弱者の立場
実際に不良にあったら、普通何もできませんって・・・
世の中は最初から力のある人間とどうあがいても力のない人がいる。体の一部が無いとか、脳に何かしらの障害を患っているとか、そういう「無い」という事実には絶対的な力の差があると、僕は思う。
「キャン!」
僕の耳に、悲痛な鳴き声が聞こえる。
「ぎゃははは、弱ぇぇ!」
そして、不良たちの下品な笑い声も聞こえた。
「うぐ・・・」
そんな中、僕の体には力が入らなかった。本当は今すぐに立ち上がって、ヒーローみたいにか弱い者を助けられるような力があれば、どんなに良かったことか。
現実の僕の体は一向に動ないし、歯をギリリと食いしばりながら、目の前の光景をただ見ている事しかできない。
閑散として、寒々しくも思えるような石造りの建物の中で、そこは教会だったとでも言うように年季の入った長椅子や祭壇のようなものが置いてあった。巨大なガラス窓などが取り付けられていたのであろう壁面は、今やただの大きな吹き抜け窓と化している。
さながら神が去った後の教会とも思える廃墟の中、少し開けたところで僕は床に突っ伏していた。
僕の周りを不良たちは壊れかけの長椅子に腰を下ろしながら、この醜態をケラケラと嘲笑う。長椅子に座っているのは10人くらいで、もう10人ほどの不良はもう一人、一匹の弱者を痛めつけていた。
僕の視線の先には一匹の動物がいるが、彼もまた、僕と同じように地面を這いつくばっている。力なく横たわる動物と、それを見下し嘲笑する不良たち。そんな理不尽な光景を目にしているのに、僕には何もできなかった。
不良たちに殴られ、蹴られ、痛めつけられた全身は痛みで言うことを聞かなくなっている。加えて痛みによる恐怖で、体の動かし方を忘れてしまったみたいに力が入らなくなってしまっているのだ。
「おい、イギル!こいつめっちゃ弱いぜ?本当にペクトルの生徒か?」
長椅子に座る不良の一人が、つまらなそうに一人の男に向かって話しかけていた。
“イギル”と呼ばれた男は、この不良たちのリーダーのようで、一番奥にある三人掛けのソファーの真ん中で座っている。こんな廃墟の中で、ただ一人ソファーなのだ。どんなに不良事情に疎くても、さすがに彼がこの不良たちを取りまとめている者であることは容易に想像がついた。両隣には露出の高いこじゃれた服を着た少女が座っていて、何やら楽しそうにクスクスと話しているようだったが、不良の声を聴いて、興味なさげな一瞥をこちらへと向けた。
「さぁな。コスプレ野郎だったのかもな。」
イギルは言うと、僕の周りの不良たちは笑い出す。
ペクトル士官学校。
僕の通っている学校の名前だ。
あそこでは、日々、将来軍人になることを目指す少年少女が通い、訓練していくための学校だ。特に、僕がいるこの地区はエレノア地区と言い、隣国との距離も近いためエレノア地区を管轄する軍隊やそれに付随する士官学校のレベルはとても高かった。ここを管轄する軍隊はエレノアフォディアと呼ばれ、僕を含めペクトル士官学生は皆そこへ入隊するために、勉学や戦闘訓練など兵士に必要な技術を学んでいるのだ。
だからこそ、ペクトルの学生はそのほとんどが戦闘力も高く、エレノア地区内限定で武器の携帯を許されているため、“本来のペクトル士官学生”ならば、ただの不良になどそうそう負けることはないのである。
けれど僕はこのありさまだ。彼らが疑うのも無理はないほどに、僕はあっけなく敗北したのである。
「そういえば、こいつ、エアル武装もってなくねぇか?」
「・・・っ」
ドキッとする。
エアル武装とは、この世界で主流なエネルギーの「エアル」を利用した武器のことである。大気中に満たされているエアルというエネルギーを人々は食や呼吸をすることで体内に取り込むことが出来る。この取り込んだエネルギーを利用したのがエアル武装という武器だ。ペクトルの学生が身に着けることを許されている武器もこのエアル武装であり、本来のペクトル学生は肌身離さずに持っていなければならないものなのである。
イギルが鼻で笑いながら呆れていた。
「はっ、本当にコスプレ野郎だったか。ペクトルに入学できなくて気分だけでも味わおうってか?」
「ち、・・・がう・・・」
体から火が出るんじゃないかと思うくらいに怒りが沸き起こった。
僕が、どうしてエアル武装を持っていないのかも知らないくせに、それで今までどんなに苦しい思いをしてきたかも知らないくせに、コスプレだと?
