トルル
トルルの過去について
昔、僕はなんにでもなれると信じていた。自分に才能が無いかもしれないとか、人より劣っているとかは考えたことすらなかったのだ。自分に対する自信と未来に対する希望を、あの頃は人一倍持っていたんだと思う。
そんな僕が、「軍人」と言うものにあこがれを抱いたのは、きっと8歳くらいの時だったと思う。それがどういう仕事で、何が求められる職業なのかなど、当時は一切気にしていなかった。
「かっこいい!」
8歳の僕は真っ赤な瞳をキラキラさせながら、興奮して叫んでいた。
視線の先には、エアル器具(エネルギーの一種であるエアルを動力として起動させる機器のこと)によってテレビのような映像が空中に浮かび上がっている。
その実体を持たずに浮かびあがる映像に、僕はまるで飛び込みそうになるくらい一生懸命その映像を見ていた。映像には一人の男が大きく映し出されていて、赤い髪の毛をブンと揺さぶりながら母に呼びかける。
「ジルだ!お母さん!ジルが出てるよ⁉」
大興奮で母を呼ぶ少年と目元がよく似た女性はフッと笑いながら答えてくれる。
「トルル、そんなに近づかなくても見れるでしょうに。」
少し呆れた顔をする女性、僕の母は当時から僕がジルを好きなことを知っていて、ジルが出る番組やニュースなんかは必ず見させてくれた。その時はまだ、ジルがどんな仕事をしているのかなんて分からなかってけれど、子供目に見てもカッコイイところが「ジル」という男にはあったのだ。
ナレーターのような女性の声がジルに話しかける。
『今回は、巨刀の武神と呼べれる英雄、ジル曹長にゲストとして来ていただきました!』
すると、ジルは、とても穏やかに答える。
『英雄と言うのは、いささか評価がすぎますね。私は一人の軍人として、本帝国を守護しているにすぎませんから。』
『なんと謙虚なんでしょう。しかし、ジル曹長はやはり、私たちの英雄ですよ。巨刀の武神と呼ばれるきっかけでもある“嫉妬の大規模戦線”の戦局を一変させたのですから!』
ナレーターは半ば興奮気味であった。きっと彼女もジルのファンであったのだろう。
巨刀の武神、ジル。
彼が多くのファンを持っている大きな理由がナレーターの言った、「嫉妬の大規模戦線」での活躍にある。
ここ、アズム帝国においては、隣国に嫉妬の国“レヴィアータ”がある。レヴィアータはアズム帝国の領土を度々侵略しようとした過去があり、それに伴ってアズム帝国の形容が軍帝国に変化したのが、今のエレノア地区の士官学校制度や軍施設なのであった。
レヴィアータの進行は、当時から10年前(今の僕からすれば19年前)にもあり、その際の戦局はかなり劣勢となっていた。なので、その当時は帝国中が侵略の恐怖に震えていたという。
しかし、その戦局をひっくり返す程の戦の天才が現れたのである。それがジル。巨大な大剣型のエアル武装を軽々と振り回し、あたり一帯を薙ぎ払っていく姿はまさに武神のように見えたらしい。
そんな、国を救った英雄に、夢見る少年が憧れないわけがない。エアル武装が何であり、戦いが何であり、国と帝国とのいざこざがどうなっているのかなどどうでもよかった。
当時8歳だった僕は、そのジルという男に、ただただ憧れたのだ。
あんな風に誰かを救えるようになりたい。力を誇示するのではなく、謙虚に人を助けらっる人間になりたい。そう思っていた。
映像の中では、英雄と呼ばれた男に対する賛辞でいっぱいであり、その場の全員がジルと言う英雄を認めていた。
そしてその男が映像の向こう側にしかいないと分かっていても、僕も一緒に彼を応援する。
「すごいよ、お母さん!巨刀の武神!本当にすごいよ!」
「そうねぇ」
母は、少年と同じく赤い髪の毛、赤い瞳を持っているが、とても落ち着いて映し出されている映像を眺めている。
「ねぇ、トルル~?」
「なに⁉お母さん!」
落ち着いた少年の母の言葉に対し、少年は大興奮したまま答える。
「あなたは、ジルルのこと、好き?」
「お母さん!ジルルじゃないよ!英雄、巨刀の武神ジルだよ!」
少年は英雄の名前を間違えるので、猛然と指摘する。
すると母親は、少し困った顔をして笑った。
「はは、そうだね。ジル。あの人のこと、好き?」
「大好き! だってカッコイイもん! みんなを守ってるんだよ! 英雄なんだよ!」
「うん。そうねぇ・・・。」
「僕! いつか、ジルみたいになりたい! そして、お母さんも守れる英雄になるんだ!」
