終わりの、始まり?
すみません、忙しくて毎日投稿は無理です。はい。
「はあ、はあ、はあ――」
サッカー部で鍛えた自慢の脚力も体力も、すべてが無駄だとあざ笑うように明確に“死”が俺に近づいてくる。あまり慣れていない、腐葉土のような土の上を木々の隙間を縫うように必死に駆け抜けていく。学校のグラウンドのように地面をうまく踏みしめて走れない。一歩一歩踏み出すたびに足の裏が深く地面に沈み込み、次の足を踏み出す時に普段からは想像できないほどの力を籠めなければならない。だからといってそこそこ鍛えていた脹脛や太腿が、こんなにも軽く痙攣をおこす一歩寸前に追いやられるとは思っていなかった。
後ろから迫ってきているそれが何かはよくわかっていない。ただ、“それ”につかまれば確実に幸せでないことは外見を見ても、追いかけられているという事実からもよくわかることだ。見たときは鳥肌が一瞬にして立った。あんなおぞましい外見をしている生物なんて俺は知らない。海外の精巧な作りをしているゾンビ映画に出てくる特殊メイクがかわいく思えてくるほどだ。
なんと説明すればいいのだろう。足と呼べるかどうかはわからないものが八対ぐらい付いており…いや、あれは対といえるかどうかも怪しい。ラグビーボールを縦に置き、なおかつもう少し鋭利な部分を削ったような体をしている。その体をぐるっと一周するような形で足がついているのだ。まぁ、足というよりかは九十度に折れ曲がった棒がくっついているだけなのだが…。
目と呼べるような器官は今のところ見当たらない。ただ、ならばどうやって俺のことを追ってきているのかは大変不可思議な話ではある。それはさておき、口はついていた。一番頂点の部分だ。あそこが十字型に開裂し、涎をだらだら流しながら獲物を捕食していた。頂点の部分についているくせに、体は柔軟なのか地面まで口先が届いていた。
体長は凡そではあるが十メートルくらいだろうか。俺よりははるかに大きいし、何よりも生物としての格が違いすぎて大きく見えているだけかもしれない。一目見ただけで感じた。何の液体でコーティングされているかは知らないが、真っ黒で所々濡れているかのように不気味な反射をしているあの生物の凶悪さを――。
俺は人間だからとかそんな当たり前の話ではなく、日本にいる熊だろうが中国にいる虎だろうが関係なく木を倒して押し進むなんて芸当は到底できる話ではない。せめてできるとしても象くらいだろうか。しかし、いくら象でも自分よりもはるかに太い、例えるならば巨人が進撃してくる漫画に出てくる背丈のおかしい木々を突き倒しながら進んできて速度が落ちないわけがない。
後ろを振り向く余裕すらないが、ベキベキと聞こえる木々の破損音からして距離はかなり遠い。しかし、それも時間の問題だろう。なにせそこら中にある極太の木を俺はサーキットの半周をするように迂回しなければならないのに、やつは何も気にせずまっすぐに突進してくるのだから。
「くっそ!」
しかし、第一よくわからないけれど森にいるのもおかしいし、この追ってきているよくわからない生物が数キロメートル先で捕食しているシーンを俺が見えるのもおかしいし、そしてそれに気が付いて捕食をやめて俺のことを追いかけ始めるこいつもおかしい。
何が起きているか全く理解できないが、少なくとも俺の身体能力が向上しているのはわかる。冒頭で限界だとは言ったが、誰が一時間も全力で鬼ごっこできる?――それも柔い地面の上で。
サッカーやってるならそれぐらいできるだろ。そう思った人もいるかもしれないが、実際本気でサッカーをやったらわかるがあの競技で全力で走るのは数瞬だ。それは守備でも攻撃でも変わらない。それにスローインやフリーキック、ゴールキックの時なんかでもある程度休憩することが出来る。
ウサイン・ボルトだって本気で走るときは約八秒ほどだし、それを考えるとわかってもらえると思うが全力疾走を一時間も行える人間はまず存在しない。それがたとえ火事場の馬鹿力だとしてもだ。
ただ、本当に限界が来たようだ。足が攣った。攣ってもある程度走れるようなスパルタ特訓は監督にさせられているが、今回は地面に足を取られて転んでしまう。
すぐに立ち上がろうとするものの、聞こえてくる破壊音からくる焦りと痙攣する足を無理やり動かそうとする意志に反して休もうとする身体の乖離によって立ち上がれない。
「立てっ!!立ってくれって!お願いだからっ!!!」
必死に足を叩く、殴る。それでも言うことを聞かない。生まれたての小鹿のようにプルプルと震えてうんともすんとも言わない。
バキバキバキッ!
何かが視界の隅で動いた。横目で確認するとそれは木片だったようだ。あの生物ではない。しかし安心はできない。できようがないだろう。
木片がここまで飛んでくるということは、やつの勢いのせいもあるだろうが距離が確実に縮まっているということに他ならないのだから――。
ベキベキバキッ―――!!
そう思ったのもつかの間、耳をつんざくような破裂音とともに現れたそれは近くで見るとより凶悪だった。相も変わらず何の分泌物だかわからない謎の液体でコーティングされた巨大な身体。遠くで見ると棒のように見えた脚は、実際近くで見ると俺の胴体と同じくらいの太さがある。
「ぁ、ゃ…」
恐怖で声が出ない。喉が筋肉で閉められ、空気の通り道が開くことを拒んでいた。
「ゃ、し”に”、た”く”な”…」
穴という穴から体液が漏れ出す。しかしそのことに気を使っている状況ではないし、そのことに気づいてすらない。
こいつは自分が捕食者で、俺が無力な被捕食者だとわかっているのだろう。弄ぶように、辱めるように、ゆっくりと、それでいて着々と。たくさんある足を徐々に動かして、俺に近づいてくる。
「お、れは…じに、だぐ、ないっっ!!!!」
落涙によって起こる嗚咽を耐えながら再度絞り出した言葉はしかして、誰にも聞かれることなく陽光の僅かばかりの欠片の灯る空虚な森の中に溶けて消えていった。
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