その侮辱は、僕にとって絶対に許せない言葉だった。
「うぐ・・・」
その言葉が許せなくて、なんとしても一矢報いてやりたくて、体を動かそうとするが、
「おらぁ・・・」
がんっ
と、不良の足が僕の背中に降ってくる。その重さになすすべもなく床に打ち付けられてしまう。
「うぐぅぅぅ・・・」
何とかして、分からせてやりたかった。自分がどんな思いでペクトルの学生服を身にまとっているのか、どんな思いをしてあの学校に通っているのかを。
しかし、体はまたも、動かすことが出来ない。あまりの悔しさと痛さに、17にもなって涙がにじむ。
イギルは、気怠そうに床に張り付いている僕のもとへと歩み寄ると、見下しながら話しかけてきた。
「なぁ、コスプレ君。なんでこんな所に来たんだ?ここはコスプレ会場じゃないぜ?」
(こいつ・・・!)
僕はグイッと顔を上げて、何とか不良の足をどけようと試みる。が、僕程度の力では全く動かすことはできず、みっともなくイギルという男を見上げることしかできなかった。
顔を見た所、年齢はほとんど変わらないと思えるのに、シルエットを大きくするような分厚い生地の上着を羽織っており、全体的にギラギラとした印象を受ける服装からは、とても同い年とは思えない。
不良たちのボスとしての風格なのか、皮で仕立てられた高級感ある上着から覗いている四肢は細いのに力ですら勝てる気がしないように思えた。
見下すイギルと床に這いつくばる自分、この構図が彼と僕の立場の差を明確に示しているようで、悔しさに歯を食いしばる。
屈辱である。自分の努力によって着ているこの学生服をコスプレと言われ、否定しようがないほどに立場の差を見せつけられたのだ。見下してくるイギルには血を吐いてしまいたいくらいに腹が立つが、何よりも腹立たしいのはこんな状況を全く覆らせることも言い返すことさえもできない自分自身だった。
自分の弱さが、自分の非力さが、嘆くことしかできていない事実がたまらなく悔しい。一体何をしているんだと、自分で自分をぶん殴ってやりたくなるような思いだった。
せめて、何か言わなければならないと強く思うのに、言い返せることが無い。コスプレと言われて、「それでも自分はペクトルの学生なんだ」と言い張ったところで、自分が弱く、こうして床にひれ伏していることには何の変りもない。
「ぼ、僕は・・・、ルインを・・・」
何も言えない自分に抗うみたいに、言葉を無理やりひねり出す。この言葉になんの力もないことを知りながら。
するとイギルは、ふいと開けた場所にいる不良たちへと目を向ける。
そこには、僕と同じように地にひれ伏した動物が横たわっていて、不良たちも興味が薄れてきたのか誰もその動物のことを見ていなかった。
「なんだよ?あそこのはお前のペットだったのか?」
ペットではない。それどころか僕だってあの動物「ルイン」のことは今日ここではじめて見た子だった。しかし、それとこれとは関係ない。
「あの、ルインが、何をしたんだ・・・」
ルインとは、シルエットこそ犬の形をしているが、全身が竜のような鱗で覆われている動物である。その見た目から竜の犬とも呼ばれており、その大きさはチワワサイズから、大きいもので馬より大きいルインも存在する。
この部屋にいるルインの大きさはチワワほどの小さなルインだったので不良たちにはいじめやすい大きさだったということだ。
「なんで、ルインを、痛めつけるんですか・・・?」
「はぁ?」
イギルは首をかしげる。まるで何を言っているのか理解できないという顔だ。
「学校から帰ってたら・・・、ルインの、鳴き声が聞こえました。」