「そっか・・・。ありがとうねぇ。」
その言葉を言った時が、始まりだったのかもしれない。それから僕の頭の中は、どうすればジルみたいになれるのかを考えることでいっぱいだった。ジルは軍人であるのだから、まずは軍人にならないといけないと思った。市民を守るには力がいるので、運動しなければいけないと思った。そして、戦うためにエアル武器を使えるようにならなければいけないと思った。
それから僕はひたすら勉強した。体を鍛えた。エアルの使い方を学んだ。
そのおかげで、この国の歴史、制度、エアルの仕組み、体術、戦闘の心得、軍事の色々、様々なことを知ることが出来た。初等の士官学校を卒業するころにはテストはいつも満点であり、中等部の士官学校でも座学の学籍は常に一位であった。
しかし、僕には常に学籍最下位の分野があった。
それは、宙力教育と呼ばれるエアル器具や、エアル武装を実際に扱ってみるという授業であった。そこではエアル器具をどれだけうまく使えるか、どれくらいの量のエアルを注入できるか等を成績として反映した形式であったのだ。
その授業において、知識は誰よりもあった。器具の名前、使い方、応用方法など、本を読めば分かることは一通り把握していた。
けれど、僕はいつだって最下位になった。
何故か。
理由は単純だ。
「残念ですが、トルルさんは、欠宙体質ですね。」
「え・・・?」
病院の一室。周りには柔らかい青色の光がところどころにともっていて、少し幻想的な場所にも思えるそこで、僕は医師に診てもらっていた。
やることは単調で、僕の血を少し採取して、その血を専用のエアル器具で調べるだけだ。そんな淡々とした作業の後に知らされた事実は、僕の頭を凍らせた。
「えっと・・・欠宙体質って・・・なんでしたっけ?」
本当はその言葉の意味を知っていた。知っていたけれど、あえて知らないふりをする。もしかしたら僕の認識が少し違っていて、僕の認識ではない別の答えが返ってきてくれることにすがりたかったからだ。
しかし、その医師は、当然と言えるが、僕の知っている定義を淡々と話した。
「これは、一般的な人に比べて、極端にエアルを使うことが難しい人の体質を差します。今までの生活で、エアル器具が使えないことで支障をきたしたことはありませんでしたか?」
「え・・・でも、家では、そんな・・・」
僕が戸惑っていると、隣にいてくれた母が、静かに答えた。
「家では、基本的にエアル器具を使用していないです。昔、この子が器具の起動に苦労していたことがあったので、それ以来、家具は手動式ばかりにしていました。」
僕はそれを聞いてい、納得してしまう。他の家の子たちの家具は全て、“触れるだけ”で起動させていたのに、何故か僕の家のモノはほとんどボタン式で、“押す”ことをしなければならなかったからだ。
単なる好みの差だと勝手に思っていたけれど、本当は、僕の体質に母が合わせてくれていただけだったのである。
「う・・・うそだ・・・」
僕はその時、医師の言葉がただの悪い夢であって欲しいとずっと願っていた。願っても何をしても、その言葉の意味と、自分の体質が変わることなどないと分かっていても。
「じゃ、じゃぁ・・・ぼ、僕は、・・・エアル武装も、使えないってこと、ですか・・・?」
「そうですね。」
エアル武装。
あれは、普通に家具とは異なり、本来よりもたくさんのエアルを必要とする器具だ。そのため、エアルをため込めない体質であっては使うことなどほぼ不可能と言える。欠宙体質の人間も、エアル自体はほんの少しだが使えるのだが、医師の言う通り“使える量”が極端に少ないために、武装の起動に必要なエアルを流し込めないのだ。
「何かの、そう!訓練すれば、治ったりしないんですか⁉」
「これは、けがや傷とは違います。欠損の扱いになります。」
「欠損・・・?」
「はい。つまりは、無いものは、治り様もないということですね。」
「・・・・・・」
頭がくらくらした。
つまりは、これからどれだけ頑張っても、どれだけ工夫を凝らしても、エアル武装だけは絶対に使うことできない。武装が使えないということは、軍人として最低限必要な武力がほぼないことを意味するというのに。
この事実は僕の小さいころから追いかけ続けてきた夢にひびを入れた。今まであれほど努力したのに。勉強は頑張った。一生懸命体力をつけた。全力で軍人を目指して突っ走ってきた。なのに・・・、そのすべてが無駄であったというのか?
