶するのはピンクブロンドの令嬢、ハーナである。学園で見せていた頭の悪そうな、マナーも常識も良識も無い姿とは全く違う、淑女の顔をしていた。
「その様子だと上手くやったみたいだね。」
「はい。全て賢者様のお陰です。」
「俺は何もしていない。精々受けた相談に自分なりの回答を返して来ただけだ。自力で爪を磨き、必要に応じて磨いた爪を隠し、ここぞと言う場で見せ付ける『能ある鷹』になったのは君自身の才と努力だ。確かに俺と言う存在が君の幸運であったのは確かだが……、それだけだ。」
「ですが幸運が掴める範囲に有った事はとても大きい……、そうでございましょう?」
「…………、」
賢者と呼ばれた男は僅かに微笑んだ。これはハーナがバーカーギースの伴侶となり、正式に王太子妃と認められるまで数日前の事だった。
魔法。この世界には存在自体はあっても、使える人間が殆ど居ない。殆どーー、つまり稀に存在した。そんな魔法使いは魔力だけでなく、それを生かす為の人外の知識を持ち、不老長寿を誇る。数十年どころか、数百年、そして千年以上変わらぬ若い姿で生き続けている魔法使いは何時しか賢者と呼ばれる様になった。
賢者は昔、気紛れに魔力を持たない数多の人間にも扱える魔導具を造り、それを他人にあっさりと譲渡した。それを巡って私利私欲が群がる様を観察して、それ以降は国へ譲渡する道を選んだ。
しかしそれが原因で権力争いが勃発するので、面倒で他国へ移る。こうした事を繰り返している内に賢者の居る国は急激に発展し、賢者が居なくなればその揺り返しで急激に衰退し、最悪滅ぶと言う歴史が変遷する事になる。
一時はそれを理由に賢者は忌み嫌われもしたが、賢者自身は飄々とそれを受け止め観察した。そうした中でモサイコト王国は賢者を招き入れ、その魔導具を利用して発展し、されど決して賢者に頼り切らず、と言った形を取り、賢者が居なくなった後も見事に強国を維持した。
そんなモサイコト王国を真似たのがサーイキョ王国だ。サーイキョ王国はモサイコト王国から移り住んだ賢者に対して、モサイコト王国と同様に接し、その国力を上げて、賢者が去っても見事に維持している。
そうなるとその2国の周辺国の多くも賢者に是非とも来て欲しいと願う様になる。そして賢者が次なる訪問先に選んだのはリーフジン王国だった。
この時期、リーフジン王国の社会情勢は極めて悪かった。1つ事を間違えば内乱待った無しの状態だった。この状況の始まりはまだ賢者がサーイキョ王国にいた頃の事。リーフジン王国では、5人の王子が王位を争っていた。
当時の世代、リーフジン王国の王子は、王太子含めて6人。その母親は3人。王妃は王太子と第三王子を、政略で娶られた側妃は第二・第四・第五王子を、それから当時ーー現在から見れば先代ーーの国王が望み、娶られた側妃は第六王子をそれぞれ産んでいた(男子優位社会なので、王女は除きます)。
そして王太子が死に、暗殺が疑われた。疑心暗鬼となっていた中、最も疑わしいとされた、王太子亡き後、王太子を継ぐ第二王子と仲が良くなかった第六王子が国王に進言し、第二王子の立太子が立ち消えた。国王が愛する側妃の産んだ王子を溺愛していたのと、第二王子の母親であるもう1人の側妃よりも第三王子の母親たる王妃の方が政治的に大事だったからだ。これを切っ掛けにして後継者争いが勃発した。
最終的に争いを制した若き王子のヤーシーンは国王夫妻を退位させ、側妃共々毒杯を与える事となった。父と母を処刑したのである。それからも処罰は止まらない。各王子(途中で死んだパターンも結構有)にも毒杯を与えた。その後ろ盾となった者達を連座処刑したり、家を取り潰したり、そこまで行かなくても当主を引退させたり……、そうして揺れ動く国を治めていたヤーシーンこそ、バーカーギースの父親であり、そのヤーシーンの懐刀と呼ばれたのがサンツーダ公爵家である。
そして実の処、王太子は確かに暗殺だった。手を回したのはヤーシーンであり、その後の疑心暗鬼や第六王子による第二王子に対する告げ口もまた、ヤーシーンの暗躍があった。そんなヤーシーンに助力していたのがサンツーダ公爵家だ。