「ああ、最初の方は、結構キャンキャン煩かったな。」
僕は今日、ペクトルの授業と訓練を終えて家に帰ろうとしていたのだ。しかし、その帰り途中にいきなりルインの悲痛な鳴き声が聞こえてきたのである。その声は、痛そうで辛そうな、とてもかわいそうな声をしていた。
そんな声を聴いて、僕は無視することが出来ずに悲鳴を追っていたら、この廃墟へと辿り着いたという訳である。
その時は廃墟の中で何が行われてるのかなんて分からなかったが、ルインの鳴き声からただ事ではないと思って、思い切って廃墟の中に足を踏み入れた。そして声の持ち主を見てみると、ペイント弾を当てられ、蹴られ、ボロボロに汚れたルインが不良たちに囲まれているではないか。
誰が見ても分かる弱い者いじめ。理不尽な暴力。立場と集団を利用した悪行がそこで行われていたのである。ルインは必死に痛みや恐怖から逃げ纏っているというのに、それを楽しみゲームとして痛めつけ続ける不良たちは、僕の目には明確な悪として映っていた。そんな理不尽を見て、思わず僕は、
『やめてください!』
と叫んでいた。自分にはエアル武装もなければ、喧嘩が強いわけでもないのに、気づけば口は開き、体は前に進んでいた。それが僕の性格だったからか、軍人の卵として目の前の悪事を見過ごせなかったからか、あの時の自分が何を考えてそうしていたのかはもう思い出せない。
「僕は、ルインを助けたくて・・・」
衝動に任せはしたが、目的はそれだった。弱き者を助けたい。そうすることが出来る自分でありたい。あの時はきっとそう思ってこの場に無謀に飛び込んだはずだ。
「それで俺たちに立てついたと?」
「・・・・・・」
ルインを助けるために啖呵を切った。しかし、結局何もできず、彼らのサンドバックが一つから二つに増えただけだ。
何のために僕はここに乗り込んで、どうしてこんなに体中ボロボロにされているのか分からなくなる。
(結局、僕は何をしてるんだ?)
ルインを見てみれば、今もぐったりとして、一向に動こうとしない。
もしかして死んでしまったのか?だとすれば、僕は本当に何をやっているのだ?エレノア地区を守る軍人を目指す者が、小動物一匹守れないなど、ほとほと呆れ返りたくなる。
「ちく・・・しょう・・・」
自分の行いも、プライドも、立場さえも、何もかもがしょうもないものに思えてきて、目から涙が流れた。
「ははは。泣いてんのかよ?弱いくせに歯向かおうとするからだ。お前らみたいないい子ちゃんは、おとなしく自分の家と学校だけを往復してればいいのによぉ。」
イギルは嘲笑しながら、僕の頭を踏みつけた。
「覚えときな。俺たちに立てつけば、こうなるんだ。次またやってくるんなら、次こそあそこのルインみたいにしてやる。」
「く・・・そぉ・・・」
僕はイギルの足の下から、目いっぱいの力でイギルを睨みつける。いぎるがその視線に気づくと、にやりと笑う。
「まあ、人間、ついやっちゃうことってあるよな。分かるぜ。今回は、俺たちが怖いお兄さんなんだってことに気づけなかったか?」
「ふはっ」
「なんだよ、それぇ」
「ぎゃはは」
イギルの話を聞いていた周りの不良たちが長椅子の上でだらしなく笑う。
(くそぉ・・・くそぉぉぉ)
こんなにも悔しいのに、腹立たしいのに、感情から湧き出る怒りの力では背中にのっかている足どころかイギルの足すらもどかせることが出来ない。
情けなくも必死に抗おうとする僕をみて、思わずと言った感じにイギルは笑うと、足をどけた。かと思ったら今度は僕の髪の毛をつかみ上げ、無理やり顔の向きがこの男と真正面にさせられた。