悲しみと悔しさと、そして生まれ持った体質などと言う“理不尽”に猛烈な怒りを覚えながら、震える声で医師に聞く。
「極端に少ないですけど・・・ゼロじゃぁ無いんですよね?」
「ま、まあ、それはそうだけれど・・・」
その時、自分がどんな顔をしていたのか自分では分からないが、医師は僕を見て怖気ついていた。心の中が負の感情であふれかえっていたのだから、きっととんでもない顔をしていたのだろう。
それから僕は、“ゼロじゃないエアル”と言う言葉に全てをかけることにした。自分でも軍人になれるようにするにはどうすればいいのかを考え続けた。そして行きついたのが、軍事開発に携わることであった。そこでなら、エアルを使った研究のほとんどを僕自身の手ではできないが、もしこれから先に、“僕でも”使えるエアル武装を完成させられたのなら、それでようやく、軍人になることが出来るようになるかもしれないからだ。
そうして僕は、ペクトル士官学校の開発課に入学し、そこで開発をするとともに、軍人になる夢を諦めないためにも士官校戦争に参加してきた。自分の学校内だけでなく別の地区の学校とも実戦形式で戦うことで武力向上を目指した「士官校戦争」では、皆がエアル武装を使っているが、その中でも僕は武装無しの生身のみで必死に挑んできた。
全てはあの武神のように、たくさんの人を守れるようになりたいがために。
自分の今までを否定したくないがために。
そして、女手一つで育て苦労を沢山掛けてしまった母を守れるような、立派な兵士になるために。
当然、この努力は誰にも認められることなどなかった。
それこそ、志望校選びの際は本当に苦労したことを覚えている。前にも後にも、あそこまで教師陣に食い下がったのはあの時が初めてだった。
「トルル君。君、エアルが無いんだよねぇ。」
「え?」
そこは、中等部士官学校の職員室での出来事だ。
中等部の時には座学だけでは取り返しがつかないほどに実践式の訓練や授業の重要度が大きくなっていた。そのため、僕の成績は平均で見ると、成績が悪い方に分類されてしまっていた。何せほぼエアル器具を使えないのである。評価のしようがないのである。
僕は少し長めに伸びた赤髪を視界の邪魔にならないようにかきあげながら、自身の担任教官を訪ねていた。進路希望を提出した次の日に担任教官からの呼び出しであるので、大体何を言われるのかは想像がついていた。
「トルル君、知っていると思うんだけどね。兵士が戦うためにはエアル器具を使う必要があるんだ。」
教官は自分の眉間をもみながら浅いため息をつく。
「君の運動成績、座学成績、共に優秀であることは教師陣のほとんどが認めている。しかしだ。エアルの無い君には、軍に入ることは不可能だよ。」
僕は歯をギリリと食いしばっていた。
またなのか、と。僕の夢はここでも否定されるのか、と。
誰にも応援されていないということが、ひどく悲しく、寂しいことであると改めて実感しながら、ぼそぼそと反論する。
「アレン先生。し、しかし、私は、エアルが完全に無いわけではなくてですね」
だから、エアル器具だって、使えないわけではない。モノによっては使えるものだってしっかりあるのだと。
そう言おうとする言葉を、教官は一方的に切り裂く。
「でも、君は、伍式のエアル器具。使えるのかい?」
「そ、それは・・・」
エアル器具・武装には「式」でランク付けが行われている。器具に関しては拾式~壱式。武装に関しては、伍式~壱式となっている。この式というランク付けは、その使用・扱い方の難しさや周りに与える危険度などを基準に決められているものであり、数字が低くなるほどにランクは上場する。その中で伍式とは、エアル武装の最低ランクのことを指しているのである。
「それどころか陸式の機器ですら、ろくに使えなかったと聞いたよ。」
少年は立ち尽くす。
何も言い返せないのだ。
自分が機器の扱いどころか起動すらもできないというのは、事実だから。
現在のエレノアでは、軍人になるための最低条件として「エアル武装の扱いを心得ている事」とされている。エアル機器すらもほとんど起動できない僕が軍人を目指しているのは、もはやエレノア地区の軍規に喧嘩を売っているに等しい。
「エアル」がでほとんどのことが回っている帝国にとって、エアルが使えない自分の選択肢などほとんどないのである。
(エアル・・・)
結局の所、エアルとは、この世界のいたるところにあるエネルギー資源であるために、最も使い勝手が良いのだ。そのそのせいで、エアル適正に個人差があることが国際問題に発展しているところもあるというが、ここエレノア地区ではまだその風潮が訪れていない。
エアル格差によって、僕の夢は否定されてしまっているのである。
(冗談じゃない・・・)
そんなもののせいで、僕の今までの努力を諦めなければならないなんて絶対に認められなかった。
「確かに、今は、エアル器具が使えなければ軍事行為に参加できないとされていますが、今後それが変わらないとは限らないと・・・」
諦め悪く、完全に意固地になってでも、屁理屈をこねるように反論を試みるが、
