一人の少女
立ち絵みたいなものって乗せられないのでしょうか?
乗せたいですねぇ~
◆私は一人でだって、大丈夫
私の父は、人殺しだった。
決して殺人を好んでいたわけではない。
けれど、人は殺した。
殺さなければならなかったから。
それしかなかったから。
その人にとってそれ以外の選択肢が無いということであるのなら、例え人殺しだとしても、それは決して悪いことではないと私は思う。
人を殺すだけで罪になるなんてことはないと、私は思う。
そして、もし人を殺すだけでそれがいかなる理由でも罪になるというのなら、それはもはや理不尽であると、私は思う。
私は今でも目を閉じれば思い出せる。
父が、“仕事”から帰ってきてすぐに、私を抱きしめながら「許してくれ・・・」と、泣いていた光景を。
あの時、父は一体何を思って泣いていたのか、それは知らない。しかし、少なくとも、彼には暖かい心が通っている、優しい人なのだと確信した。
そんな人が、罪を背負い続けるなんて、間違っていると私は思うのだ。
「聞いているのか?」
途端、男の声が響く。
「はい。」
私は答えると、目をその男に向けた。
男は軍服をまとっていて、いかにも軍人らしい角ばった顔つきをしていた。
それに対して、私の方はなんとも田舎くさいだぼっとした服装をしている。
まあ、服装に関しては、特に決められていないから私が勝手に好き好んでこの服を着ている訳だが、客観的に見ると私と男の立場がどれだけ違うのかが明確になっているなと思う。
「任務概要は、以上だ・・・。詳細に関しては現地で確認しろ。そして・・・」
暗い部屋の中、先ほどまで私の“仕事内容”が表示されていた映像が部屋全体をほんのりと照らしていた。
空中に浮かび上がる映像が、輪郭だけを残すようにゆっくりと消えていく中、部屋の奥でたたずむ男の声だけが響く。
「今回の任務は、貴様の命とは、比べ物にならないほどに重要なものだ。何があっても、どんなことが起ころうとも、何を犠牲にしてでも、これを遂行しろ。」
男の表情は、部屋の暗さに隠れていたが、声音はとても冷たい。
「承知しました。」
「貴様のその、不気味な力を存分に使って来い。」
その言葉には、同情や心配の気持ちなど一切なく、むしろ侮蔑や軽蔑といった嫌煙するような態度であった。
「私の力は、活性化系統の能力ですので、今回の任務に役に立つとは・・・」
「だが、盾にくらいはなれるだろうが。」
「・・・盾。」
それは肉の壁になれと?
あからさまな差別、ぞんざいな扱いを受けながらも、私はいつものように答える。
「承知です。」
「・・・っち、さっさと行け。」
「失礼します。」
それから私は、いつものように指令室を出て、いつものように基地の廊下を歩く。
基地と言うことだけあって外の風景も見えない、なんともつまらない景色が、ひたすら奥へと続いている。
(禍人・・・ね)
普通に人にはない、特殊な力が宿ってしまった人。
“普通”の彼らからすれば、私は異常な存在であり、不気味極まりない存在である。
(異常って言っても、傷の治りを早くする程度の力なのにね・・・)
異常と言っても、しょせんは人よりも回復力が高い程度。その程度の違いしかない。
けれど、彼らは私を嫌煙する。
私が彼らに何かしたわけでもないのに。
(まあ、どうでもいいけど。)
私のやることに変わりはない。
仕事の人間関係に多少の面倒があることは間違いないのだが、生まれてからずっと体験している面倒なだけあって、特に気にしなくなった。
人より苦労する、周りから差別される、そんなことで私の信念に擦り傷の一つすらもつけることはできないのだ。
けれど、気にはしなくても、思ってしまうことがあるとすれば、
「毎回、疲れないのかな?」
と言うことである。
いつも私のことを毛嫌いしているのは面倒くさくないのだろうか?