「そういえばさぁ。俺、前々からお前らペクトルの奴らに、めちゃくちゃ気になってることがあったんだよなぁ。」
イギルがそう言うと、祭壇の方にある、三人掛けのソファーへと向かい、ドカッと腰を下ろした。
「ペクトル・・・あそこの学生はエアル武装の所持を許されてる。なら、そいつらからエアル武装を貰うことが出来た場合ってよ。武装違反に問われるかねぇ?」
エアル武装とは、本来戦争などで使われる器具であるため、その危険性はかなりの大きいのだ。それゆえに、武装出来る人は限られており、士官学生と言えど、エレノア地区の学校で所持が認められているのはペクトルのみである。
「・・・どういう、ことですか・・・?」
エアル武装の所持を認められるのは、軍役に携わる者のみとされている。そうでなければ市民の安全を保障することが出来ず、帝国に反逆するものにも力を与えてしまうことになるからだ。
それゆえに、エアル武装の所持権については厳しく取り締まられている。当然、ペクトルの学生が善意でエアル武装を一般人に渡しただけだとしても、その時点でその学生と一般人は武装違反となり、犯罪をおかしたことになるのだ。イギルはそれを知らないのか、楽しそうに語る。
「もしだ。もし、コスプレ君のお友達が、優しい気持ちで俺にエアル武装を繰れたとしよう。その時、犯罪者になるのは誰なんだろうな?」
「そ、それは、両方です。」
僕が答えると、イギルはクククとなおも楽しそうに笑った。
「じゃぁ、もし俺が、ペクトルの恰好をしていた場合、それって、犯罪になると思うか?」
「な・・・」
ペクトルの学生服は、いわばエアル武装所持権の目印ともいえる。それゆえに、学生服は必ず学校側が支給し、卒業と同時に学校に返さなければならないという決まりがあるのだ。
「そ、そんなことしても、学籍で登録されていないことは調べればわかります!」
「調べれば、だろう?」
「・・・・・・」
「調べらないように、目立たないようにしていれば、所持していても周りから疑問を持たれることはないってことじゃぁないのか?」
「・・・そ、そうですけど、それで、あなたがエアル武器を、こんな公共の場で使えば、必ず調べられる。」
いくらペクトルの学生と言えど、基本的に学校外でエアル武装を起動することは禁止となっている。それゆえに、町でひとたび起動でもすれば必ず取り調べが入るはずなのだ。
「ははは。違うぞ、コスプレ君。そうじゃない。使うんじゃなくで、使わせるのさ。」
「・・・?」
イギルはポッケに手を突っ込むと、中から一つ、深い透き通った青色の指輪を取り出す。その見た目から、エアルによって起動される道具「エアル器具」であることが分かる。
「これをやるよ。」
そう言うと、僕の目と鼻の先にその青い指輪が転がってきた。
「これは、本当は指輪じゃないんだ。もともとは食品加工とかで使われてる工具の一部。棒きり包だなんだが、それを指輪みたいに見えるように加工してもらった。」
「・・・なにを?」
僕はイギルの意図が分からない。何故イギルはここにきてそんな変な加工品を渡したのか分からないが、にやにやと不気味な笑みを浮かべる彼を見ていると、ぞっと悪寒のようなモノが走る。
「それを、指にはめろ。」
「へ?」
一瞬意味が分からなかったが、すぐに僕の背中を踏みつけている不良が「へいへい・・・」と言って、突然僕の右手をザンッと踏みしめる。
「うがぁあぁ?」
突然の激痛に思わず悲鳴を上げていると、僕の目の前にあった青い指輪、もとい、加工された棒きり包を拾うと迷わず僕の右手中指にはめた。
