表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

従者は市場で盗賊を逃す

お給料日の翌日のお休みです。


楽しい一日になるといいのですが・・・・・・・・。

「まぁ、義孝君がそんなことを?」


「そうなのよ」


「確かに、前からいたずら好きの子だったけど・・・・・」



茉莉香は更衣室で、女性二人の会話を耳にした。

由里とそのママ友が、店の閉店後、情報交換を兼ねたおしゃべりをしている。

いわゆる井戸端会議だ。


 義孝とは、試飲会に強引に押しかけてきた岩下“カラボス”の小学6年生の息子である。

試飲会での出来事を思い出すと、どんよりと嫌な気分になる。


 会話は部分的にしか聞き取れないが、どうやら彼が授業中に教師に質問を繰り返すらしい。それ自体は問題がないのだが、レベルが高すぎて教師が対応できないらしい。


「あの子、英修学院の特待生でしょ?」


  英修学院とは、チェーン展開されている進学塾である。進学塾にとっては合格実績が何よりも重要なため、難関校に合格が確実な生徒には、授業料の免除、減額のほか、さまざまな特典が設けられている。


「頭が良すぎるのも考えものよねぇ」


「でも、そんな子だったかしらねぇ?」


「でも、あそこはお母さんがあんな風だし。蛙の子は蛙ってね」


 カラボスはママ友の間で“難しい人”で通っているようだ。


「ああ、そういえばね、この前駅前に美味しいイタリアンのお店ができたのよ」


 話題は、来週のランチの店決めに移っていった。


「お先に失礼します」


 茉莉香が更衣室から出てくる。


「お疲れ様!あっ、ちょっと待ってね」


 茶封筒を渡される。


「今月のお給料よ。よく頑張ってくれたわね」


 初めての給料に茉莉香は胸を躍らせ、さっそく使い道を考え始めた。母親から貰ったお小遣いを合わせれば洋服ぐらい買えそうだ。あと、お茶やお食事もしたい。


 だが……茉莉香の顔が曇った。

 今まで一人で外出などはしたことがなかった。放課後毎日のように街を歩いた友だちが今はいない。


 由里はすかさず、茉莉香の表情を読み取った。


「ちょっと待っててね」


 携帯を手にした。






「亘さん。今日はよろしくお願いします!」


「ああ。こちらこそ」


 茉莉香に不満をぶつけてもしかたがない。亘は観念した。なぜか由里の頼み事は断れない彼だった。買い物に付き合うのは、多少面倒だが、まぁいいだろう。


問題は場所だ。


茉莉香が行きたがっているのが原宿だと言う。


 亘は、近隣の代々木や、表参道には足を運ぶが、あの竹下通りは、その気になれない。人混み、行列、無目的に歩く人間たち……。

 げんなりするだけではなく鳥肌が立ちそうな気さえする。



 原宿駅を降り、竹下通りを歩く。茉莉香は気の向くまま店に入っては、出るということを嬉々として繰り返している。

 いちいち立ち寄らないで、目的を果たしてさっさと帰れないものかと亘は思った。


 やがて、カラフルな外観のおもちゃのような店で、細かいフリルの付いた大きな襟のブラウスを買った。今履いている寒色系のチェックのスカートに合いそうだ。


 そのあと、雑貨やお菓子が置いてある店に入った。

 茉莉香は楽しそうに、いろいろなものを手にしていることが亘には理解できなかった。


 目がチカチカするほどの、品物の多さ。そして、恐ろしいほどの飴の色の鮮やかさが、果たして安全に食べられるのかが危ぶまれるほどだった。


 しばらく見歩いた後、細い通路の奥にある、人の少ない一角に気づいた。


 一息つきたいと言う願いは聞き入れられ、商品棚に沿って奥に入っていく、先を歩く茉莉香の足が突然止まる。

ぶつかりそうになった亘が


「あのねぇ、狭いところで急に止まると……」


 訴えかけ、茉莉香の目線の先を見る。


 茉莉香と同じ年頃の少女が、キャンディーを手にした。そして、それをカバンの中に入れようとしている。


 背後に、視線を感じる


(ガードマンか?)


「知佳・・・・・」

 

 茉莉香の知り合いのようだ。

 


 ガードマンが二人のすぐ背後まで来た。




「知佳ちゃん!ダメじゃないか!お会計はあっちだよ!」


 亘は少女に近づき、なにやら耳物でささやいた。少女がキャンディーを棚に戻すとき、はじめて茉莉香の存在に気付いたようだ。バツの悪さや、羞恥心は微塵も感じられない敵意に満ちた目で睨みつけ、ガードマンと二人の間をすり抜けてざまに、


「このぐらいなによ!あいつのしたことに比べたら!」


 と言い放った。


 茉莉香は青い顔をして立ちすくんでいた。



「ちょっと場所を変えようか?」


 落ち込んでいる茉莉香に声をかける。場所と共に気持ちを変えなくてはいけない。

 茉莉香はかすかに震えているようだった。



 表参道まで歩き、駅の近くのカフェに入り、ハンバーガーセットを注文する。


「知佳があんなことするなんて」


「もともと、ああいう子なの?」


 いじめの主犯格ならありうるかもしれない。


「いえ。それに、さっき様子がおかしかったわ」


 知佳は明るく、頭の良い子で、その上話がうまいため人気者だという。


 そういう少女にネガティブキャンペーンをされたら、茉莉香ではひとたまりもないだろう。


「私、怖くて知佳を止められなかったわ」

 

 いじめられていたことを思い出すと、心も体も凍りつくような気がすると茉莉香は言った。

 カウンセリングに通っていても、彼女の心の傷が癒されるまではまだ時間がかかりそうだ。

 

 一方、亘は知佳のようすを思い起こす。

 許されないことだが、万引きは何かの病気でないなら、いわゆる”ゲーム”みたいなものなのだろう。あんな悲壮な顔でするものではないはずだ。捕まったときに支払う高い代償を考えていたのかもしれないが、そもそも、そんなことを考えならやらないはずだ。


「ところで、“あいつ”って、なにか心当たりある?」


 茉莉香は首を横に振った。


 だが、なにかいじめの理由になることがあるはずだろう。




「もうちょっと歩ける?代々木に焼菓子の美味しい店があるんだ。由里さんにお土産を買っていこう」


 ふたりは代々木に向かって歩き始めた。





ここまで読んでいただいてありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