彼等は「王子達の中、最も優れているヤーシーン(自身)こそ、王に相応しい」と信じ、行動していたのである。
だがヤーシーンの後ろ盾たる、サンツーダ家率いる派閥は倒すべき敵を屠るまでは一枚岩であったが、その後までもそうとは限らなかった。況してや多くの貴族を処罰の為に失った直後は純粋に人手不足で、余りの繁忙さに人の気持ちは荒む一方、尚更、人心の統一が難しい。
そこでヤーシーン達は内乱勃発に繋がる様な種を撒かない事にしていた。側妃制度の凍結(撤廃ではない)や王子は1人だけ(死ねばまた作る)で打ち止めるルールはそう言った事の1つだった。
さて。賢者がリーフジン王国を訪れたのは、そう言った最中の事。バーターケ男爵家からの報告で、ヤーシーン国王は賢者をどう扱うかを考えた。先のモサイコト王国やサーイキョ王国の様に、新たな魔導具関連で繋がるのも手だったが、今は新たな分野に手を出す余裕が無いとも考えた。
故にヤーシーン国王は政治アドバイザーとして賢者と繋がる道を選んだ。と言っても賢者は魔法使いなのであって、政治家ではない。しかし長く生きてきて、多くの国の歴史を見てきている。必ず含蓄深い話が出来る筈で、それを生かした施策を考えて、施行する事で、賢者に依存せず、しかし賢者の存在を政治的なバックに利用しようとしたのだ。
そしてまずヤーシーン国王は賢者がリーフジン王国に居る事を国内外に発表した。これにより、賢者が長く滞在出来る様に、賢者が去ってしまう理由にならない様に、国内貴族は間違っても内乱が起きない・内乱を起こさない様にと一応の纏まりを見せ、また賢者の住まう場所に戦争を仕掛けて、賢者から自身が害された報復だと手酷い反撃を喰らわぬ様に(それで滅亡した国が有るとか……)と大人しくなった。
そしてある程度、平穏(?)が約束されてから、ヤーシーンはバーターケ男爵領に向かったのだった……。
赤子と言って良い程に幼かったバーカーギースを「次代の王」だと賢者に紹介したヤーシーンは思わぬ事を言われた。
「この子、為政者としての才が無い。王として育てるのは止めた方が良いぞ。」
賢者は才能を見る術を知っていた。賢者曰く、「努力」とは持って生まれた才覚の花を開かせる為に必要なるものだが、「努力」で持たぬ才覚を生み出す事は出来ない、らしい。故に才覚以上の花を咲かせる事は出来ず、努力を続けると却って逆効果になり、心身を不調足らしめ、最悪は死に至る事にも成り得るとか。
「まあ、何処ぞの宗教見たく、『富める者にとっては端金足る金貨100枚の施しより、貧しき者の身を切った銅貨1枚の施しの方が価値が有る』と言うなら、『才覚溢れる王子の100の努力より才覚0王子の1の努力、才覚溢れる王子の黄金の結果より才覚0王子の土塊の結果の方が素晴らしい』のだろうから、それを否定する気は無いが。」
賢者は遠回し(?)に「忠告はするが、バーカーギースの処遇を決めるのはお前らーーヤーシーン達ーーだ」と伝えて来た。何処ぞの宗教とは、この辺りの周辺国で信者を増やして来ているもので、つまりはそれなりの国に利用されて来たものだった。民の不満を押さえるにそれなりに役立って来たものだ。
何にせよ、ヤーシーン達はバーカーギースに付いて何らかの結論を出さざる得なかった。単純に考えるならば、国の為に一番良いのはバーカーギースを処分してしまい、次子ーそれも男子ーーを設ける事になる。しかし才覚とやらがどうなるか、生まれて来るまで分からない。出産は命懸けで王妃の身に付いても考えなければならない。
また優秀な子供を養子に取るのは論外だ。血塗れの玉座に座っているヤーシーンがそんな事をすれば、どうしたって争いの種となる。
そう言った事情からーー敢えて愛情を省いた上で考えてもーー、安易にバーカーギースを処分する事は出来ない。
「ならば王の才覚と王妃の才覚を持ち、尚且つバーカーギース殿下の伴侶足る才覚を持つ女性を探せまいか。」