必要のないところにエネルギーを使っているようにしか見えなくて、そのたび毎回「無駄だなぁ」と思ってしまう。
思うだけで、もちろん口になどしないが。
私はいつものように自分の部屋に向かっていると、私の部屋の前あたりに誰かが立っている。
私は気にせず部屋に向かっていると、
「相変わらず、牢屋みたいな部屋だね。」
部屋のそばに立つ女性が話しかけてくる。私は特に驚くこともなく、「ああ、ゾフィーさんか。」と思いながら答える。
「・・・こんにちは。ゾフィー」
ゾフィーに目を向ける。
彼女は確か、今年で70歳になる壮年の女性で、昔からの付き合いである。
彼女のすごいところは、70歳と言えど見た目は60にも見えないところだ。
彼女の背筋はぴしりと伸び、その眼光は刃物のように鋭く光っているので、とてもよぼよぼのおばあさんとは思えない立ち振る舞いなのである。
そんなこともあって、彼女は私の中で祖母と言うよりも母みたいな存在として見てしまう。
「今日はどうしたの?」
「あんたの様子を見に来たのさ。」
「そっか・・・」
(これは確実に何か言われるな。)
ゾフィーが何の連絡もなくいきなり訪ねてくるときは、決まって注意の時だった。
元々気性が荒かったのか、頭に血が上るとすぐに行動に起こしてしまうタイプの人だった。
つまり今回も、私関連の何かにブチ切れて、私を叱りに来たとか、そんなところだろう。
「今部屋を開けるね。」
どうせ怒られるのなら、部屋でくつろぎながら怒られたい。
私は模様も取っ手も無い簡素な扉に手をかざす。この国にはよくある扉の仕組みで、私の中に流れているエアル(エネルギーの一種)を読み取り、ロックが解除される仕組みになっている。
私のエアルを読み取った扉は、先ほどまで何もなかった吹き抜けの入り口のように音も立てず在り様を変えた。
そして部屋の中はいつもの私の部屋が見えた。
遊び道具もなければ、女の子が好きそうなものもない。というか、この部屋には必要最低限なものしかないのだ。
私みたいに究極に無趣味な人間になると、どうしてもこんな部屋になってしまうのである。
「飲み物は水しかないけど、ゾフィーもいる?」
自分に部屋に足を踏み入れながら訪ねると、
「聞いたよ。アリス。」
(来た・・・)
思っていたよりも出だしが速い。これはかなり怒っているのかもしれない。
私は自然な風を装いながら、説教される環境を少しでも良くしようとお菓子や飲み物などを椅子のそばに設置していく。
「聞いたって何を?」
私の悪評だろうか?
そんなもの今に始まったことではないのだから、今さら気にしないと思うのだけれど。
そんなことを思いながらゾフィーの顔色を窺うと、意外にも彼女の表情は“暗かった”。
(?)
私は首をひねる。
ゾフィーの落ち込んでいるような顔など、今まで見たこともなければ想像したこともなかったからだ。
「あんたの大事にしている、くだらないお仕事の話さ。」
「・・・」
くだらない・・・か。
彼女は、もしかして、今回の任務内容をすでに知っているのだろうか?