「ほとんどの人はな、トルル君。“自分”というものにあった選択をするべきなのさ。人間はエアルを体内に保有してるけど、その保有量は一人ひとり違う。千差万別だ。そしてそれは一種の多様性なんだよ。だからこそその個性を受け入れて、自分に合った将来を目指す。それが大事だと、俺は思うわけだよ。」
完全なる正論。その言葉とても正しいとは思える。
だけど、それを認めてしまえば、僕には何もなくなってしまうのだ。今まで、巨刀の武神という英雄の背中を追いかけた、たった一つのゴールを見ていた、だからこそこれまでの苦労を耐えられたのだ。だというのにその心の支えを失ってしまえば、もはや自分が何を目指して生きればいいのか分からないではないか。
僕の意見は、決して変わることはなかった。愚かだと、不器用だと、不適正だと、間違いであると言われたとしても。
「・・・それでも、私は、ぐ、軍に・・・」
「入れない。」
「!?」
教官はもはや「入ります」の言葉も聞いてくれない。
きっぱりと、容赦なく言い切られる。エアルがほとんどないから。
いろんな生徒を見てきたであろう彼には見えているのかもしれなかった。戦闘訓練で基礎となるからだを一生懸命に作っても、力がない分を補うために戦略を一生懸命に学んでも、絶対に埋められないものがあることを。
「エアルが、ないから・・・ですか・・・」
「そうだ。」
それだけで・・・、それだけなのか・・・。
少年は冷や汗のようなものが頬を流れるのを感じていた。
明確な否定の断言が、僕の心をえぐる。くやしさで泣いてしまいたくなる。
自分の欠点を補うために、一生懸命に、それ以外を学んできたのに。座学では絶対に学年一位になれているのに、そこまでしても、認められないのか・・・。
「だからな。昨日出してもらった進路調査だが、変えてもらうぞ。」
「・・・拒否します。」
「は?」
「私の進路は、絶対に変更しません。」
「あのなぁ・・・」
「絶対に、変更しません。」
「・・・お前は、そうやって、いつまで認めないつもりなんだ。今までだって、何度も言われてきただろう?エアルがないんだ。軍人になれるわけがない。だというのに、強引に進路希望を通してきた。だから今だって士官学校にいるんだしな。」
教官は大きくため息をついて、立ち上がる。
そして、少年の肩に、教官の大きな手がどっしりとのっかる。
「でも、それは、ここまでだ。軍人を諦めなさい。」
僕は手を握りしめた。
ここまで言われてもまだ諦められなかった。もう心の中はボロボロなのに、それでも自分だけは、自分のあり方の否定をしてあげたくなかった。
諦めたくない。
諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない諦めたくない・・・
だから。
「拒否します。僕は、諦めません。」
教官はまたも大きくため息をついて、また自分の椅子に座る。
「ふぅ。分かったよ。」
そういって、教官は自分の机の引き出しから、手のひらサイズの薄い石板を取り出す。
その石板にエアルが流し込まれ、その瞬間に空間へ文字が浮かび上がる。
「これ、唯一、エアル武装の開発課がある士官学校だ。」
「ペクトルって・・・」
「そうだ。名門中の名門だ。でも、そこの開発課くらいしか、エアル使えないでも軍に入れる道は思い浮かばん。」
「ありがとうございます。」
「門は相当に狭い。座学で完全に万点取って、完璧な演説するくらいじゃないと、ここには入れないぞ。」
「ありがとう、ございます。」
そして、僕はひたすら努力した。自分は人よりも大きく劣っているから。
出来る限り、模範的な生徒を目指した。
出来る限り、エアルの関係ない分野でよい成績を目指した。
出来る限り、先生に気に入られるように努力した。
そのおかげで、エアルの使えない僕でも、
「母さん。ペクトル士官学校、受かったよ。」
「そっか・・・」
僕は、無事に士官学校へと入学を果たした。
しかし、母さんはそれほど嬉しそうにはしてくれなかった。
「でもね。トルル。あなたには、軍人以外の選択肢は、たくさんあるんだよ?」
「うん。でも、僕は、やっぱり、ジルみたいに、誰かを守れるように、なりたい。」
「そう・・・。でも、ちゃんと、覚えておきな。トルルが士官学校をやめたくなったら、いつでも、やめていいって思ってることをね。」
「うん。」
母は心配をしてくれていた。
自分に軍と言う職業が致命的にあっていないことを、僕自身と同じくらい分かっているからだろう。
だけど、僕は、やっぱり応援してほしかった。
でも、そんなこと、応援できない理由は自分が一番よく分かっている。
だから、悲しかったけど、自分になんか応援がいらないと思い込むことにした。
誰かを守るという思いに、応援なんかいらない。
そう思っていれば、僕は前を見ていられたのだ。言い訳と頑固を貫き通して、変化を許さない。この考え方の根源に、ただただ変わってしまうことが怖い、臆病な自分がいることには目を気づかないふりをし続けて。
トルルは頑張る