そう進言した側近達は同時に我が娘の才覚を賢者に見て貰った(そして序に他の娘や息子の才覚も見て貰う者も居た)。当然ながらヤーシーンの側近達はヤーシーンの王位簒奪の大きな功労者である。バーカーギース立太子が都合良いと考える者で構成されている。バーカーギースの伴侶の地位に我が娘を付けたいと考えている者で構成されている、とも言い換えられる。
しかし同じ側近内にも序列が有り、彼等はそれに従って、バーカーギースの伴侶を決めるべきだと考えていた(勿論、娘を持たない家や年回りが遠い娘しかいない家は省かれるが)。
只、此処に至ってその考えだけではかなりリスキーだと判明してしまった。
バーカーギースに王位を継がせる困難さから、王妃候補には能力重視で選ばざるを得ないのだ。此方も争いの種と言えばそうだが、王位そのものを継ぐ者を選ぶよりは、王位に座る者を支える者を選ぶ方がまだ制御可能だ。そんな理由で王妃候補選択に力を入れる事になり、賢者の「才覚を見る目」を借りる流れとなったのだ。
そしてバーカーギースの婚約者に選ばれたのは、結論から言えば、エペキカンセ・サンツーダ公爵令嬢だった。
但し、「消極的に」、と言う枕詞が付く。
賢者曰く、「才覚が花開いて実力になるのにはそれなりの時間が必要になる。その実力を身に付けるまで問題が何1つ起こらないと約束する事は誰にも出来ない。そして問題が起こった時、実力がまだ足りない故に王太子の伴侶に相応しい解決が出来ない可能性が高く、そうなれば才覚が花開くまでの時間を待つ事が不可能になるかもしれない。よって才覚が有るだけでなく、既にある程度の実力を身に付けている令嬢を婚約者に選んだ方が良い」との事で、最初はバーカーギースよりも10才以上年上の令嬢が選ばれた。
本来ならば既に婚約者が居る様な年齢だが、粛清の影響でフリーになってしまった令嬢、令息も多く、選ばれた令嬢はその中に居たのだ。
しかしヤーシーン等はこれにも難色を示した。政略結婚ならば年齢が離れるのも珍しくないが、やはりそれには良いイメージが無く、況してや男側が年下側となるとワケアリ感はもっと酷くなる。それを国の代表足る国王夫妻が……、と言うのはハッキリ言って外聞が良くなかった。
特に抵抗を示したのはサンツーダ公爵家だった。と言うのも選ばれたのはエペキカンセの姉だったからだ。年回りの近いエペキカンセが居るのに、態々その姉を……、と言うのはエペキカンセにとってもマイナスに成り兼ねない。
そして才覚や派閥を纏める側近達の序列を考えるとサンツーダ公爵家令嬢が理想の婚約者であった王家にとっても、それは若干の反対が有っても受け入れるべき話となった。
こうした流れで、「優秀なサンツーダ公爵家令嬢を是非にと望んだ王家」と「図らずとも権力を使ってエペキカンセを婚約者にとゴリ押しした形となるサンツーダ公爵家」の意向により、2人の婚約が約束されたのだ。
そしてそうした事情を高々一男爵家に過ぎないに関わらず、賢者が自領で暮らしていたと言う理由で知る事が出来たのがバーターケ男爵だ。その家で育っていた令嬢であるハーナはそれを直接聞いた訳ではないが、両親の話し振りから察する事が出来る令嬢だった。ーーつまり彼女にも才覚があったのである。
しかし身分制度により、その才覚を花開かせる努力をしても活かせない。彼女は才覚を腐らせる事しか出来ない筈だった。しかしそれは「賢者が居なければ」の話だ。賢者が居るからこそ、国の重要情報を知れた「今」はチャンスだった。
だから彼女は賢者に会いに行った。駄目元だし、賢者の機嫌を損なわない様に注意しなければならなかったが、「案ずるより産むが易し」で様々な事を教えて貰う事が出来た。
そして彼女は確信した。国がエペキカンセに望む事は、「バーカーギースを傀儡にする事」ではない、と。「バーカーギースを王に相応しく見せる事」なのだと。
それは現代日本で言うならば、妻がそれとなく夫を誘導しつつも、その最終判断を夫に任せる様なもの。夫を立てる妻であり、同時に夫を導く妻である事、それを求めているのだ。