「な!?」
「よぉし。それじゃ、その指輪の機能説明だ。」
イギルはにっこりと気持ち悪いほどに明るい笑みを浮かべて話す。
「棒きり包は本来、棒状の食品を一定の長さでちょん切る機器だ。仕組みは“一定の長さの棒が輪の中を通過した”時に、輪っかが一瞬で閉まって、中の棒をちょん切るって仕様さ。」
「・・・は?」
それを聞き、僕の血の気が急激にサーと下がるのを感じた。
一定の長さで素早く閉まる、と言うことはつまり、一定の長さの指をこの指輪内で通過させたら、その瞬間、僕の指は切り取られてしまうということか・・・。
「それに加えて。それには俺の指示が飛んでも輪っかを占めてくれるように加工してる。」
「な、なんてことを・・・」
僕は指にはまる、一見美しい見た目の指輪を見た。外見こそ青く透き通っていて非常に綺麗であったが、これを付けている限り常にイギルはいつでも僕の中指を切断できるようになったわけである。しかも、この指輪を引き抜こうとすれば、おそらく棒きり包の使用上、先にこちらの中指が切り取られてしまうのである。
いわば、イギルに人質を取られているのに等しい状況になる。
「さあ、ペクトルの学生はお勉強もできるらしいから、自分の置かれてる状況、分かってるよな?」
「・・・・・・」
僕は途端、全身の血の気が引いた。
自分の指が切れる・・・これがフィクションではなく、現実にそんな事態が僕に訪れるかもしれない。今までとは明らかに違う、明確な恐怖を感じていた。リアルな恐怖に、明確にイメージしてしまう千切れた自分の指。今はまだあるこの指が、すっぱりとなくなり、あふれ出るように大量の血液が吹き出すことを想像すると、冷や汗が止まらない。
イギルはこちらの心境などお構いなしに話を進める。
「将来軍隊に入ろうなんて奴が、ルイン一匹助けようとして、大事な大事な指をちょん切られたくないよなぁ?」
イギルは青ざめた顔を見て、とても愉快だとでも言うように笑う。
僕を床へと押さえつける不良が口を開いた。
「こいつら、意外と大したことないんじゃね?将来軍人になれるだか何だか知んねーけど、力は弱いし、武装はもってねーしよ。他の奴らも本当はケンカもできない腰抜けかもしれないぜ。」
「どうかな。・・・なあコスプレ君、そこらへん、どうだよ?」
「そんなの・・・」
僕よりは強い。
その事実を言おうとして、不思議とのどまで出かかった言葉を口が塞いでいた。明確に言えない理由などないのに、何故か弱い自分を肯定する言葉を言えない自分がいた。
僕が弱いことは、僕自身が誰よりも理解している事なのに。学校の生徒たちよりも力が劣っていることが悔しくて、認めたくなくて、もはや受け入れられない頑固さのおかげで未だに軍人を目指せている所すらもあって、弱いという現実をこんな状況ですらも口に出すことが出来なかったのだ。。
目の前の不良たちよりも自分が劣っていることは泣く泣く受け入れることが出来ても、学校の生徒達にまで劣っているなんて、何が何でも認めたくなかった。
こちらがいつまでたっても答えないでいると、イギルはふふ・・・と鼻で笑う。
「・・・うん。閃いたね。とってもいいことだ。」
そう言うと、がぱっとイギルはソファーから立ち上がる。
そして、両の手をガバッと大げさに広げて叫んだ。
「おぉい‼てめぇらぁ‼・・・一週間後に、喧嘩ぁおっぱじめるぞぉ‼」
その叫びに廃墟中の不良たちが全員一斉にイギルの方を見た。
「なんだぁ?」
「一週間後かよぉ。」
「あ?なによ、イギル。どこと喧嘩やるって?」