(今回の任務は極秘だからな・・・)
長い付き合いであるゾフィーと言えど、どこまでこの件について話していいのか悩む。
そもそも、この件についてこんな誰が聞いているかも分からないような所で話していい話題なのかも正直分からない。
ゾフィーは、私が何を考えているのか即座に読みとったのか、首を振って否定する。
「正確なことは知らないよ。たまたま上のじじい共が慌ててたからね。私がとっ捕まえて、話を聞いただけさね。でも、“因子”の存在がばれたんだ。上がどういう処置をとるのかなんざ、簡単に想像がつく。」
「・・・私なら、想像つかないと思うけどな。」
因子・・・
私もその存在はよくは知らない。
でも、ものすごくよくないものらしいということは知っている。
いかんせん、私の人生では“学校”なるものに通ったことが無いのだ。そのためどうしても世界史とかの知識が著しく低い。
必要最低限のものしかないのは、この部屋だけでなく自分の知識もそうなのである。
(勉強は苦手なんだよね・・・)
私はこんな感じなので、どうしてもゾフィーの感じている事の深刻さが分かっていないのである。
「因子なんざ、なんでわざわざ保管してんのか本当に意味が分からないけどね。ザグ・ガジュリスたちに狙われるのなんざ火を見るより明らかだってのにさ・・・」
出た。
ザグ・ガジュリス。
それも世界史の単語のはずだ。
いや、エレノア史の単語か?覚えていない。
要するにそれすら分からないほどに私はその単語のことを知らないのである。
「私がよく、一員だと疑われる奴だよね?」
「そう、それ。」
何故か知らないのだが、私はよく「ザグもどきが!」っと罵られる。
でも私はその単語の意味をよく覚えていないし、調べる気も毛頭ないので今だに何のことなのか分かっていないのだ。
「あんたがなんでザグ・ガジュリスって言われるかは知ってるの?」
「さあ?」
当然そんなことを知っているわけがない。と言うか知るだけ無駄だとすら思うから。
そんな私の態度を見たゾフィーは「はあぁぁ」と深いため息をついた。
「あんた・・・、まあ、いいさ。ザグ・ガジュリスには、禍人が多いのさ。だからだよ。」
「へぇ・・・」
どうでもいいけど。
「そして、ザグ・ガジュリスは今回の“因子”をのどから手が出るほど欲してるってこと。」
「じゃあ・・・」
「ええ。今回の仕事は、高確率でザグ・ガジュリスと鉢合わせる。」
「・・・その人たちは、危険なの?」
「禍人が持っている能力を、人殺しのために使ってくるんだよ。」
それは・・・なかなか。
「でも・・・関係ないよ。」
相当に危険だったとしても、そんなことで私の“信念”を曲げることなんて絶対にしない。
ゾフィーは「はっ」と短いため息を吐き捨てると、右の掌で私の両の頬をガッとつかむ。
「・・・アリス。分かってる?今、あんたは捨て駒だよ。どうあがいたって、この仕事で生きて帰ってくることなんてない。」
「・・・・・・」
私はゾフィーの手を振り払う。
捨て駒?そんなの、今さらなのだ。私は今まで、何度も死にそうな目にはあった。
戦線の囮役をやらされて、どこが爆発するかも分からにような戦場を走り回った。
禍獣が潜む森の中を一人で調査させられて、私の腕よりも大きなかぎ爪が私の首筋のすぐ横を通り抜けていったこともあった。
一番ひどかったのは、雪山の捜査で雪崩に巻き込まれた後、誰も助けに来なかった時だ。さすがにあれは生き抜き方が本気で分からなかった。
私の活性化の能力で、枯れ木を食べて無理やり栄養に変換したからどうにか生きていただけだ。
今までだって、そうやって何回も死ぬ確率の高い任務から生還してきたのだ。
だからこそ、今回だって、何とかなるし、何とかしてやると私は思っている。
「私なら、生き残れるかもしれないでしょ?」
ゾフィーは目を見開くと、ギロリと睨め付けた。
「・・・今回ばっかりは、今までとレベルが違う。」
「どうして?」
爆発の中を走り回ったり、獣の餌にされそうになったり、何週間も雪山で遭難することよりも、どうレベルが違うというのだろうか・・・?