しかしその求めに応えられる程に成長する前に、エペキカンセは婚約破棄されたのだ。
更にはエペキカンセに出来なかった事をハーナが出来ると証明してしまっていた。
エペキカンセはバーカーギースに興味も好意も無く、必要最低限しか関わらなかった。だから陰でハーナがどう動いていたか気付かなかった。バーターケ男爵領に賢者が居る事を知りながら、ハーナが賢者を利用しているとは思わなかった。ハーナが爪を隠していたからだ。馬鹿なフリをしているハーナが賢者の生徒の様な立場を得ていた等と気付かなかった。国王夫妻と繋がりを持った事も気付かなかった。
もしハーナが爪を隠していなければ、エペキカンセはもっと警戒しただろうし、賢者の件も気付けたろう。そうなればエペキカンセも手を打てた筈だった。少なくとも両親の期待を裏切るまでは行かなかったかもしれない。
ーーたかが男爵令嬢に出来て、我が娘に出来ぬ筈がない。
少なくとも王家から話を聞いたサンツーダ夫妻の期待を裏切るまでは行かなかったかもしれないのだ。
だがそうはならなかった。
エペキカンセはサンツーダ家にとって、都合が良い事ばかりを学んでいた。その上に王家にとって都合が良い事を学んでいた。
世話役のメイドに懐き、「お嫁さんにしてあげる!」と言う気持ちを持ち、故に自身の意思の外で決められた婚約を受け入れられずにいたバーカーギースと彼女が出会ったのはまだ幼く、同じ年の王子の憎まれ口も癇癪も真正面から真剣に、まともに受け取る以外出来なかった。
王妃になるべくクソ真面目に頑張っていたエペキカンセは、若さもあって清廉で熱心なエペキカンセは、王の器を持たないのに王として育てられるバーカーギースの無能を単なる「努力不足」と片付けたが故に、バーカーギースを支える方策を間違えたままだった。
ハーナは国の暗所を知れる立場にあった。故にバーカーギースに出会った時点で、ある程度の前知識もあり、エペキカンセと違い、離れた位置から落ち着いて観察する事が出来た。そしてそこから賢者の視点を知る事が出来、国が求めるバーカーギースの婚約者像を知れた。バーカーギースの信頼を得る振る舞いと王家からの信頼を得る振る舞いを分ける事が出来た。
才覚は有る者同士でもハーナとエペキカンセでは条件が全く違っていた。エペキカンセは完全に不利だった。婚約者として早いスタートを切った事やそれを可能とした公爵令嬢の身分がマイナスに作用したのだ。しかし表向きには男爵令嬢足るハーナの方が不利に移った。
たかが男爵令嬢に敗北した公爵令嬢。
それが実社会の要を担う大人達の見解だった。彼等にとって、バーカーギースから婚約破棄を言い渡された時点でエペキカンセは失望の的だったのだ。「失望されて当然」だったのだーー。
大人達の都合で振り回されたエペキカンセはその優れた能力を評価されずに終わった。サンツーダ家は恥を濯ぐ為に、ハーナを養女とした。そして彼女は王家へ嫁いで行ったのだーー。
その数年後。政治的な話ばかりで飽きた賢者がリーフジン王国を出た。国は発展する事は無かった。サーイキョ王国やモサイコト王国とは比べ物にならない程の弱い国力。アーホードの仇討ちには都合が良かった。サーイキョ王国と、サーイキョ王国の同盟国たるモサイコト王国がリーフジン王国に攻め込んだ。王家や有力貴族は戦争に負けて処刑された。その中にはバーカーギースとハーナが居たのは言うまでも無い……。
リーフジン王国→理不尽王国
サーイキョ王国→最強王国
モサイコト王国
→モトサイコ王国
→モト・サイコ王国
→元最高王国
バーカーギース王太子
→バーカースーギ王太子
→バカスギ王太子
→馬鹿過ぎ王太子
エペキカンセ・サンツーダ公爵令嬢
→エセペキカン・サンツダ公爵令嬢
→エセ・カンペキ・サンダツ公爵令嬢
→似非完璧・簒奪公爵令嬢
ハーナ・バーターケ男爵令嬢
→ハナ・バタケ男爵令嬢
→花・畑男爵令嬢
→花畑男爵令嬢
ヤーシーン国王
→ヤシン国王
→野心国王
アーホード王子
→アホド王子
→ドアホ王子
→ド阿呆王子