それぞれがそれぞれの反応を見せる中、イギルはにやりと笑って答える。
「決まってんだろ?ペクトルの連中さ。」
その言葉を聞いた不良たちは、一斉にざわめく。
「え?なんでだよ⁉」
「エアル武装持ちの集団とやるっての?」
「無茶言ってんなぁ」
彼らが動揺するのも無理はない。
さっきも言った通り、エアル武装とは戦争などに使われる凶器だ。いわば、拳銃を持った学生と、拳銃も持たず、こん棒だけしか持たずに戦いを挑むようなものなのだ。それでどちらが勝てるかと言われれば、当然銃を持った集団の圧勝となるだろう。エアル武装を所持しているというのはそう言うことなのである。
にもかかわらず、どこにその余裕があるのか、イギルは悠々と声を張り上げる。
「確かにあいつらはエアル武装を持つことを許可されていて、人数つまれりゃ俺達でも勝てねぇ。だけど、お前ら忘れてねぇか?武装さえ・・・、武器さえなけりゃぁ、ただのガキだってよ。」
イギルの発言に、当然不良たちは煩労する。
「いやいや、それが難しいんだっつの?」
「どうやって武装を無くさせるんだよ。」
そう。結局そこに話は行く。けれど、イギルはその質問を待ってましたと言わんばかりに笑った。
「ハハハハァ!そう!そこだ。その方法を、俺はずっっっっっと考えてた。そして今、ようやく思いついた。」
そう言ってイギルは僕を指さしながら叫ぶ。
「あれだ!あれを俺たちは使う!」
すると今まで僕を踏みつけていた不良は唐突に足を退けると、グイッと僕の制服の襟をつかみ上げて立たせ、そのまま投げるように不良とイギルたちの真ん中に立たされた。
「お前らは、武装違反のことを知ってるよな?俺は、この規則がほんっっっっとうに嫌いだったぜ。こいつのせいで、そこら辺を歩いてるバカから武装をひん剥いても、武装の所持が見つかってすぐに捕まっちまう。」
そう言うと、不良の中の一人が
「そういえば、イギルさん、何回か捕まってんだよなぁ」
と言っていた。今までにも彼は、武装の奪取を試みていたようだ。
「だがこれからは違う。そこのコスプレ君だ。こいつに、奪ってもらうのさ。学校の外ではなくて、学校の中でな。」
不良たちは、皆、何かを察したようで、
「も、もしかして」
「なるほど」
「たいそうなもんに喧嘩を売るなぁ」
と動揺している中でイギルは楽しそうい言い放つ。
「これから一週間、コスプレ君には学校の中で誰かのエアル武装を奪ってもらう。そしてもちろん、武装は俺らの所に届けてもらってな。」
「な・・・!?」
その言葉に僕は仰天する。
この僕に、盗みを働けと言うのか?冗談ではない。何があろうとも、犯罪に手を染めることだけは何としても拒否する。
そう思った時、右手の指にはまっている物のことを思い出す。
(そうか・・・、これが、イギルの狙いか・・・)
犯罪に手を染めなければ、俺の指が飛ぶ。そう言っているのだ。
「そして、一週間で溜まった分のエアル武装を使えば、自警団ですら怖くねぇ」
はっとする。
僕は理解した。このイギルと言う男が狙っているのは、不良と言う枠に留まっていないことを。
「あんだ・・・、国に喧嘩を売る気ですか・・・」
イギルはにんまりと笑い、頷いた。
「ああ。この生きずらい世界を、この俺が変えてやるのさ。」
彼はバッと両手を広げて言い放つ。
「てめぇら!自分の武装くらい、自分で手に入れてぇとは思わねぇかぁ!」
「お、俺らの武装・・・」
「ああ!自分だけの武器。自分だけのエアル武装を、権力も、権威もねぇ俺たちが所有する。力を持つ!」
「エアル武装を・・・」
「何にもねぇ俺たちが、俺たちの手で、この生きにくい世の中を変えてやろうぜ‼」