「確かに今までもあんたは、そりゃぁ酷い任務を受けさせられてるよ。そのことについてだって、私は腸が煮えくりかえってるさ。でも、今回は任務とは到底言えないんだよ。」
「・・・概要を聞く限りだと、普通の任務だったよ?」
「詳細は聞いたのかい?」
「それは、現地で確認だって。」
言うと、ゾフィーは後ろへよろけるように下がる。
「じゃあ・・・あんたは、何なら聞いたんだい?」
「“因子をエレノアフォディアの基地から極秘と隔離場所へと運び込む”と聞いたよ?。」
言ってから、あれ?言ったらまずくないか?と少しひやりとする。
急いで周りに人がいないか、部屋の外を確認する。
(誰もいなくてよかった・・・)
私は部屋の防音性能が私たちの声を遮断してくれることを祈りながら、部屋の扉を閉じる。
「ねぇ、アリス・・・。“どうやって因子を運ぶのか”は聞いていないのかい?」
「・・・それは、現地で確認するよ。」
ガアァァンッ
という大きな音がする。
私の机から。
「つ、机壊れちゃうよ⁉」
いきなりどうしたというのか。ゾフィーが私の机を彼女の握りこぶしで思いっきりぶっ叩いた音だった。
私の持っている机はおさがりだし、かなり年季が入ってボロボロなので、あまり豪快に使うと壊れてしまいそうなのだ。
「アリス!」
「え?」
途端、ゾフィーは私の両の肩をつかむ。
「あんたは分かってないんだよ。この作戦のひどさを・・・」
「・・・なんなの?」
・・・・・・
それから、ゾフィーが知っている“作戦”の内容を知って、私は茫然となった。
「確かに・・・それは、きついね・・・」
今までとレベルが違う・・・か。言う通りだ。
これは死ぬこと前提とすら思えるような作戦だ。
控えめに言って最低の作戦だ。
私は、なぜここにゾフィーがやってきたのかを理解する。
「それで、私に“辞退しろ”っていうわけなの?」
「辞退しなさい。アリス。」
「・・・・・・」
普通に考えて、これは辞退するべき内容だ。
何をどう考えても、やることが、絶望的過ぎる。
・・・・・・。
でも、
「やる。私。」
「なにを・・・言ってるんだい?私の話を聞いてなかったのかい?」
「聞いてた。それでも、やる。」
「アリス!」
「ゾフィー!・・・私、言ったでしょ?私がここにいる意味。」
「そんなことしたって、グランは、絶対に喜ばないよ?」
たとえ私の父が喜ぼうと、悲しもうと、それは関係が無いのだ。
私がここにいる意義は、別のところにあるから。
「・・・グランは喜ばなくても、私の代わりになる人は、救えるってことでしょ?」
「・・・・・・」
「これは、私が決めた生き方だから。」
「アリス・・・。あんたが自分のことをどう考えているのかなんざ知らないけどね。私は、あんたに死んでほしくない。」
「・・・照れるね。」
「笑えないよ。」
「だよね。」
「お願いだよ。・・・お願いだから、こんな任務、断るんだよ。」
「断らないよ。」
私の中で、もう道は定まった。
私はじっと、ゾフィーの心配そうな顔を見つめた。
「もう、この仕事をやるって決めたから。」
「どうしてさ・・・。なんでこんなところで意地になってんだい。」
なんでか?
逆だ。
今まで、こんなに意地になってなければ、ここまで生きてこれなかったのだ。
私が生きている理由。
それを無くしてしまっては、それこそもう私は生きられない。
だから、誰に何と言われようと、この意地だけは捨てない。命を捨てることになっても。
「ゾフィー。これは、私が選んだことだよ。」
だから、あなたがそんなに悲しそうな顔をする必要はないのだ。
私は誰かに無理やり死地へ送られるんじゃない。
自分で決めて、自分の意思で死地へと赴くのだ。
ゾフィーは私をそっと抱きしめた。
年齢は一応おばあさんだけど、その腕は力強くてなんだか安心する。
「・・・アリス。おねがい。・・・死ぬんじゃないよ・・・」
「あはは・・・」
こういう時って、どう返せばいいんだろうか?
値はつながってないけど、まるで本当のお母さんみたいだなと思う。
普段はめちゃくちゃ怒りっぽかったりする怖い人なのに、今日のゾフィーは全然怒らない。そんな感じで来られると、私としてはものすごくこそばゆかった。
「ゾフィーが死ぬまでは死なないように、頑張るね。」
「・・・・・・。」
私を抱きしめるゾフィーの鼻をすする音を聞きながら、私は父のことを思い浮かべた。
『許してくれ・・・アリス・・・』
あの言葉の意味を、未だ私は分からないままだ。
だけど、父がどんな気持ちで“仕事”へと赴いていたのか、ほんの少しわかった気がした。
(グラン・・・、どうか、私を見守っていてください。)
私は涙を必死にこらえるゾフィーの背中に手を回す。
(どうか、ゾフィーを悲しませずにすむように・・・。)
まだ男主人公は出てきてませんが、次から出ます。