「お、おおおおおおおおおおおおおお」
「すっげぇええええええ」
「さすがイギルだぁ!やるぜ俺ぁ!」
まるで僕などこの場にはいないかのように、不良たちは盛大に盛り上がる。
しかし、そんな中、イギルだけは、僕をじろりと一瞥した。
そして周りが雄たけびを上げている中、彼は静かに僕の髪の毛をつかみ、耳元でささやいた。
「なあ、コスプレ君。手伝ってくれるよな?」
「・・・・・・」
答えることなどできるわけが無かった。
自分は何かとても恐ろしいものに加担しているようで、先ほどから冷や汗が止まらないのだ。痛めつけられた体は恐怖で更に震え、悪意と恐怖の板挟みで頭がくらくらする。
自分の指一本失うことを受け入れられれば、彼らの計画を阻止できる。それは他人事であれば、「指一本くらい失ってしかるべき」と言えたかもしれない。けれど、それが、自分自身のこととなれば、全く違った見え方になっていた。自分が犠牲を払えば、本当に彼らが止まるかどうかすらも分からない。自分が何か悪いことをしたわけでもないのに、どうして痛みを受けなければならないのか納得いかない。
そういういろいろな感情がうずめいているせいで、僕はただ黙っている事しかできなかった。僕は結局、ヒーローの器ではなかったということだ。
「そうだ。・・・ルインを助けに来たんだったよな?・・・そこでうずくまってるルイン。お前にやるよ。一週間、しっかり働いてもらうんだから、今日は休みな。」
その労りに似た言葉には何の優しさもなければ、道理もなかった。
「コスプレ君にお願いしたいことはさっき言った通りだ。・・・うん。そうだな。一日一個。何が何でもエアル武装をここにもってこい。良いか?何が何でもだ。」
「・・・こんなことして、いいと、思ってるんですか・・・?」
「おいおい。人を犯罪者みたいにいうなよ。お兄さん、傷つくなぁ。」
「・・・・・・」
イギルは優し気におどけた表情だったが、その表情を僕の髪の毛をつかみながら、見せていることがたまらなく恐ろしく感じた。
「あー、もちろん、何個持ってきてもいいからな。もしいっぱい持ってきてくれたんなら、それなりにお礼もしてやるぜ?」
「・・・ぼ、僕には、そ、そんな・・・」
「俺、わがままだからさ。欲しいものはどんな手を使っても手に入れるんだわ。だから、変なことは考えない方が、身のためだぜ。」
その言葉は今の僕にとって何よりも恐ろしものに感じた。
人を従わせるために、平気で指を切ろうと考えるような人間だ。もし、本当に怒りを買ってしまえば、それこそ僕の命さえも危なくなるだろう。
「・・・わ、分りました・・・」
今の僕にはそう答える以外の選択肢が無かった。そうしなければ、本当に何をされるのか分からなかったからだ。
イギルは少し目を細めた後、またニコリと笑い、手を放してくれる。
「おーい、そこの犬っころと、コスプレ君のお帰りだ。道を開けてやんな~。」
「うーい。」
一声で不良たちはぞろぞろと道を開ける。広場に横たわっていたルインに目を向けると、なんとも無残になったルインがそこにいた。本来綺麗に配列しているであろう鱗はボロボロになり、綺麗な麦色であるはずのそれはペイント玉で汚され不気味なカラフルに染まっていた。
(可哀そうに・・・)
散々な目にあった。本当にひどい目にあった一日だった。
そんなことを思いながら、僕はルインを抱えた。
そうして出来る限り不良たちの目に留まらないことを祈りながら、体を小さくすぼめてその廃墟を出ることにしたのだった。
怖いものは怖いんです。